第百四話~司隷鎮定 五~
第百四話~司隷鎮定 五~
光熹四年・初平三年(百九十二年)
時は、いささか戻る。それはちょうど、孫堅が臨晋を押さえた頃であった。
「ふざけるでない! 董卓めが!!」
書状を握りしめ、激高しているのは劉弁である。彼は冀州の州治所があった高邑にあり、そこを仮の宮殿としていた。勿論、何れは洛陽へ戻るつもりである。とは言え洛陽の大半は董卓の火付けにより燃え尽きており、皇帝の住居たる宮殿も焼け落ちている。ましてや長安に移動した董卓の力が司隷内に及んでいたこともあり、復興を進めることなどとてもではないができる筈もなかった。
但し、今までは。で、あるが。
現状は、董卓が起こした東征を逆に利用し、劉逞を総大将とした軍勢が司隷へ攻め込んでいる。これにより董卓の勢力を順調に削り落としており、そう遠くないうちに洛陽を、ひいては司隷を取り戻すことができると考えていた。これは劉協の側近である种払らも同じ考えであったのだが、その様な時に劉弁の元に劉逞からの書状が届くことになる。現状において何ゆえに書状が届いたのか訝しんだ劉弁であったが、それでも彼は届いた書状を開き読み進める。しかし読み進めるうちに体を震わせ始め、ついには先に述べた様に激高して声を張り上げてしまったのであった。
果たして劉弁が、何ゆえに劉逞からの書状を読んで激高してしまったのか。それは無論のこと、書状に記されていた内容に原因を求められた。
「いかがなされました」
「どうもこうもないわ! よくぞ、臆面もなく嘆願できたものよ!!」
声を掛けてきた种払に対して劉弁は、怒りを現したまま書状を渡す。書状を受け取った种払は勿論のこと、他にもこの場に居る者たちも書状を読んでいた。そして一読した彼らから出た反応は、劉逞の様に怒りを現す者や呆れる者など様々であると言っていい。しかし総じて言えば、書状の内容には否定的であった。とは言ったものの、彼らがその様な反応を示したのも仕方がない。何せ董卓からの嘆願というのが、前述した様に一族の女子供の命は寛恕を願いたいというものであったからだ。
「約定を破り我が母を無残にも害しておきながら、自分は生母を助命して欲しいとは……一体、どの面を下げて言っているのだ! あの下郎は!!」
当時、まだ皇帝の地位にあった劉弁に対して董卓は、李儒と共に劉弁へ譲位する様にと進言と言う名の脅しをしている。宮廷内にて既に権勢を振るっていた董卓からの進言とは言え、流石にこの進言には頷けるわけがなかった。当然ながら劉弁は断っているが、その時に交換条件として董卓から持ち出した話というのが、劉弁の生母となる何皇后の身柄であった。実は何皇后には、彼女から見て義理の母親となる董太后を亡き者にしたという疑いがあったのである。もっとも、この疑い自体は事実である。そしてこの事実を、あろうことか李儒に突き止められてしまったことが致命的であった。こうして母親の何皇后は劉弁の皇帝退任の条件と言う名の脅しに使われてしまったのであった。
脅された劉弁とて、粛々と受け入れたわけではない。皇帝としての立場を取るか、それとも母親に対する孝を取るかで葛藤し悩むことになる。やがて劉弁が苦悩の中で絞り出した答えが、皇帝の譲位に同意することである。しかし董卓は、のちに必要がなくなったとして何皇后を殺してしまったのである。それだけに劉弁からしてみれば、董卓の嘆願など業腹以外の何物でもない。彼が怒りを露にしたのも、种払ら廷臣からすれば分からなくもなかった。だからこそ彼らも、前述した様な反応を示したというわけである。しかしその様な新形の中においてただ一人だけ、劉弁へ意見した者がいる。果たしてその者と言うのが、荀彧であった。
「陛下。ここは、大慈の心にて臨むべきであると愚考致します」
何と彼は、董卓の嘆願を受け入れるべきだというのである。この言葉を聞き、この場に居る誰もが唖然としてしまう。静かに時が流れる中、やがて一人の男が荀彧へ尋ねる様に問い掛けた。
「……文若殿。それは、いかなる仕儀か?」
「無論、陛下の御為にございます」
低い声で荀彧へ問い掛けたのは、种劭であった。その様な彼からの問いに対して荀彧は、間髪入れず答えていた。その様子に、問い掛けた种劭を筆頭に彼らは、荀彧に気圧されたかの様に二の句告げなくなってしまったのであった。
沈黙が支配したこの場を、静かに時が流れていく。その間、ある者は口を開こうとしては諦めたかの様に口を閉じ、またある者は頭を振るっている。また、ある者は、あんぐりと口を開いたままになっている。それ以外にも。荀彧の顔をじっと見続けていた者もいた。その様な様々な反応が現れる中、沈黙を静かに切り裂くかごとく鋭い声を出したものがいた。
「文若……その方、あの董卓の母親を助けよとそう言うのか!」
初めは静かに、しかし言葉尻に至っては怒声に近い勢いとなっていたのは他でもない劉弁であった。先にも述べた様に彼からすれば董卓は、約定を破って母親の命を無残にも奪った男であり、いわば母親の仇である。確かに母親の行為が、決して褒められたものではないことぐらいは劉弁も分かっている。だからといって、皇帝の座を引き換えにした母親の命を助けるという約定を破った董卓の言葉を受け入れるかどうかは別の話となる。何より劉弁からすれば、董卓の願いというだけで受け入れられる類の話ではないからであった。
