表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/142

第百三十三話~青州遠征 一~


第百三十三話~青州遠征 一~



 建安三年(百九十八年)



 劉逞は、亡き父親である劉暠を偲び丞相の職を辞した上で喪に服すことを奏上した。しかし、他でもない皇帝より奪情を命じられたが為に喪に服すどころか引き続いて丞相の職に留まることとなったのである。内心では思うところがないわけでもなかった様だが、どこかでそうなるのではないかという思いもあったのかも知れない。劉逞は、職務に邁進することとなった。

 果たしてその様な劉逞が次に打ち出した手だが、それは青州の鎮圧である。豫洲の黄巾賊残賊も鎮圧し、今や華北において表立って皇帝に対して、引いては漢に逆らっているのは青州に跋扈する青州黄巾賊しかいないと言ってもいいだろう。但し、劉逞らが怪しいと思っている人物が幽州の地にいるので、厳密には違うと言えるのかもしれない。しかし表立って漢に逆らっているわけでもなく、しかも高句麗や烏桓の討伐に功績を上げているのであからさまに警戒することは出来ない。そこで将軍位などを与えて取り込んではいるものの、どうにも現状に不満を持っている雰囲気がある。それゆえに劉逞らも、警戒だけは怠ってはいなかったのだ。


 話がそれた。


 何はともあれ、現状においてはこの地を鎮定することが出来れば、形の上では後顧の憂いはなくなると言っていいだろう。そうなれば、あとは荊州や益州や揚州や交州を改めて押さえることが出来れば、再び漢の意向は全土を覆うことになると考えてよかった。つまり青州を鎮圧し押さえることが出来れば、漢内部において発生した騒乱のきっかけとなった張角ら黄巾賊の鎮圧と言うだけの意味だけではない。光武帝によって再興しそして霊帝の死によって凋落した漢が、再び中興するという道しるべをより確固たるものにできる兆しであるともいえるのだ。

 もっとも、当初の段階ではそこまでではなかったのである。初めの計画では、あくまで黄巾賊残党の鎮圧に過ぎなかった。しかし時の流れと共に状況が変わり、結果として青州の鎮圧が前述した様な意味合いを帯びてしまったのである。とは言うものの、先に述べた様に青州鎮圧は元からの計画が存在している。かねてより状況の変化があるので臨機応変に変えなければならない部分はあるものの、計画の肝と言える根幹についてはそれほど変更する必要もないだろう。少なくとも劉逞はそう考えていたので、計画が初めて立案されてから幾度目かの変更を加えた修正案を持って皇帝臨席の元での朝議にて提出したのである。とは言うものの、いきなり提出したと言うわけではない。計画の骨子については、大枠ながらも各関係部署や関係者に提示されている。つまり今回の朝議は、最終確認といった意味合いの方が大きかった。

 そう。

 大きかった筈なのである。しかし、朝議の中においてある人物の一声が発せられたことで、そうとはならなくなってしまった。では、朝議の席で発した人物と言うのが誰なのか。それは、最も高い位置に座る人物となる。即ち、皇帝劉弁に他ならなかったのであった。


「丞相、劉常剛」

「はっ」

「青州鎮定の遠征軍は、そなたが率いて行け。よいな」

「……え? っは!! し、失礼いたしました!」


 一瞬、何を言われたのか理解できず沈黙した劉逞であったが、それでもやはり理解は出来ていなかった様でほぼ無意識にただ一言だけ言葉を漏らしてしまっていた。しかし流石に不敬だと思った様で、すぐさま頭を下げて詫びの言葉を述べている。そんな劉逞の様子を見て微苦笑とも微笑とも取れるような表情を浮かべた劉弁であったが、劉逞の詫びについては受け入れていた。


「よい。構わぬから、頭を上げよ」

「……はい。承知致しました」


 ゆっくりと頭を上げた劉逞であったが、その表情にはやはり困惑の色が見て取れた。それだけ劉弁の言葉が彼にとって、意外以外の何物でなかったことを示していた。その様な、とても珍しいと言っても差し支えない自身の右腕ともいえる男の表情が見えたことに、劉弁は無意識に笑みを浮かべていた。

 なお、この朝議の場に居る殆どの者は、劉逞と同様に困惑の表情を浮かべている。もっとはっきり言えば、冷静な雰囲気を保っているのはたった二人だけでしかない。その人物とは、荀彧と种劭の二人であった。それと言うのも、この二人は事前に劉弁から話を聞いているからである。他に朝議に参画こそしていないが、荀彧の兄に当たる荀衍と种劭の父に当たる种払も話自体は聞いている。そして彼ら二人だが既に動いており、劉弁が朝議で述べる言葉が遂行できる様に画策しているのだ。

