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第百三十七話~青州遠征 五~


第百三十七話~青州遠征 五~



 建安三年(百九十八年)



 乾坤一擲けんこんいってきを狙って官軍の総大将である劉逞に的を絞って襲撃を仕掛けた管亥や張饒らの奇襲だが、当初は成功したかのように思われた。事実、途中で兵を減らしながらも敵の本陣へと到達しているのだから、失敗しているとは言い難いだろう。だが結果だけ見れば、失敗している。その理由であるが、この状況こそが沮授の進言から実行された策に他ならなかったからだ。しかして、沮授の策とはいかなるものであったのか。それは、管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部を意図的に死地へと赴かせるというものである。とは言え、あからさまに誘導などすれば相手に勘繰られてしまう可能性がある。そこで沮授は、囮を使うことでこちらの意図を感付かれない様に仕向けたのだった。


「それゆえに、我というわけか」

「はい。最初だけですが」

「最初だけ? それは、どの様な仕儀なのだ?」


 沮授の含みを持たせた言葉を聞いた劉逞が意味を尋ねると、沮授は策の内容について説明を始める。しかしてその内容というのが、劉逞本人と影武者を使った青州黄巾賊幹部たちの誘導だった。まず初めの手順としては、管亥や張饒が行うであろう本陣への奇襲を甘んじて受け入れる。つまり彼らの奇襲が、あたかも成功しているかの様に動くのだ。勿論、無傷で成功などさせなどはしない。それ相応の、損害は受けて貰った上で行わせるのだ。当然ながら、生半可なものにできる筈もない。それゆえに、この作戦に従事した将兵は、いずれも劉逞配下の将でも一廉の者たちであったという。こうして管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちは、知らず知らずのうちに沮授の策へまんまと乗せられたのだった。そして当然ながら彼らは、その様な事態となっているとは露知らず、前述した様に官軍の本陣への襲撃を成功させた管亥や張饒らは、劉逞の姿を遠目とはいえ見付けることが出来たのである。無論、彼らが見つけた劉逞は、前述の通り本人であった。


「漸くこちらを見つけたか……では、引くぞ」

『はっ』


 一言撤退の言葉を漏らした劉逞に対して答えたのは、今さらだが趙雲と夏候蘭である。すると劉逞は、二人に頷き返すと管亥や張饒らとは全く違う方向へと馬を走らせていた。その劉逞に従って趙雲と夏候蘭、それから幾許かの兵が付き従っている。無論、劉逞の身を狙って日の出に合わせる形で奇襲を仕掛けた管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちが、見逃すなどあり得ない。それこそ我武者羅がむしゃらに、劉逞たちへの追撃を開始したのだ。しかしながら彼らの追撃は、早々に煙に巻かれることとなる。その理由は単純で、初めから彼我の間で距離があったことに加えて馬術に明確な差があった為だった。確かに管亥や張饒らも、馬を操ることは出来る。しかしながら劉逞たちの様に、本格的な馬術指導を受けたわけではない。あくまでも、幾度と戦を経験するうちに覚えたものでしかないのだ。それでも長年に渡って戦を経験しているので、それなりの腕とはなっている。だからといって、幼少のみぎりより本格的な訓練を受けていた劉逞などと比べるまでもない。それゆえに管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちは、間もなく劉逞たちを見失ってしまったというわけである。ここでもし、見付けることが出来なければ、管亥や張饒らも諦めて別の手立てを考えたかもしれない。しかしながら彼らは見失った筈の劉逞らを、またしても見つけている。だからこそすぐに追撃を再開したのだが、これこそが沮授の立てた策の真骨頂しんこっちょうであった。

 それと言うのも、管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちが一度見失った筈の劉逞たちを見付けたこと自体、沮授のお膳立てによるものに他ならないからである。実は彼らが再度目付けた劉逞たちだが、最早もはや本人ではない。背格好が似ているとして選ばれた、別の者だったからである。つまり管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちは、沮授によって用意された影武者たちを、劉逞たち本人だと誤認していたのだ。その上で、彼らは追撃を再開したというわけである。しかも沮授は、管亥や張饒らをより慌てさせる為に、もう一度見失わせるという念の入れ様であった。この為、より焦りを覚えた管亥や張饒らは、三度目標とする相手を見つけると、ひたすらに追撃を再開したのだ。ここに沮授の策は成り、管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちは、死地とも言えるこの場所へと誘導されたというわけであった。

 さてはて。管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちが誘導された場所であるが、それは周囲を岩場に囲まれた地である。それにもまして唯一の出口はというと、今まで一心不乱に突き進んできた彼らの後方に存在するだけである。しかもその出口には、いつの間にか展開したのか多数の官軍によって塞がれた形となっている。つまり、管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちは、正に袋の鼠であった。


