第百二十二話~青州黄巾賊 二~
第百二十二話~青州黄巾賊 二~
興平四年(百九十五年)
冀州や兗州へ攻め込みながらも敗れて青州へと戻った黄巾賊残党が次と目標としたのは、徐州であった。彼らはまず合流すると、徐州の琅邪国へと雪崩れ込んだのである。その数を持って琅邪国を落とし、そこを足掛かりに徐州を席巻するつもりであった。そこで彼らは、琅邪国の相である蕭建のいる莒へと突き進む。しかし当然だが、蕭建が黙っている筈もない。彼は兵を率いて打って出ると、黄巾賊と対峙した。それから数日ほど対峙したあと、両軍勢は干戈を交え始める。当初はほぼ五分であった戦の趨勢が、時間が経過して行くとともに天秤が傾き始める。どちらに傾いたのかというと、黄巾賊側であった。確かに兵の質と装備という点においては、蕭建の軍勢の方が上である。しかし黄巾賊側は、何せ数が多い。その上、彼らは食料の調達が困難ということもある。それ為か、黄巾賊は死に物狂いで戦っていた。殆ど、背水の陣といっていい状況にあったのである。もし、仮に徐州斉国へ戻ったとしても、食料を得られるか分からない。それどころか、戻ることも難しい。そこまで、食料の調達状況はひっ迫しているのだ。彼らとしても、ここで何としても目の前の敵を破らなければならない。そうしなければ、そう遠くないうちに飢え死にしてしまう可能性が高いのだ。だから何としても、蕭建を打ち破らなければならない。その追い詰められた事態が図らずも士気を上げつつ、同時に彼らを死兵に近い状況へと押しやっていた。
「何なのだ、こ奴らは!?」
味方が倒されても構うことなく、それこそ我武者羅に攻めてくる黄巾賊。その勢いと雰囲気に飲みこまれたのか、蕭建の率いる兵たちは及び腰になり始めた。今まではほぼ互角の戦いを演じていた両軍勢であるが、一度でも一方が対峙する相手の気勢に飲み込まれてしまうと、そこから立ち直すのは難しくなる。蕭建も決して無能というわけではないが、今回は状況が悪かった。もはや彼の将としての技量では、立て直すことは不可能な領域にまで押し込まれてしまったのである。こうなってしまうと、切掛けすらあれば一気に軍勢が瓦解しかねなかった。そして蕭建側としては不幸なことに、逆に黄巾賊側に取っては幸運なことに、その切掛けが起きてしまったのである。その切掛けというのが、蕭建の負傷であった。彼は落ち込んでいる味方の士気を再度盛り上げる為か、前線に近い場所で軍勢の指揮を取っていた。そんな蕭建に対し、故意か偶然か分からないが一筋の矢が突き立ってしまう。幸いといっていいか分からないが、蕭建に突き立った矢自体は急所などに当たってはいない。しかし完全な不意打ちであったこともあり、驚き大きく体勢を崩してしまったのだ。しかもその様な乗り手の動きに、蕭建の跨っていた馬が驚いてしまい暴れ出してしまった。こうなっては、軍勢の指揮どころではない。彼は振り落とされない様に、馬の首筋へ必死にしがみ付くしかなかった。行動としては当然ではあったのだが、しかしながらこのことが余計に馬を怯えさせてしまう。完全に狂乱状態になった馬は、最早敵味方など関係なく適当な方向へ走り出してしまった。
「まて、待つのだ!」
慌てて声を掛けるが、狂乱状態の馬が聞き届ける筈もない。口から泡を吹きながら、ただひたすらに走り続けたのである。これにより大将が離脱、軍全体の指揮を執る者がいない状況に軍勢は混乱をきたしてしまう。その上、状況など知らんとばかりに、黄巾賊から必死の攻撃が続いているのだ。こうなってしまえば、軍勢を維持することも難しくなる。ついには蕭建の軍より、逃げ出す者も出始めたのだ。この様な状況になってしまうと、あとは雪崩でも打ったかのように同じような行動に出るものが続いてしまう。ここに蕭建が率いていた琅邪国の軍勢の士気は崩壊し、黄巾賊に蹂躙されてしまったのであった。
因みに蕭建だが、よほど悪運が強いのか狂乱状態の馬から振り落とされることもなく生存している。しかしどうにか馬が落ち着いた頃には戦局は決しており、言うまでもなく官軍の負けであった。ことここに至っては致し方ないとして、彼は莒へと戻ったのであった。こうしてどうにか莒に戻った蕭建であったが、現状において打てる手は少ない。旗下の兵数がかなり減っている以上、それも致し方なかった。ゆえに彼は、残した守備兵を統率して町の守りを固めたのである。兵の数では完全に負けてはいるが、拠点に籠って守っている分にはどうにか耐えることが出来るからだ。とは言え、ただ守っているだけではどうしようもないのもまた事実である。このままでは、いずれは黄巾賊に敗れてしまうことは必至であった。ゆえに蕭建は、州牧陶謙へ援軍の要請を行う。彼から援軍を得ることが出来れば、守るだけではなく撃退することも可能だからだ。
「この書状を持って、州牧殿の元へ行け。そして、援軍を申し入れるのだ」
「はっ」
