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第十七話~白波賊の討伐~


第十七話~白波賊の討伐~



 中平三年(百八十六年)



 丁原が催した宴から三日後に晋陽を出立した劉逞は、無事に西河郡の治府がある離石へと到着していた。事前に丁原より聞いていた白波賊を警戒しての行軍であったが、流石に彼らもいきなり襲撃を行うような気はなかったようである。ともあれ無事に離石へと入った劉逞は、西河郡太守を勤めていた邪紀より職務を引き継いだのであった。

 新たに太守となった劉逞は、趙燕へ白波賊のことを尋ねる。丁原より話を聞いて以来、彼に命じて探りを入れさせていたのだ。そのお陰もあって、すぐに報告がなされる。ただ内容は、完全とはいかなかった。しかしそれでも、概要が分かればいいとして劉逞は了承している。その後、盧植や程昱や董昭を呼び出すと、現れた彼らと共に趙燕からの報告をきいたのであった。

 趙燕からの報告を聞いた、彼らの目つきは厳しかった。それは白波賊が、思った以上に大規模だったからである。確かに、張牛角が抱えていた勢力に比べれば小さいと言っていいだろう。だからといって、勢力としてみた場合に小さいのかといわれるそのようなことはない。もし考えもせず迂闊に手を出していたならば、大きな損害を受けていたのは必至である。これなら武に長けたあの丁原が、手をこまねいているのも理解できるというものだった。


「常剛様は、どのようにお考えか?」

「できれば引き込みたい、そう考えている。それこそ、張牛角のようにだ。流石に、同様な扱いはできないが」

「それは、そうでしょう」


 張牛角の場合、将軍職にあった皇甫嵩率いる討伐軍と一刻も早く黄巾賊を討ちたい朝廷の思惑が一致したからあのような無理ができたと言っていい。普通というか平時であれば、まず無理な話なのだ。それゆえ劉逞の望みを実現させるには、彼らを降伏させるか帰順させるしかない。国に対してなのかそれとも劉逞に対してなのかという問題はあるが、この場合に関して言えばどちらでもいい。重要なのは、白波賊が帰順なり降伏なりしたという事実だけだからだ。


「とはいえこの場合、帰順は難しいだろうな」

『確かに』


 劉逞の言葉に、盧植と董昭と程昱は同意した。

 仮に、繋がりがあったという張牛角の力を借りて白波賊を率いる郭泰に帰順するように説得したとしても、その提案を郭泰が受けるとは思えない。まして白波賊に関しては、武将としての力量がある丁原ですら警戒しているのだ。そのような者たちが、一回も刃を交えていない状況で帰順するなどまず有り得ない。つまるところ、劉逞の意向に従わせるには白黒はっきりつける必要があったというわけなのだ。


「取りあえず、趙燕には引き続いて調べさせる。いずれは、より詳細な報告が上がってくるだろう。その時、改めて白波賊のことを考えるとしよう」

『はっ』


 それから数日したあと、自身の代理として韓当を離石に置いた劉逞は、出立する。行き先は、同じ西河郡内の美稷であった。この地には、今まで使匈奴中郎将の地位にあった王柔がいるのである。そもそも劉逞が西河郡太守を兼任していなかったら、彼もまた王柔と同じように美稷に駐屯していた筈なのだ。その劉逞が美稷に向かう理由は、王柔より兵権を引き継ぐ為であった。

 無事に到着した劉逞は、王柔と面会して彼の持つ使匈奴中郎将としての役職と兵権を滞りなく引き継いだ。だが、このままこの地に駐屯というわけにもいかない。西河郡内には、白波賊という解決しておきたい問題を抱えているからだった。

 自身の代理として従事の劉備を置き、彼の補佐として荀攸と田豊を付ける。使匈奴中郎将たる劉逞の属官となる三人にあとを任せると、劉逞は離石へとんぼ返りをした。美稷へ向かった時と同様につつがなく戻った劉逞は、盧植と程昱と董昭とともに趙燕からの続報を受けたのである。その報告には、白波賊を率いている郭泰についてだけでなく彼の下にいる幹部の四人についての情報もあった。白波賊は、頭目となる郭泰と彼の元に集っている楊奉と韓暹と季楽と胡才によって率いられている集団なのである。その彼らの情報についても、しっかり報告がされたのだ。また、そればかりではない。白波賊の本拠地となる白波谷、及びその周辺地理についての情報なども併せて報告されたのであった。

 この趙燕が齎した情報のお陰で、白波谷周辺だけに留まらない広範囲な地理について判明したのである。それゆえに、地の利を完全に敵へ奪われるという事態は避けられたといえるだろう。このことは、まだ西河郡に到着して間もない劉逞らからすれば、とても有難いものであった。


「仲徳、公仁。ここが、使えそうではないかな」

『なるほど。確かに』


 地図を見ていた盧植が使えそうだとして指し示した場所とは、川である。黄河のような大河というほど大きさはないものの、相応の水量を持つ川であった。その川を見た盧植が考案した策、それは水攻めである。事前に川の上流へ堰を築くことで水を溜め、そして一気に敵を流してしまおうというものであった。策としては悪いものではないが、問題はいかにして敵を誘引するかである。これを成功させなければ、水攻めなど机上の空論でしかないのだ。