 何せ劉弁の言葉により齎されると思われる変化は、相当なものだと推察できるからだ。それだけに一刻も早く動いておく必要がある。本来であれば、彼らはいさめる立場にあったかもしれない。しかし劉弁の心を聞き、出来なかったのだ。本当のところ、劉弁は自身が兵を率いて遠征したいぐらいに考えていたのである。しかしながら、国外への侵攻という形ならば前例があるので可能かもしれないが、今回は国内のしかも賊と認定されている相手への鎮定である。その様な戦に、まさか皇帝自らが親征することなど難しい。だからこそ、劉弁は自身の代理でもある丞相の劉逞に鎮圧軍を率いて貰いたいのだ。

 自身が軍勢を率いる代わりとして。

 それぐらい劉弁の中では、前述した様な青州鎮圧が華北の安定が重要視されていたのである。その心持が分かった以上、彼らに諫めるという気持ちより主たる劉弁の気持ちを汲むという気持ちの方が大きくなってしまったのであった。

 兎にも角にも、朝議の席で皇帝自ら意見を述べたのである。形の上では提案の体を取っているものの、事実上皇帝から発せられた命に等しい。当然、廃案にするなど出来る筈もなく、劉弁からの言葉に従って修正する必要があった。


「どうだ、常剛」

「……承知致しました。必ずや、陛下のご意向に沿いたいと存じます」

「うむ」


 こうなってしまうと、計画を修正する必要が出てくる。何せ軍の総大将からして、変わってしまったのだ。しかも本来の計画であれば、洛陽に留まり後方からの支援と首都の守りを担う筈であった人物、つまり劉逞が遠征軍を率いるのである。この様な事態に際し、幾ら皇帝からの言葉であろうとも計画を承認することなど出来るわけがない。今一度持ち帰って、改めて計画を練った上で再度の朝議に諮るしかないのは言うまでもないことであった。



 ともあれ、にこやかな表情を浮かべながら劉弁が退席すると、他の者たちも朝議が行われていた間から出ていくことになる。まずは丞相である劉逞が朝議の間から出ると、あとは三三五五さんさんごごに退出していく。その中には、本来であれば遠征軍の大将となる筈の人物も含まれていた。しかしてその人物、即ち曹操なのであるが、一見すると表情に変化はない。だがよく見てみると変化がないのではなく、顔に表情が浮かんでいないのである。要するに今の曹操は、能面でも張り付けているかの様相であった。そんな彼の元に、使いの者が現れる。その使いの人物だが、何と夏候蘭である。要するに曹操を呼び出しているのは、劉逞に他ならなかった。


「……承知致しました、参りましょう」


 曹操は彼の夏侯惇と、護衛の役職である許褚を伴って夏候蘭の後に続いていく。しかもその間、曹操の表情が変わることはないのであった。


「連れて参りました」

「入っていただけ」

「はい」


 ここにきて、微かに曹操の表情が動いた。今さらであるが、彼を呼び出したのは丞相の職にある劉逞である。現状、皇帝を除いて漢における最高位の位に就く人物であり、しかも自身が皇族なのである。その劉逞が呼び出したにもかかわらず入って「いただけ」と述べたのだ。先の朝議のことで内心業腹であるといっても差支えがない曹操であったとしても、この言い回しには微かであっても反応せざるを得なかったというわけである。とは言うものの、それは一瞬でしかない。すぐに彼の表情は、元の様に能面を張り付けたかのごとくとなっていたのであった。


「済まぬ、曹孟徳殿!」

「……頭をお上げください、常剛様」


 部屋に迎え入れた途端、一も二もなくあろうことか劉逞は頭を下げたのである。これには自身の気持ちを押さえていた曹操も、反応せざるを得ない。しかも頭を下げたのは、皇族であり丞相の地位にある劉逞なのだ。これには、幾許かではあるものの溜飲が下がる気持ちであった。


「本当に相済まぬ。まさか陛下が、あの様なことを言い出されるとは思いもしなかった」

「そのことは、我も同じです。だが、陛下の弁とあれば致し方ございません」


 幾ら業腹であろうとも、皇帝の言葉である。漢という国に仕えている以上、従わないわけにはいかないのだ。ゆえに劉逞としても頭を下げることしか出来ない、曹操もその詫びを受け入れざるを得ない。ただ、朝議が終わってすぐに詫びを入れてきたことに関しては、悪い気はしていない。その分だけ、曹操の気持ちは幾らかでもよくはなっていた。


「何はともあれ、決してそなたに悪いようにはしない」

「そうですか……分かりました常剛様、では」

「う、うむ」


 いいとも悪いとも言わずに、ただ分かったとしか答えずに退席する旨を伝える曹操。その様子に劉逞は、頷いて承認するしかない。何とも波乱含みな状況であり、曹操が退席したあとに劉逞は、自身が抱えている気持ちを吐き出すかの様な大きなため息を漏らしていたのであった。

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載

「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

https://ncode.syosetu.com/n4583gg/

も併せてよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=711523060&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