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第百四十二話~荊州騒乱 四~


第百四十二話~荊州騒乱 四~



 建安三年(百九十八年)



 荊州と揚州との境にまで軍勢を進めた袁紹ではあったが、その地で進軍を一旦停止すると駐屯した。その上で、劉表に対して書状を出したのである。しかしてその内容であるが、当然ながら荊州の軍勢の出陣を促す物であった。具体的には、自分が率いている軍勢と劉表が率いている軍勢で蘇代率いる反乱軍の勢力範囲を攻めるという物である。要は劉表が率いる荊州の軍勢が北より攻め、袁紹が率いてきた軍勢によって東より攻め立て様というものであった。こうして北と東より攻め立てることで、蘇代の反乱勢を追い詰めようという物であり、決して悪い作戦というわけではない。何せ蘇代には、逃げ出せることが難しいからである。仮に彼が劣勢を考えて退いたとしても、西は益州刺史の劉帽勢力下となる益州であり、南は袁紹の勢力下となる交州が横たわっている。この状況で、袁紹が書状で促した通り劉表が北から、そして袁紹が東から攻め込めば、蘇代は袋の鼠と言っていいだろう。厳密には、逃げる道筋がないわけではない。か細いながらも南蛮へ逃げ出すと言う選択もないわけではないが、かなり厳しい行程となるのは言うまでもない。実際、南蛮方面へ蘇代が逃亡した場合、二度と彼が表舞台へ出てくることはないと思われているのだ。だからこそ、袁紹は蘇代が南蛮へ逃げるという選択はしないと思っていた。事実、蘇代は南蛮へ逃亡すると言うことは考えておらず、前述した通り漢へ降伏するという選択をしている。だから、袁紹の判断もなかなかに穿っていたと言ってよかった。

 とは言うものの、彼の思惑の全てが先に挙げた理由なのかというとその様なことではない。実は彼が書状を出した本当の理由だが、劉表を戦場の露としてしまおうというものでしかなかった。無論、蘇代を討つという気持ちも本当である。しかしそれは、自身の目的に邪魔な存在でしかないからだ。これは、現状で荊州最大の実力者となる劉表も同じである。蘇代にしても劉表にしても、荊州を手中の珠にするべく画策している袁紹からすれば等しく邪魔な存在しかない。そこで郭図などと言った自身の軍師たちへ、策を訪ねたのである。すると後日、彼らが進言してきた策というのが、蘇代と劉表を纏めて葬ってしまおうというものであった。

 とはいえ、必ずしも策が成功するとはいえない。そこで表向きの理由とした蘇代への挟撃を全面に打ち立てというわけである。これで策が成功して、蘇代と劉表が共に果ててしまえば最上だと言える。しかし、策が最上の結果を齎すことがなかったとしても、蘇代だけは最悪でも討つことができる状況を揃えていれば討ち漏らすことはないだろう。つまり二段構えの策であり、最終的にどちらの結果が出ても袁紹が損することはない状況をあつらえたというわけであった。

 一方で、書状を受け取った劉表だが、彼は大量の苦虫を噛み潰してしまったではないのかと思えてしまうぐらいの表情を浮かべていた。その様な主の様子を見て、この場にいる蒯越や蒯良や蔡瑁などといった者たちは、揃っていぶかしげな表情を浮かべている。その様な配下の表情を視界に収めた劉表はと言うと、小さく苦笑を浮かべた後で袁紹からの書状を彼らに開示したのであった。すると、蔡瑁や呂公や霍篤などといった将たちは笑みを浮かべている。その理由は、蘇代率いる反乱勢に痛撃を与えることができると思えたからである。彼らは今まで、何度も蘇代ら反乱軍に煮え湯を飲まれ続けていた。そのことを考慮すれば、彼らの思いも分からないわけではない。しかしながら、蒯越や蒯良などといった知恵者たちからは、およそ冷ややかと言っていいぐらいの視線と態度向けられてしまった。

 だがしかし、なぜに彼らがその様な視線を蔡瑁らに向けたのかと言うと、彼らは袁紹の思惑に気付いているからである。袁紹からの書状は、劉表を含めた荊州勢を虎口へと誘う誘いでしかない。その様な思惑にも気付かず喜んでいる蔡瑁たちなど、蒯越らからすれば滑稽こっけいでしかないのだ。