「なるほど。敵を釣る役目、か」

「はい」

「……その役目、我がやろう」

『ほ、本気にございますか!?』


 劉逞の口から出た言葉に、盧植と程昱と董昭は驚きを隠せないでいた。

 確かに、囮としては一級品となる。効率だけを考えれば、一番の存在と言っていいだろう。だが仕える主がこうむる危険を考えれば、簡単に了承できるものではなかった。それゆえに、三人は劉逞を説得に掛かる。しかし彼は頑として聞かず、最終的には盧植らの方が折れてしまったのだった。

 さて敵を誘引する方法だが、まず囮となる劉逞は後方に控えさせておく。併せて本隊を先行させて陣を張らせたあと、劉逞に追い掛けさせる。その際に、わざと劉逞の情報を白波賊側へ流しておく。こうすることで、敵を目的の場所へ誘引するというものであった。





 白波賊の頭目となる郭泰は、もたらされた耳寄りな情報を基に行動を起こしていた。その情報とは、攻め寄せてきた劉逞の動向についてである。彼が離石から軍勢を押し出して白波谷に向かってきていることを知った郭泰は、すぐにでも情報を集めたのだ。その過程で彼は、敵の大将となる劉逞の行動を偶然掴んだのである。その情報によれば劉逞は第二陣として離石を出陣しており、率いている兵は決して多くはないというものであった。

 流石に本当かと彼は、疑いの目を向ける。そこで今一度調べさせたのだが、上がってきた報告は最初の知らせと殆ど変わるものではなかった。それならば間違いないであろうと、郭泰は劉逞を討つべく出陣したのである。彼の考えとしては、囮の部隊を使ってあえて敗走させることで、敵の主力である第一陣を引き付ける。その隙に自ら兵を率いて劉逞のいる本陣を急襲し、首尾よく討つというものであった。

 かくして、劉逞の軍勢と白波賊がぶつかることとなる。囮の部隊を率いたのは、楊奉と韓暹である。二人は出来る限り無様に動くことで、劉逞の第一陣を引き付けることに成功する。間もなく攻撃してきたので、楊奉と韓暹の二人は敗走して見せたのだった。

 もっとも演技というより、本気で逃げていると言っていい。それぐらい、追撃に勢いがあったのだ。予想外に必死に逃げを打ちながらも楊奉と韓暹は、追撃をしてくる敵勢の様子を見て郭泰の奇襲が成功することを確信していた。しかしながらその核心を、天が汲むことはなかったのである。

 奇襲部隊を率いる郭泰と李楽と胡才はというと、劉逞のいる第二陣へ向って戦場を大きく迂回をしていた。まれに遠くの方から聞こえてくる干戈を交える音を聞きつつ、兵を進める。やがて郭泰らは、途中で敵と遭遇することもなく目標となる劉逞の本隊を捉えたのだ。ここまでくれば密かに行動する必要はないだろうと判断した郭泰の号令一下、一気に攻め寄せていったのである。すると劉逞がいると思われる部隊は、誰かを守るように逃げ始める。ここで逃げられては、せっかく立てた策の意味がなくなるとして郭泰は、先頭を切って追撃を開始していた。すると彼は偶然にも、敵の帥旗を認めたのである。帥旗があるのだからあそこにこそ大将がいると判断し、郭泰は馬を走らせ。その彼に従って、李楽や胡才も率いる兵と共に後を追い掛ける。彼らは必死に馬を走らせるも、中々なかなかに追い付けないでいた。


「くそっ!! なぜだ! どうして追い付けない!」

「諦めるな!」

『郭頭目!』

「必ず追い付ける。何よりこの先には、川があるではないか!」


 流石は、白波谷を本拠とする彼らである。周辺の地理については、十分に把握していた。だからこそ郭泰は、川で追いつけると思っていたのである。だが、その川こそが劉逞たちの決め手であるとまでは思い至らない。勝手知ったる川に策が施されていたとは、想像できなかったのだ。

 しかし、これは一概に彼らの怠慢だとは言い切れない。劉逞は、確かに自身の行動については敵となる白波側に情報を流したが、それ以外の情報については厳密に封鎖していたからだ。特に策の肝となる、川の上流に堰を築いて水を溜めている件については、それこそ徹底的に隠蔽工作いんぺいこうさくを行っていたのだ。


「あと少し! そこで決着がつく!!」

『おおっ!!』


 郭泰の激に李楽と胡才、それと周りにいる者たちが呼応する。その声に後押しされるように、郭泰は馬を走らせるのであった。



 先行している劉逞は、ちらりと後方に視線を向けた。しかし残念ながら、彼の視界に追い掛けてきている敵の姿は映らない。代わりに映ったのは、周りを囲んでいる味方である。彼らは劉逞を守る為に武術の師である趙伯と、弓術と馬術の師で韓当が選抜した者たちであった。


