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第百四十六話~益州の戦乱 二~


第百四十六話~益州の戦乱 二~



 建安四年(百九十九年)



 張衛が張魯に対して反旗を翻すに当たり、同盟を結んだ相手というのは宋建であった。彼は漢人とは別の民族となる羌出身の人物であり、ちょうど黄巾の乱が勃発して間もない頃に漢に対して反旗をひるがえした人物である。無論、漢としてもすぐに手を打ちたかったのだが、瞬く間に漢国内で広がった黄巾の乱鎮圧に躍起やっきとなり、宋建への対応は後回しとされてしまったのだ。

 その宋建だが、彼は謀反を企てた後は自ら河首平漢王と称している。そして、丞相以下百官を任命したばかりか独自に年号まで定めており、独立国の様相を呈していた。張衛はそんな宋建と手を結ぶと、間髪入れずに兵を蜂起したというわけであった。蜂起後は、瞬く間に兄を捕えて五斗米道の中枢を押さえることに成功する。その後、病となった兄から指名を受けたとして師君を名乗る様になる。因みに師君とは、張魯が名乗った自身の尊称に他ならない。つまり張衛は、兄の尊称を譲り受けその名を名乗ることで五斗米道の新たな指導者となったことを印象付けたのであった。

 こうして五斗米道を手に入れた張衛は、宋建と共に勢力の拡大を始める。しかしながらこのことが、逆に自身の隙を生んでしまうことになるとは当の張衛も思ってみなかった。何と捕え監禁した筈の張魯が、あろうことか脱出に成功してしまったのである。この際に手引きしたのが、閻圃であった。彼は張魯の功曹を務めている人物だが、実質的には張魯の軍師と言っていい存在である。その様な人物がなぜに張衛の蜂起を防げなかったのかというと、その頃に彼は漢中にいなかったからであった。彼は張魯の命に従って洛陽へ密かに赴いており、張魯が漢に対してひいては劉逞に対して恭順することへの諸手続を行っていたのだ。その諸手続も無事に終わり、漢中へと戻っている最中さなかに張衛の蜂起の一報を耳にしたのだ。流石の彼もこの知らせには驚きを隠せなかったが、すぐに気を取り直すと捕えられている張魯救出の為の手段を講じたのである。そしてついに、張衛の隙を突いて張魯の身柄を救出し確保したというわけであった。


「して、脱出したという張魯だが、まだ捕えられておらぬのだな」

「はい。少なくとも、我の元には捕まえたという報告は届いておりません」

「そうか。そうなると、だ」

「丞相様。張魯を救出致しましょう」


 その時、程昱が劉逞へその様に進言した。

 確かに張衛は兄である張魯から五斗米道指導者の地位を譲り受けたと宣言しているが、それはあくまで彼の勝手な言い分でしかない。五斗米道という勢力を動かす為の正当性を主張する為に宣言したのであって、正式にその地位を譲られているわけではないのだ。しかも張衛は、新たな五斗米道の指導者となる理由として、兄が死病に掛り明日をも知れぬ重篤な状態へ陥ってしまったからだとしているのだ。もし、そこに当の兄本人が病の様子などかけらも感じさせずに現れれば、張衛の主張の正当性など木っ端みじんに吹き飛んでしまうことは間違いない。そうなれば、彼に向けられる目は謀反人に対するものとなるであろう。そうなってしまうと彼に残された道は、そこからさらに一発逆転を狙うかはたまた落ち延びるか、それとも復帰した兄を含めて他者から捕えられてしまうのかのいずれでしかない。そして彼が辿る道として一番可能性が高いのは、捕えられるという選択だろう。とはいえ、それはあくまで張魯の身柄を確保できればという前提条件がつくのは言うまでもないことであった。


「お主も、そう考えるか。我もそれを考えたところだ」

「流石にございます。我ごときが、進言するまでもありませんでした」

「馬鹿を言うな」

「はっ」


 結果として同じ考えであったとしても、進言は止めるべきではない。むしろ、大いに言ってほしい。その様な気持ちを込めて窘めたかの様な言葉を吐いた劉逞に対し、程昱は畏まって頭を下げた。最も、頭を下げている程昱の表情に笑顔が浮かんでいるところを見ると、劉逞の言葉に込めた気持ちを察していることが分かった。そして劉逞はと言うと、その様な程昱を一瞥する。それから、視線をすぐに趙燕に向けつつ口を開いていた。


「趙燕、張魯の身柄を確保できるか?」

「……お任せ下さい」

「そうか。では頼むぞ」

「御意」


 少し間を開けてから了承の言葉を返した趙燕が、劉逞の前から下がる。彼が視界から消えると劉逞は、程昱に対してすぐに軍議を開くことを命じていた。命を受けた程昱は黙って頭を一つ下げると、軍議の準備の為に執務室から退出する。そして残った劉逞だが、彼はすぐに執務を再開していた。軍議の準備が整うまで、執務を続ける為であったことは言うまでもない。それから暫く後、軍議の準備が整ったとの知らせが届く。そこでようやく、後のことを蔡邕ら官僚に任せると軍議に参画する為に部屋を退出したのであった。