 なお、袁紹の思惑についてだが、書状を差し出された劉表も気付いている。彼も一廉の人物であることは間違いなく、袁紹が差し出した書状の裏を推察するぐらいは難しくはない。それゆえに、蔡瑁らの思いを内心で憂慮していた。但し、彼は蒯越らが表した様な冷ややかな視線と態度をあからさまに見せたわけではない。流石に完全に隠すことはできなかったが、なまじ蒯越らの態度があからさまであった為、目立たなかったのだ。


「さて、どう思う?」

「直ちに出陣するべきかと」

「愚かな……」

「何だと! 異度!! もう一度、言ってみろ!」


 蒯越の態度と言葉に、蔡瑁が怒りを露わにする。いや。彼ばかりではない。他にも複数の将が、声こそ荒げないものの蔡瑁と似たり寄ったりの反応をしていた。しかしながらこの様は、珍しいわけではない。頻繁とは言わないもの、過去にもあったからだ。果たしてその理由だが、それは蒯越に原因を求められた。何せ彼は、歯に衣着せぬ物言いをすることが多いのだ。流石に仕えている劉表には、一定の配慮はする。しかし相手が同僚となると、時には先ほどの様な物言いとなってしまうことがあるのだ。


「何度でも言おう、徳珪殿。愚かだと称したのだ。そもそも貴公は、本初殿がどの様な意図を持って送り付けてきたのか、おわかりなのか?」

「ふん。それぐらいは分かるわ。共に攻めるという要請を隠れ蓑とした、こちらを追い詰める策略であろう」


 蔡瑁の返答を聞いて、蒯越や蒯良などは意外そうな表情を浮かべた。その理由は、まさか蔡瑁が袁紹の考えについて当たりをつけていたとは思ってもみなかったからだ。しかも、蒯越や蒯良の考えと同じなのである。それだけに彼らからすれば、蔡瑁が出陣を主張した理由が分からなかった。

 その一方で策を見抜いている蔡瑁が、どうして袁紹がたてた策にあえて乗ろうとしているのかというと、彼はこの機を利用するつもりだったからである。どの様な理由があろうと、袁紹の軍勢と共に攻めるということは、これまで組織した兵数よりも多くの兵数を持って蘇代率いる反乱勢を攻め立てると言うことに他ならない。即ち、優位な状況で戦を行うことができるのだ。要するに蔡瑁は、一気に蘇代との決着をつけてしまおうと考えたのである。無論、戦が終わった後には袁紹へ配慮をしなければならないだろう。しかしながら彼は、その様な不利な配慮をしてでも、この際、一気に情勢を動かして、荊州の騒乱を終わりにしようと画策したというわけであった。

 しかしてそれは、確かに可能であろう。そして袁紹が手を回してくるかもしれない劉表に対する策への対応についても、しっかりと護衛を固めることで回避できる筈だ。勿論、完全にできるなどとは言わないが、それでも自信を持って身の安全を図ることができると思っていた。


「ここで、情勢を動かす。それも一つの手立てではあると貴公は言いたいのだな」

「そうだ。一気呵成いっきかせいに、事態を動かすべきだ!」

「景升様、いかがなさいますか?」

「……良かろう。ここは乗ろうではないか」


 劉表からしてみても、蔡瑁の考えは埒外らちがいであった。しかし蒯越が言った通り、一つの手立てであることも間違いではないのだ。袁紹への配慮は懸念材料であるが、そちらに関してはそれこそ丞相である劉逞を巻き込んでしまえばいいのである。流石の袁紹も、相手が丞相となればそうそう無体なことは言えないだろう。そういった判断の上で劉表は、劉逞をも巻き込む腹積もりだったのだ。


「承知致しました。しからば、出陣の準備を早めましょう」

「うむ」


 元々もともと、いかなる事態が起きても対処が可能な様にと軍勢の準備は行っていたのである。その準備していた軍勢を動かすのだから、一から準備を始めるよりは遙かに早く完了できることは言うまでもなかった。兎にも角にも、今まで以上に出陣の準備に力を入れたお陰もあって、目論んだ通り予定よりも早く完了する。すると劉表は、準備の終えた軍勢を自ら率いて、襄陽より出陣したのであった。

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載

「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

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も併せてよろしくお願いします。

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