表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/142

第百三十四話~青州遠征 二~


第百三十四話~青州遠征 二~



 建安三年(百九十八年)



 劉逞は自身の幕僚たちを今一度集めると、彼らへ青州侵攻の再考を命じていた。当初の計画では劉逞自身が洛陽にあって、後方支援全般を司る筈だったからである。しかもこの計画には別の側面もあり、仮に袁紹や劉表や劉瑁などが今回の出陣の隙を突く形で軍を動かした際には、そちらへの対処という役目も併せ持っていたのだ。しかし皇帝である劉弁の命で、劉逞自身が青州鎮圧の軍勢を率いなければならなくなってしまった。この様な状況へとなってしまった以上、当初の計画は破棄せざるを得ない。それは劉逞の代わりとして、別の者を留守居役に任じるしかないからだであった。

 ともあれ、劉逞より命じられた幕僚たちは、早速さっそくにでも喧々諤々けんけんがくがくの論議を始めている。時には怒号などが出るなどしつつも、ついに計画の修正が終わりを見せたのである。しかしこれにより、青州鎮圧の軍勢から外される者たちが出てくることともなった。果たしてその者として筆頭に挙げられたのは、孫堅である。なぜ彼が外されたのかというと、それは袁紹に対する牽制であった。


「……承知致しました」

「頼む」


 かくて何ゆえに袁紹に対する牽制として孫堅へと与えられたのかというと、彼が水軍を操ることが出来るからに他ならなかった。実は劉逞を含めての話となるのだが、基本的に華北出身の者には水軍を上手に操ること自体が難しいのだ。勿論、出来ないわけではない。しかし馬を操るかの様に出来るのかと言われると、揃って首を横へ振らざるを得ないのである。だがその様な中にあって孫堅だが、彼は水軍を扱うことに長けていた。孫堅は陸上戦もそつなくこなすことが出来るのだが、実は真の意味で本領を発揮できるのは水軍を任せた時なのである。これは彼自身が、華南出身であることに理由を求められるだろう。孫堅は揚州呉郡の出であり、その地は言うまでもなく今や袁紹が牧を務める揚州にある。しかも揚州呉郡は、長江流域なのだ。つまり彼は水軍を操ることが最も得意というのは、ある意味では自明の理であると言える。そして、孫堅の配下もまた華南出身者が多く、彼等もまた仕えている孫堅同様にまるで手足を操るかの様に水軍……いや船を操ることが出来るのだ。そのような彼らへ今回のような役目が振られるのは、当然の仕儀であると言える。だからこそ孫堅も、内心は別にして反論一つせずに、命を拝したのであった。

 とは言うものの、本音を言えば青州鎮圧に参画して手柄を立てたかったのだろう。しかし預けられる軍というのが、水軍となると話は別である。それに聞いた話ではあるが、揚州と交州の牧を任じられている袁紹も、自家の勢力として水軍には力を入れ始めているらしい。その点においても、孫堅の様に水軍の扱いに長けた者らが南方へ向かうのが、最善の手である。ともあれ、青州鎮圧の軍勢が動き出す前に南方への派遣を命じられた孫堅を大将とする軍勢は、同地に赴任している李通と共に万が一の事態に備えて対応するのであった。

 その一方で劉逞だが、彼は洛陽の郊外にて兵を集めたあと、粛々と進軍を開始していた。しかしてその軍勢だが、大きく分けて二つの集団となっている、まず第一陣は、曹操を大将とする軍勢である。彼らは言うまでもなく青州鎮圧の主力である。しかもその第一陣には、今まで兗州にて青州黄巾賊と対峙していた張邈や王匡が率いる軍勢も合流する手筈となっているので、さらに将兵が膨れ上がることとなっている。そして第二陣を率いているのは、他でもない劉逞であった。こちらの軍勢に関しては、ほぼ劉逞自身が抱える将兵により構成されていた。また、他にも進行する軍勢がある。それは、徐州を任されている陶謙であり、その彼から分離独立を果たした臧覇である。彼らは、劉逞の軍勢が青州に侵攻する時分に併せて南側より青州へ侵攻する軍勢となる予定となっていた。