「……これはいったい……」

「そなたたちは誘導されたのだ、我らによって」


 その声の持ち主、それは官軍総大将である劉逞ものに他ならなかった。勿論、彼一人というわけがない。傍には趙雲や夏候ら勿論、趙雲の父親に当たる趙伯や趙雲の兄に当たる趙翊もいる。ましてや他にも将は幾人も存在しており、彼らが率いる兵も多数崖の上に展開していた。しかも彼らは一様に手にした武器を構えており、合図一つで攻撃へと移る準備は整っていたのである。だがしかし、管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちの目には見えていない。確かに初めは、彼らの目に映っていたのだが、劉逞が現れたことで彼を討ち取るという完全な視野狭窄しやきょうさく状態へと並行してしまったからであった。


「そなたさえ討つことが出来れば、どうにでもなる!! 我ら今こそ、大賢良師張角様の宿願を果たさん!」

『おおーっ!』

「掛かれー」


 号令一下、管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちと何とか付き従っていた数少ない黄巾賊は劉逞目掛けて攻撃を開始する。しかしながらそれは、あまりにも無謀な命令でしかなかった。まず、完全に彼らは劉逞率いる軍勢によって取り囲まれた状態なのである。しかも劉逞の元へ到達する為には、周囲の崖を登らなくてはならない。当然だが、崖を登るその間はほぼ無防備な状態となる。いわば、一方的に攻撃を受ける状態なとなってしまうのだ。

 しかも、そればかりではない。たとえ崖を無事に登ることが出来たとしても、劉逞の元へ到着する為には周囲に展開する劉逞の家臣や選りすぐりの将、彼らが率いる兵を倒さなくてはならない。しかも彼らがこの地へ誘導された時点において、兵数はあからさまに官軍の方が多いのである。要するに管亥や張饒ら青州黄巾賊の幹部たちは、将兵の数があからさまに劣勢な状況にありながら、強大な敵への闘劇を命じたというわけであった。


「おろかな……そして、哀れなり。なれば、止めを刺してやるのが慈悲というものであろう」


 劉逞は、二度三度と首を振りながら言葉を漏らすと、すっと腕を上げる。しかもその手には、一振りの剣が握られていた。この剣だが、常山王家に代々受け継がれている剣である。常山王初代から伝わる剣とされてはいるが、本当にそれが事実であるのかは分からない。しかしその旨を差し引いても、名剣であることに間違いない。なおこの剣だが、劉逞の父親となる劉嵩が亡くなった為に、常山王家を継いだ劉逞が持ち主となったものである。何はともあれ、前述のいわれを持つ剣を手にした劉逞は、そのまま一言と共に振り下ろした。


「討ち果たせっ!」

『おおっ!!』


 こうしてついに、劉逞率いる漢の軍勢と管亥が率いる青州黄巾賊最終決戦が始まる。しかしてそれは、光和七年(西暦百八十四年)より黄巾賊の一斉蜂起により始まった黄巾の乱の最終決戦でもあった。無論、以降も散発的な戦いはあるかも知れない。しかし、黄巾賊残党一大勢力による武力衝突は、確かに最後であった。

 何はともあれ、こうして始まった戦であるが、展開は一方的となる。勿論、それは官軍側が圧倒的に優位な展開であった。そもそも黄巾賊の戦というものは、大概にして自軍の持つ圧倒的とも言える兵数の多さによって相手を圧倒して勝つというものである。しかしながら今回の場合、兵数が多いのは劉逞率いる官軍側なのだ。しかも戦場における地の利まで、宦官側が優位となっている。この状況で負けるとなれば、余程の愚将かそれこそ天意があるとしか思えない。だが、劉逞もそして劉逞率いる将も、おろかという程の者もいない。ましてや天意などもなく、順調に青州黄巾賊は討たれることとなった。

 因みに最後の意地と言えるのか、管亥と並んで青州黄巾賊を率いた張饒だが、何と劉逞が立つ崖の上まで登ることに成功していたのである。その身は満身創痍まんしんそういであり、致命傷も幾つか負っている。その様な状況でも彼は、崖を登り切ったのだ。だが、張饒の意地もそこまでである。既に手には得物もなく、そこから一歩進むこともままならないでいた。


「よくぞ辿り着いたものよ。せめてもの褒美だ、受け取れ!」


 そう言うと劉逞は、張饒へ無造作に近づく。その動きはあまりにも自然であり、趙雲や夏候蘭ら護衛を持ってしても、止めることは叶わなかった。勿論、すぐに気付いて劉逞の元へ駆け寄せてはいるが。しかし彼らが辿り着く前に張饒の前に立った劉逞は、腰の剣を抜きつつ一閃して張饒の首を刎ねていた。


「賊将、討ち取ったり!」


 ここに十年以上に渡った黄巾の乱は、終結の日の目を見たのである。なお、劉逞の剣だが、刃こぼれ一つせず、あろうことか血にも濡れていなかったのであった。

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載

「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

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も併せてよろしくお願いします。

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