表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/142

第百二十四話~遷都 一~


第百二十四話~遷都 一~



 興平五年・建安元年(百九十六年)



 洛陽への移動だが、すんなりとは行われなかった。それと言うのも、反対があったせいである。しかも反対の意見を述べたのは、何と荀彧や种払と种劭の親子などといった劉弁の近臣たちであった。もっとも、彼ら近臣としても皇帝たる劉弁が洛陽へ戻ることに否定的ではない。寧ろ、積極的であると言ってよかった。それであるにも関わらず彼ら近臣が反対した理由、それこそ蝗害に他ならなかった。

 確かに蝗の発生は、止まったかの様に見える。だが、来年に必ず発生しないという保証も、またないのである。もし仮に、劉弁の望み通りに洛陽への移動を行ったあとにまた蝗害が発生でもしようものなら、劉弁に対する不満が噴出してしまうかも知れない。そうなれば、揚州と交州の牧を兼任している袁紹や、その彼の元にいる袁術。他にも益州の劉瑁などが、これ幸いとばかりに色々いろいろと物申しかねないのだ。だからこそ荀彧たちは、せめて翌年の春まで待って欲しいのである。何せ蝗害だが、昨年と今年、二年続けて発生している。しかも一年目は秋であり、二年目の発生は春であった。ゆえに今年度の秋と来年の春までは、様子を見たいというのが彼らの心情であったのだ。


「……そなたら懸念のし過ぎだ……とは言いきれぬか……」


 荀彧らの意見を聞いて初めは心配のし過ぎではと思い掛けた劉逞であったが、自身の思いが口より出たその直後、楽観しすぎではという思いが脳裏によぎった。確かに過去の記録を見る限り、蝗害は一年か長くても二年で終息している。だからと言って、今回発生した蝗害が以前と同じ様に二年目、即ち今年を最後に来年は発生しないと言い切れるものではないのである。しかしてその点こそが荀彧らの懸念であり、遅まきながら劉逞もまたその点を気付けたというわけである。そして一度気付いてしまうと、放っておいていいようには思えなくなってしまった。


「いかがですか、丞相様」

「ふむ……わかった。陛下にはその旨、伝えるとしよう。だが、洛陽への移動については、進捗させるぞ」

『そちらに関しましては、異論などありません』

「うむ」


 こうして会合が終わると、劉逞は劉弁との面会に臨んだ。既に年明けとともに洛陽へ帰還する気になっていた劉弁であり、それだけに劉逞からの言葉は衝撃が大きいものがあった。そのことは、劉弁が見せた驚きと怒りがない交ぜとなった様な表情に現れていると言っていいだろう。さらに言えば、あからさまに不満げな態度となったことも同様と言ってよかった。しかし劉逞はと言えば、懇切丁寧こんせつていねいに、いかにして今回の様な進言に至ったのかについての経緯を説明し始めたのである。当初は不満を隠そうとしなかった劉弁であったが、話を聞いていくうちに浮かべていた不満の表情が消えていく。そればかりか彼もまた、荀彧らからの話を聞いたことで劉逞も浮かべた表情を浮かべたのである。それは即ち、劉弁もまた劉逞が話を聞いたことで懸念した事案に思いが至ったということに他ならなかった。


「確かに、言う通りやもしれぬ。となれば常剛も、その点が気になったというのか……」

「はっ」

「うむ。相分かった。翌年の春以降まで、洛陽への移動は順延する。だが、準備は怠るではないぞ」

「承知致しました」


 劉逞は、劉弁の言葉にうやうやしく返答すると、皇帝の御前より辞したのである。その後、丞相府へと戻ってきた劉逞は、改めて馬日磾と王允と楊彪と蔡邕を呼び出している。その上で彼は、呼び出した四名に対して洛陽への移動が翌年の春以降まで伸びたことを申し渡したのであった。

寝耳に水ともいえる話を聞いたこともあって驚いた四人であったが、話を聞けば納得できない話でもない。彼らもまた、了承したのであった。





 明けて新年、皇帝主催による年賀の祝宴が高邑にて開かれていた。前述した通り、当初は再建を終えた洛陽で開かれる予定となっていた新年を祝う宴である。それだけにどこか拍子抜けというか、当てが外れたかの様な空気が宴の席に流れていた。とは言うものの、早ければ今年の春には洛陽への移動が開始されることもまた事実である。蝗害については、まだ予断を許さない状況ではない。だが、少なくとも現状では、蝗害の発生を示す兆候の様な現象はどこからの報告にもない。それは袁紹や劉瑁や劉表など地方にある者たちからも同様であり、ゆえに今年の新年は、ここ最近とは違って静かでのどかであると言ってよかった。