「どうだ。後ろはついてきているか?」

「問題なく」


 その問いに答えたのは、趙雲である。彼は劉逞の左側を、並走していたのだ。なお、右側を並走しているのは夏侯蘭である。彼らは劉逞と共に幼少の頃から育ったこともあって、馬術の腕は殆ど変わらない。そのゆえに、二人は選抜されていたのだ。

 その趙雲からの答えを聞いた劉逞は頷くと、そこからは愛馬を走らせることに集中する。だが、決して敵を振り切るようにはしない。だからこそこの軍馬のみで構成されている騎馬隊に、郭泰が率いている隊による追撃が成功しているのである。劉逞たちが本気で馬を駆けさせれば、郭泰たちを振り切るなど容易であった。やがて劉逞たちは、目標の川へと到着する。川のほとり立ったあと、劉逞はあえて立ち止まって見せた。

 なぜ立ち止まったのかというと、これも策の一環である。川岸で立ち止まることで、逡巡したかのような印象を郭泰たちに持たせる為だ。確かに軍を動かすに当たって、劉逞たちも地理などの情報は仕入れている。しかしそれでも、地の利という点においては郭泰らの方が上なのは間違いない。その彼らを騙すには、多少の危険も必要なのだ。

 それに、立ち止まった理由はもう一つある。目的の地点まで到着したことを、上流にて水をせき止めている筈の味方に知らせる為であった。彼らと間合いを図り、劉逞たちが川を渡河したあとに同じく川を渡る白波賊を一気に押し流すのである。この頃合いを間違えると、劉逞たちが流されかねない。いやが上でも、慎重を期する必要があったのだ。

 その後、暫く川岸に立ち止まっていた劉逞たちであったが、いよいよ郭泰率いる白波賊が後方に見えたところで川へと入って行く。前述したように上流で堰を築き川の水をせき止めているので、その水量は減っている。それでも劉逞は、慎重に渡河を行った。傍から見れば、川を渡るのに悪戦苦闘しているようにも見えるだろう。そしてそれは、郭泰たちも同じ印象を抱いていた。

 これこそ千載一遇せんざいいちぐうの好機として、郭泰たちもどんどん川に近づいていく。対岸へ到達し始めている劉逞たちからやや遅れて、郭泰たちは川に入って行った。ここでもし、彼らが普段通りの心持こころもちであったならば、川の様子に違和感を覚えただろう。今の季節であれば、この川の水量がここまで下がっていることなどまずないからである。しかし劉逞という最高の餌を目の前にちらつかされた彼らが、その事実に気付くことはない。そしてこれこそが、彼らの命運を決定づけることとなってしまったのだ。

 郭泰を先頭に川に入った白波賊であったが、川の半ば過ぎて対岸までもう少しという地点まできた頃、何やら轟音のような音が聞こえてくることに気付く。幾ら追撃中であったにしても、これほどの音が聞こえてくれば何ごとか気になるものだ。しかもその轟音は、徐々に大きくなってきている。これで気にしないならば、それは馬鹿としか言いようがなかった。


「……な、何だ。この音は……」

「か、郭様! あれを!!」


 配下の一人があげた声に、郭泰と季楽と胡才はそちらへ視線を向ける。するとそこには、轟音を伴って水が怒濤のごとく迫ってきていた。一瞬、呆気に取られた郭泰たちであったが、すぐにでも我に返る。皮肉にも迫りくる水によって生まれた振動が、郭泰らを気付かせたのだ。

 意識を取り戻した次の瞬間、彼らは騎乗している馬を走らせる。彼らが助かるには、怒濤のごとく迫ってくる水の影響範囲から逃れられるところまで逃げるしかないからだ。幸い、先頭にいた郭泰や李楽や胡才は対岸にまで到達することには成功する。その後も馬を走らせ、彼らと彼らの周りにいた白波谷の者たちは九死に一生を得る。しかし、優に半数を大きく超える味方の者たちは、押し寄せた水によって流されていってしまっていたのだ。

 もはや彼らは、大きくうねり流れる川を呆然と見るしかない。ついさっきまで従っていた者たちの大半が、川の水によって消えてしまった。しかもあと少しで劉逞を討ち取れると考えていただけに、劇的な状況の変化に彼らはついていけないでいる。そんな彼らに、劉逞はゆっくりと近づいていく。そしてある程度まで近づくと、率いている将兵たちへ指示を出す。その指示に従って彼らは全員、手にしていた弓を構えていた。


「聞けいっ! 白波の賊ども!! 我は、使匈奴中郎将並びに西河郡太守である劉常剛である! 既に大勢は決した! ここで降れば、命は助けよう。だが抵抗するというのであれば、その命は失われると思うがいい!!」


 劉逞の声は、それでなくてもよく通る。しかしてその声は、率いていた兵を大量に失った郭泰の李楽の胡才の心根こころねを完全にへし折ったのであった。

連載中の「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

併せてよろしくお願いします。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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[一言] 史実で曹操が青州黄巾賊を取り込んだように、劉逞は彼らを取り込むのですか?
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