蕭建直筆の書状を託された使者は、急ぎ準備を終えると莒を出立すると、陶謙がいる東海郡の郯へと向かったのである。それから数日後。莒は進軍してきた青州黄巾党によって取り囲まれてしまったのであった。
陶謙の元へと派遣された使者は、首尾よく郯へと到着した。すると使者は、すぐにでも陶謙への面会を望む。この願いはすぐに通り、使者は陶謙との面会に望んだのであった。
「蕭建殿からの使者とか」
「はい」
そして使者は、懐より書状を出した。その書状を受け取った陶謙は、最後まで目を通すと傍らにいる趙昱へと手渡す。すると趙昱は、素早く目を通す。彼が書状の内容を把握した見計らった陶謙は、趙昱へ意見を求めたのである。その求めた意見とは、言うまでもなく書状にある通り援軍を出すかどうかであった。
「すぐに、出すべきであると存じます」
「ふむ……援軍を出すことについて吝かではないが……」
陶謙自身、援軍を出すことに否はない。何せ、自身が牧を務めている徐州で起きていることだからだ。それであるにも関わらず、まるで援軍を出し渋っているかの様な態度を取っている理由は、彼へ恩を着せたいと考えていたからだ。蕭建は、陶謙の推挙などによって琅邪国の相になったわけではない。あくまで、朝廷より派遣された人物なのだ。確かに州牧である陶謙に対しては、ある程度の節度を持って接している。しかしながら彼は家臣ではないので、いかに州牧の陶謙といえども頭ごなしに命を与えることは憚らざるを得なかった。つまり彼は、この状況を利用して蕭建を自身の陣営に取り込んでしまおうと画策していたのだ。しかしながらその思惑は、趙昱によって否定されてしまう。勿論、趙昱が陶謙の考えを指摘したというわけではない。ならばなぜに否定されたのかというと、趙昱はすぐにでも援軍を送るべきだと返答したからだった。
「州牧様。すぐに援軍を送るべきかと。手遅れとなる前に」
自身の考えを否定されたことに対して眉を寄せた陶謙であったが、趙昱の言った「手遅れとなる前に」との文言に訝しげな表情を浮かべた。
「手遅れになる前にとは、いかなる意味だ」
「このまま黄巾賊を放置すれば、今度は彼らが第二の蝗害になりかねません。その様なこととなる前に、最低でも徐州より追い払うべきなのです」
前述した様に、徐州にも蝗害は広がった。事前に劉逞から勧告というか注意があったので、飢饉とまではなっていない。だが、これまた前に述べた様に、余裕があるほどではないのだ。さらに言うと、陶謙はまだ把握していない青州黄巾賊の侵攻してきた理由、即ち食料を求めた結果であった。その一方で、趙昱は青州から侵攻してきた黄巾賊の状況はある程度把握している。だからこそ彼は、青州からの侵攻者である黄巾賊を第二の蝗害になりかねないと表現したのだ。
「第二の蝗害と、そこまでか」
「最悪の場合は、そうなってもおかしくはありません」
「むぅ……」
「恭祖様!」
「わかった。そなたの申す通り、すぐ援軍を送ろう」
援軍を決断した陶謙は、家臣の臧覇を呼び出した。多少の反骨を感じられることは懸念される人物であるが、それでも間違いなく家中では一番の武を誇っていた。さて出し渋っていた割には最高の手札を切った陶謙だが、これには理由がある。それは言うまでもなく、趙昱の進言だったからだ。そもそも趙昱はその清廉で忠実正直な人柄ゆえに陶謙から疎まれてはいるのだが、同時に陶謙から能力は信頼されている人物でもある。その趙昱が、手遅れとなる前に青州より侵攻してきた黄巾賊を追い払うべきだと言ったのだ。だからこそ陶謙は、自身が持つ最高の手札を切ったのである。さらに陶謙は、副官として陳登を付けるとも述べている。この陳登もまた、若いながらも文武両道の者として陶謙に目を掛けられている人物であった。
陶謙から命を受けた両名は、すぐに軍勢を集める。やがて軍が整うと、蕭建からの使者を案内人として莒へと進軍したのである。なお、なぜに使者が案内人となったのかというと、戻るに戻れない実情があったからだ。何せ前述した様に、莒は黄巾賊によって取り囲まれてしまっている。相手が少数であるならまだしも、数に物をいわせて莒を囲まれてしまっており、流石に彼らを突破して町にたどり着くことは難しい。そこで趙昱の進言によって、使者は援軍の案内人となったというわけであった。
使者から案内人へと転身した彼の案内の元、途中で問題が発生することもなく莒の近郊へと到着する。幸いにも、町を取り囲んでいる黄巾賊へ見付かった様子はない。ならば、この好機を見逃すのは惜しい。臧覇と陳登は、早速軍議を開いたのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。
別連載
「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」
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