 軍議を行う間では、軍師たちや将官など家臣の出迎えを受けた。その家臣たちに手を挙げて軽く挨拶した後、劉逞は上座へ腰を下ろす。その後、家臣たちにも腰を下ろす様に言うと、彼らもまた着席した。すると軍議の間に、茶が提供される。劉逞や彼の家臣たちが著を一口飲んで喉を湿らせると、つい先ほど趙燕から届いた報告が彼らにも伝えられた。報告を受けた家臣たちは驚きを隠せなかったが、それは一瞬でしかない。その後、彼らには一様に似た表情が浮かんでいたのだ。しかしてその理由だが、それは今回の事態の裏にはある人物が関与していることが容易に想像できてしまったからであった。


「丞相様。やはり、あのお方ですか」

「まぁ、そうであろうな。と言うか義公、他におるまいて」

「それは、確かに」


 自身の副将である韓当の問いに対して、劉逞がそう答える。この答えに関しては、問い掛けた韓当は勿論、他の家臣たちも納得していた。そもそもの話として、現状で劉逞に逆らうなどと言うことを現実に行うことができるものなど漢広しといえど、もはや何人もいるものではないからだ。

 まず一人目だが、言うまでもなく袁紹である。二人目は今回騒動が起きた益州で刺史の地位にある劉瑁であり、この二人が有力者として警戒されていた。但し、劉瑁自身にはもはや漢に逆らおうという気概は無く、ある意味で現状に満足している。だからこそ趙韙による反乱が起きたというのが、何とも皮肉な話である。また他にもおり、三人目として北方の雄である公孫度がいる。ところでその公孫度がなにゆえに警戒されているのかと言うと、実際彼が独立宣言をしているからであった。それはまだ、董卓が存命だった頃までさかのぼることとなる。今から九年ほど前に、中央の混乱を好機と感じた彼は、自分が郡太守として派遣されていた遼東郡を地盤として一方的に漢からの独立を宣言したのだ。つまり彼は、当時幽州にいた劉虞とも干戈を交えていることでもある。しかし公孫度は戦が上手かったので、劉虞としても手を焼いていた。もし、先代甘陵王であった劉忠の死と、幼くして養子となって甘陵王の地位を引き継いだ劉逞の子である劉厳の存在がなければ、彼は未だに幽州において公孫度と干戈を交えていたかも知れない。もしくは、彼によって討たれていた可能性すらあるのだ。また公孫度だが、独立宣言前は高句麗や烏丸に対しても兵を出しており、それなりの戦果を収めている。その様な男が、独立を勝手に宣言しているのだから警戒されないというのが無理な話なのは言うまでもないことであった。とはいえ、勢力としては大きいとは言えない。だからこそ劉逞らから警戒されてはいるが、現状では幽州に屯田兵を導入したり追加の兵を派遣したりすることで押さえ込んでいたのである。いずれは平定するつもりであることは述べるまでもないことであるが、地理的な要因もありまだ実行には移されていなかったのであった。

 次いで四人目が誰かというと、張衛と手を結んだ宋建である。彼に関しては前述した通りであり、こちらに関してもいずれは平定することとなっている。対応としては、先に挙げた公孫度と同じであると考えていたので取りあえず差し支えはなかったのである。そして最後となるのが、今回張魯に対して反旗を翻したことで張衛が新たに名を連ねたのであった。


「まず、益州に関してだが、自身のことである以上、刺史の劉瑁に対応させる」

「お手並み拝見、と言ったところでしょうか、丞相様」

「不謹慎だぞ、蔣奇」

「何だと!」


 蔣奇の発言に対して、同僚の審配が苦言を呈した。元々もともと、審配と蔣奇の二人は仲が悪い。その事に加えて、蔣奇の言葉にからかう様な雰囲気が感じられたからかも知れない。審配の苦言には、棘の様なものも感じられた。何せ彼は、不義や不正といったたぐいを嫌っている。その気質ゆえ、一部の者からは慷慨こうがいの士とも評されているぐらいなのだ。その様な男であるからこそ、蔣奇の態度が気に障ったのである。しかしこれでは、売り言葉に買い言葉である。ゆえに蔣奇が、激高したのも仕方がないことでもある。これにより軍議の間には、違う意味での一触即発いっしょくっそくはつの感が漂い始める。しかしその空気を断ち切ったのは、他ならぬ劉逞であった。


「その方ども、やめぬか。今は軍議の場だ、個人的な感情を持ち込むな」

「も、申し訳ありません」


 劉逞から窘められると、流石の二人もいがみみ合いなどやめてしまう。それから異口同音に、謝罪の言葉を口にしていた。その謝罪を受け取った劉逞は、まるで何事もなかったかの様に軍議を続行させたのである。流石に以降は下らぬ言い争いなど起きず、建設的な軍議が進行していく。やがておおよそのことが纏まると、劉逞はその結果と趙燕の報告と共に皇帝である劉弁の元を訪れるべく面会を奏上したのであった。

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載

「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

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も併せてよろしくお願いします。

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