 そして、彼らとは別に北からも青州へ派兵される軍勢もある。それは、劉和が率いる軍勢であった。なお、こちらの軍勢だが、命令系統が少々ややこしいこととなっている。実はこの軍勢を率いる名目上の大将だが、現甘陵王となる劉逞の息子の劉厳であった。とは言うものの、数えで十才にも満たない者に軍勢を率いさせるなど難しい。それゆえに、彼の代理として率いる人物が必要であった。そうなると、最初に候補となる人物の筆頭として候補に挙がるのは、言うまでもなく劉厳を補佐している劉虞となる。しかしながら現状では、彼にその役目を任じて実行するには難がある。これは先にも述べたこととなるが、劉厳は若い。いや、若すぎると言っていいだろう。その様な彼から、実質甘陵国を差配していると言っても過言ではない劉虞を離すわけにはいかないからだ。そこで代わりに見出された人物こそ、劉虞の嫡子となる劉和である。彼には父親程の名声はないが、劉虞の後継者としては十分の力量は持ち合わせているのでその点では問題とはならなかった。だが、ここで一つ問題が出てくる。それは、甘陵王が抱えている兵数だった。別段、甘陵王が抱えている兵数として少ないわけではない。寧ろ、適正であるだろう。しかし、此度こたびの戦をするにあたって十分な数が揃っているのかと問われると、いささか心もとなかった。そこで、不足分の兵数を補うという意味合いもあって、冀州における劉逞の領地防衛の役目を任じられている張郃と、そして彼に預けられている軍勢にも白羽の矢が立ったというわけであった。

 おりしも、青州鎮圧の軍勢を率いる総大将が劉逞となっている。ここに、そもそも劉逞の家臣である張郃が軍勢と共に加わったとしても何ら問題にはならない。それに何より、二人は顔見知りである。劉厳がまだ幼かったとはいえ、張郃は実父である劉逞の家臣であったのだ。こうして青州の北より侵攻する別動隊が構成されたわけだが、先述した事情により劉厳の代理として任じられた大将である劉和と、実質的に軍勢を統率する張郃という少し面倒な軍勢ができ上がってしまったというわけである。だが幸いであったのは、劉和も張郃も自身の立場を弁えていたことであろう。それゆえ、両者の間で致命的な決裂などは起きなかったのだ。しかしながら、両者にとって現状がやりにくいことも事実である。そこで彼ら冀州の軍勢は、命令の一元化を図る意味でも劉逞自身が率いる第二陣へ吸収されたのであった。



 曹操率いる第一陣であるが、既に兗州へと到着していた。一まず彼らの目指すのは、張邈が駐屯している萊蕪となる。この地は、管亥が率いる青州黄巾賊と張邈率いる漢の軍勢が干戈を交える最前線、そのすぐ後方にある拠点であった。事実、張邈らがこの地を押さえて踏ん張り続けていることで、青州黄巾賊の兗州侵攻が頓挫していると表現しても過言ではないだろう。それぐらい、重要な拠点であった。

 その様な萊蕪であったが、今は沸き上がっていた。その理由は、青州の鎮定を目的とした軍勢の第一軍が到着したからである。兗州へ派遣されて以来、長年に渡ってこの地を守り続けていた張邈は、この大規模な軍勢を自ら迎え入れていた。その理由は二つあり、一つは漸く訪れた青州鎮定の機会だからである。何せ張邈は、過去に幾度となく青州鎮定を意見具申している。しかし彼の意見具申だが、今までは中々なかなかに実現することはなかったのである。だがしかし、ここにきてついに朝廷が重い腰を上げた。この機会を逃すことなど、青州黄巾賊との戦の最前線を任されていた張邈に出来る筈もなかったのだ。

 そしてもう一つの理由、それは親友を迎える為である。青州鎮定の軍勢の主力と言っていい第一陣を率いるのは、先述した様に曹操である。そして曹操と張邈は、親友と言っても差し支えない関係であった。事実、曹操は家族や重臣に対して、自身に万が一のことがあれば張邈を頼れとまで言っているのだ。最も、曹操は張邈だけでなく、候補としては劉逞も頼れと言ってはいたが。

 兎にも角にも曹操が、張邈を信頼し頼りとしていたことは事実である。そしてこれについては、張邈も同様であったという。ただ、なぜか張邈の弟である張超が蛇蝎のごとく曹操を嫌っているので、弟のことをはばかってかあまり公言したことはしていない。しかし曹操は、その様な張邈の気持ちを理解しているので、張超のこととは別として彼との仲を深めていたのであった。


「漸く来たか」

「久しいな、孟卓」


 短く挨拶した二人であるが、彼らにおってはそれだけで十分なのである。お互いを認め合いそして友と思っている二人に、余計な言葉などいらなかったのだ。その後、曹操は張邈に対して同行している将を紹介していく。果たしてその面々めんめんであるが、豪勢と言って差し支えがない。このことに張邈は、今度こそ本腰を入れてきたのだと察すると同時に、頼もしく思い諸将を歓迎するべく宴の場へと案内したのだった。

 しかしてそれから遅れること数日、劉逞率いる第二陣が萊蕪の地に到着する。さらに言うと、既に劉和が大将として率いている冀州からの軍勢も到着している。劉逞は、同地に滞在する全ての将の出迎えを受けることになるのは言うまでもない。そして何より、劉逞の到着を持って青州遠征、そして青州鎮定の動きが本格化したのであった。

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載

「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

https://ncode.syosetu.com/n4583gg/

も併せてよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=711523060&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