「さりとて陛下! ここで陛下が大きな心でお許しになれば陛下の名は上がり、董卓の名は地に落ちましょう」
荀彧からすれば、ここで徹底的に董卓の名を落としておきたい。そうすることで、相対的に劉弁の名をあげておきたいのだ。しかしここで感情的に母親を殺してしまうと、たとえ敵討ちという理由があるにせよ董卓への同情が多少なりとも集まりかねない。その上、その一件も私情でとなると、今度は劉弁の名が落ちかねないのだ。その様な事態は避けたいからこそ荀彧は、受け入れるべきであると進言したのである。しかし、前述した様にそう易々(やすやす)と劉弁が受け入れることができない話でもある。だからこそ劉弁は、より感情的となってしまったのであった。
「ええい! 黙れ、荀彧!! 黙らぬか!」
「陛下! ここは漢の為にも、再考を」
「黙れというのが分からぬのか!」
「お待ちあれ」
このまま劉弁と荀彧の言い争いとなるかと思われた矢先、この場を止めた人物がいる。果たしてその人物とは、劉逞の父親である劉暠であった。彼は劉弁が息子である劉逞の保護下に入った頃より、劉弁の近くに出仕する様になっていたのである。因みに、劉弁の妻である唐姫の近くにも劉逞の母親が出仕しており、夫婦で直接仕えるようになっていた。
話を戻す。
劉暠の静かだが力の籠った言葉で、一触即発とまでは言わないまでも大分荒んだ劉弁と荀彧の雰囲気が少し収まり、張り詰めた空気も緩む。すると、感情が高ぶったあまり立ち上がっていた劉弁だったが、鼻を一つ鳴らすと乱暴に椅子へ腰を降ろした。とは言え、不機嫌そうな表情はそのままである。そして荀彧はと言えば、一つ頭を下げてから少し下がったのであった。
「陛下。ここは、お任せいただけませぬか?」
「常山王、何を言っておる?」
「何も言わず、我にお預けいただきたいのです」
「……よかろう。好きにいたせ」
劉暠の仲裁もあってか、頭に昇った血が下がったことである程度は落ち着いた劉弁である。それだけに、劉暠がこの場を任せろという言葉に対して訝しげな表情を浮かべながらも了承したのだ。それに、このままでは水掛け論で終わってしまう。そこまでとなると、劉弁も荀彧に対して自身が何を言い出すか分かったものではない。その様な事態を避ける為、劉弁は劉暠へ任せることにしたのだ。
翻って、劉暠が何ゆえにここでの言い争いを止めようとしたのか。それは、長安にいる劉逞の出した使者が劉弁の元へ向かう前に劉暠を秘密裏に尋ねていたからである。それというのも、実は今回の事態を想定したからであった。とは言え、劉逞が気付いたというわけではない。では誰が気付いたのかというと、盧植を筆頭とした劉逞の知恵袋たちであった。彼らは、劉弁が母親の身柄の安全と引き換えに皇帝の座を董卓の要望通りに弟の劉協へ譲った一件を知っている。それだけに、董卓からの嘆願を聞けば劉弁が母親のことで怒りを現すことを危惧したのだ。そして劉弁が、感情が赴くままに行動してしまうことも。
そこで彼らは、劉逞に諮った上で常山王の劉暠へ取り持ってもらおうと考えたのである。言われるまで気付かなかった劉逞であるが、聞けば確かにあり得ない話ではない。また、家臣として主の名が下がるようなことは避けたい。ゆえに暫く考えたあとで、劉逞は盧植たちの言葉を受け入れたのである。つまり、劉暠にとって自分に今回の一件を預けて欲しいと言い出すのは想定内のことであった。だが彼が言い出す前に、荀彧が進言したのは想定外だったのである。その為に言い出す頃合いを外してしまい、すぐに言い出せなかったのだ。結果として、劉弁と荀彧を仲裁する形となったので、不幸中の幸いと言ってよかった。
ともあれ、最終的には当初の目論見通り預かることができた劉暠は、散会となると劉逞からの使者を伴って下がる。しかしその使者が、後方から追い掛けてくる人物に気付く。その旨を劉暠へ告げると、彼は立ち止まってゆっくりと振り向いたのであった。
「これは文若殿。慌てて、いかがされた」
「じ、常山王様にお話が」
「我に話し? 何であろうな」
「もしかして、お気付きであったでしょうか?」
「気付く?」
「はい。此度のことにございます。常山王様、もしくは常剛様が」
荀彧の言葉を聞いた劉暠は、舌を巻いた。まさか、気付ける者がいるとは夢にも思わなかったからである。自分は勿論、彼は知らないが息子の劉逞ですら気付けなかったことだからである。だが同時に、劉逞の言葉を裏付けるものともなった。と言うのも劉逞は、荀彧を以前から買っていたのである。接点が殆どなかったことに加えて、荀彧が今は亡き荀爽によって劉弁の傍に付けられてしまったことで叶わないことになってしまったが、その一件がなければ劉逞は自分の旗下に荀彧を迎え入れるぐらいまで考えていたのだ。
「流石よ。常剛が、そなたを買っておるわけよ」
「え?」
「あ、いや。何でもない……そなたの気の回しすぎである」
「そう、でしょうか」
「うむ。ではの」
そういうと、劉暠は踵を返す。その後ろ姿を荀彧は、どこか納得できないまま見送ったのであった。
別連載
「風が向くまま気が向くままに~第二の人生は憑依者で~」
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