「このまま、何ごともなく春を迎えたい。のう、伯和」

「誠にございます。兄上」


 春になるまで蝗害に関連する事象が発生しなければ、ついに洛陽への移動に関する動きが本格的に始動する。そのことについて劉弁は勿論だが、弟の劉協にしても楽しみに思っていた。兄弟でにこやかに話している辺り、彼らの気持ちが如実に表れていると言っていいだろう。その一方で劉逞だが、その点については彼も同じである。先年にあった青州黄巾賊の徐州侵攻と、それに伴う形で噴出した臧覇の陶謙からの独立騒動を最後に大きな問題は起きていないからだ。勿論、袁紹や劉瑁、そして荊州刺史の劉表といった油断できない相手は存在している。それでも現状、問題は起きていないことを鑑みれば、このまま平穏に春を迎えたいと劉逞が考えてもある意味で当然であった。


「本当に、今年は問題など起きて欲しくはないぞ」


 相も変わらずにこやかに談笑している劉弁と劉協の兄弟を視界の隅に捕らえつつ、劉逞は手にしていた盃を呷った。そして酒を飲み干しつつも、新年の挨拶に現れた者たちの対応をしていたのである。なお、先にあげた袁紹と劉瑁の二名からは本人ではなく彼らの臣下が代理として派遣されていた。無論、彼らなりの理由がある。まず袁紹だが、平定に成功した交州治安の安定が喫緊の問題と存在していたからだ。それに加えて、新たな問題が発生していたのである。それは、揚州に住まう異民族である、山越族への対応があった。そもそも彼らは、揚州の丹陽郡辺りを本拠地していた者たちである。しかも彼らは、漢に対してもあまり従属的ではなかった。反乱分子とまではいかなくても、油断ならない相手なのである。だからと言って漢としても、あまり手荒な真似をしたくはない。下手に高圧的な態度に出ると、大規模な反乱を起されかねないからである。その様な動きをされては、はた迷惑にしかならない。ゆえに朝廷は、比較的緩く治めさせていたのである。しかし揚州牧となった袁紹からすると、彼らの存在は邪魔な蛮族でしかない。それでも赴任当初は、まだ歴代刺史が行っていた治め方を踏襲していたのである。しかし揚州と交州の牧となったことで袁紹は、今までの山越族に対する対応を一変させてしまった。有り体に言えば、高圧的な態度に出たのである。だが山越族も「はい。そうですか」と聞き分けがいいとは言えない者たちである。というよりか、反抗心がかなり高いのだ。その様な彼ら山越族が、高圧的な態度に出た袁紹などに頭を垂れる筈もない。彼らは袁紹に対して、あからさまに反発したのである。これによって、折角安定していた揚州の治安も不穏な気配が漂う様になってしまった。と言うのが、袁紹の言い分である。そしてあながち間違いがないだけに、劉逞らも強くはでられなかったのだった。

 また、劉瑁にしても父親の跡を継いで間もないことに加え、主に益州辺境部に居住するこれまた異民族が不穏な動きを見せ始めていたのである。まだ、山越族の様にあからさまな反抗的態度を示したわけではないにしろ、彼らが山越族の様な反応を示したとしてもおかしくはない。そう、思われていたのだ。そういった事情もあって、袁紹と劉瑁は出てこなかったというわけである。しかしそれならば、当主の代わりに嫡子などといった当主に近い一族の者を代理として送り込めばいい。事実、荊州に赴任し一度は安定化させたものの再度反旗を翻した反乱分子の治安に奔走している劉表は、嫡子の劉埼を使者として送り込んでいるのだ。そんな劉表も、実は劉逞らから袁紹や劉瑁と同じく朝廷に反旗を翻すのではないかと目されている人物である。その劉表が嫡子を代理として送り込んでいたがゆえに、より目立ってしまったのだ。特に劉瑁においては、自分の兄二人と弟の計三人が、劉弁に仕えている。益州から高邑へ自分が向かえないというならば、それこそ彼らを代理としていいぐらいなのであった。

 

「やはりいずれは、自身が出るより他ならぬのであろうな」


 変わらず新年の挨拶を受ける劉逞は、視界の隅に袁紹と劉瑁の使者を確認しつつも内心でそう独白していた。無論、その様な態度を見せる様な失態は見せない。表面上はにこやかに笑みを浮かべつつ、漢の丞相として彼は挨拶を受けていたのであった。因みに新年の宴だが、比較的抑えぎみに行われている。蝗害の発生による損害もまだ残っている上に、また発生する可能性があるからだ。しかし、蝗害の発生がなければ、今年中に洛陽柄の移転。即ち、遷都が行われることとなる。要するに劉逞たちからすれば、新年を祝う宴以上に力を入れることとなる出来ごとが控えているのである。いわば新年を祝う宴は、その様な内情の呷りをくった形なのであった。

ご一読いただき、ありがとうございました。



別連載

「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」

https://ncode.syosetu.com/n4583gg/

も併せてよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=711523060&s ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