第6話 狐目令嬢と天気雨(後編)
馬車は何日もかけて東へと進みます。
東の帝国を抜けてブランク王国へ入ると、途端に景色が様変わりしました。
街道の脇を占めるのは黄金色の小麦畑。
時折見えるのは牧場でしょうか?
私の想像する街道とは違う牧歌的な雰囲気のある街道を進みます。
「せっかくですから窓を開けてみましょうか?」
エマの提案に賛成して、馬車の窓を開けば爽やかな風に乗って小麦の柔らかく暖かな匂いが鼻孔に届きました。
そのどこか懐かしい香りが、もうすぐブランク王城へ着くことに対する不安な気持ちを和らげてくれるような気がしました。
そこからまた二日も進むとようやく馬車は私の知っている街らしき街へと入りました。
聞いていたよりもずっと近代的に発展しているようです。
まだ少ないですが、ガス灯のようなものも整備された道の脇に見られます。
聞いていたブランク王国の印象とだいぶ違って私は少し驚きました。
王城に近づくと、そこは中心街のようで多くの人で賑わっていました。
一人一人の表情は明るく、胸を張って前を向いているように見えます。
そんな景色を見ていると窓の外にいる子供たちが私を見つけて手を振ってくれました。
無邪気な様子に微笑ましい気持ちになります。
私もそれに手を振り返して答えました。
……よく見れば子供だけじゃありません。
いつの間にか街道の両脇を埋め尽くさんばかりの人が集まり、手を振っています。
雑踏の中で単語単語を拾えるほど、私はまだブランク語を聞き取れませんが、表情から察するに私を歓迎してくれているようです。
……意外です。
ここまで歓迎してくださるとは思ってもいませんでした。
「ソフィア様、ほらすごいです! こんなに歓迎してもらえてますよ!」
「ええ……そうね」
私は目を細めて笑顔を作り、少しでも柔らかい表情に見えるように意識して、街道を埋める人々に手を振りました。
せめて、この国では目つきのことで人々に威圧的に見える態度を取りたくない、と思えました。
うまくいったでしょうか?
怖がらせてないでしょうか?
反応が怖くて私は一人一人の表情を注視することはできませんでした。
※※ ※
馬車が止まり、私はエマと共に馬車を降ります。
目の前にそびえていたのは質実で実用的な趣のある城。
豪華絢爛で造形美を追及したプロノワール王国の王城とは違った美しさがありました。
馬車を降りた私たちを出迎えたのは壮年の男性でした。
「お初にお目にかかります、ソフィア様。この国で宰相を勤めておりますジャン・ド・レイと申します」
「……ソフィア・フォン・ノイラートでございます。宰相様直々のお出迎え、痛み入りますわ」
「長旅の所お疲れでしょう、一度お休みになってからユーグ様にお会いされますかな?」
「いえ、私でしたら問題ありません。お待たせするのも申し訳ないので、ユーグ様さえよろしければすぐにでも……」
「畏まりました。では……こちらへ」
私は二重の意味で驚きました。
一つは、わざわざ出迎えるのに宰相を寄越した、ということです。
まるで扱いが国賓のようだと思いました。
もう一つは宰相の年齢です。ジャンと名乗った壮年の男性の年齢はどう見積もっても三十歳かその辺りにしか見えませんでした。
私の国ではありえないことです。
てっきり一瞬近衛の執事かと思ってしまいました。
口に出さなくてよかった、と心から思いました。
質実で、それでいて品のある調度品が多く飾られた入り口を抜けて、奥にある応接間へと向かいます。
掃除が行き届いているようで、埃っぽさは全く感じられません。
行きかう人はジャンと同じく壮年の軍人を思わせるような男性が多く、私を見ると皆恭しく綺麗に整えられた礼をしてくれます。
恐らく貴族……ではあると思うのですが、私の知っている貴族とはだいぶ違います。
私の知っている貴族は皆、着飾るものの絢爛さで己の価値を示そうとしている人ばかりでした。
すれ違えばキツい香水の匂いがして、人気の多い場所では慣れていないと吐き気を催すような甘ったるい香りがするのです。
対してこの国の貴族らしき人たちは、質のいい服こそ着ているものの、己を着飾ることに全霊を注いでいるようには見えませんでした。
そんなことを思いながら、私はしずしずとジャンに続いて応接間に向かいます。
落ち着きが無いようだ、と思われないように視線は動かさずに全体を観察しながら。
程なくして応接間に到着しました。
見るからに分厚い木の扉をジャンはドンドンと叩きます。
「ユーグ様! お連れしました」
「ジャンか。通せ」
扉越しにくぐもった、それでいて張りのあるハッキリとした声が聴こえました。
この方がおそらくユーグ様なのでしょう。
お顔は肖像画で拝見してはいますが、所詮は絵画。
完全に初見だと思って、ゆっくりと、ふわりとした足取りで応接間へと足を踏み入れます。
「お初にお目にかかります。ソフィア・フォン・ノイラートでございます」
頭を下げたまま恭しく一礼します。
反応が怖くて顔はまだあげれません。
それでも覚悟をして大きく息を吐いてからゆっくりと顔をあげます。
驚いたことにユーグ様のお顔は肖像画とそっくりでした。
黄金の髪に翡翠の瞳、広い肩幅と厚い胸板から彼の軍人気質な所が窺えます。
ユーグ様と目が合います。
ユーグ様は一瞬驚いたような顔をしましたが、それでもすぐにぎこちなくもにこやかな笑みを浮かべました。
私の威圧感のある吊り上がった目を見て、それだけの反応で示すとはさすがは王族です。
きっと仮面を上手く被れるような教育を受けていたのでしょう。
とても立派な人だと思いました。
「初めまして。ブランク王国が第三王子ユーグです。この度は遠路はるばるよくお越しくださいました。ソフィア・フォン・ノイラートご令嬢」
そう言うと、ユーグ様はどこかまごついたような態度を取ります。
何か口をもごもごと動かして言い淀んでいるようです。
それでも決心を決めたのか、キッと目を見開いて口を開きました。
「ソフィア令嬢さえご迷惑でなければ……二人で会食をと思うのだが……どうだろうか?」
「お誘い感謝いたしますわ。私でよければ謹んでお受け致します」
ホッと息を撫で下ろすユーグ様。
もしかして私のことを我儘で気分屋なのではと疑っているのではないだろうか?
遠縁とはいえ大国プロノワールの王家に連なる公爵令嬢。
機嫌を損ねたらまずい、と考えているのかもしれない。
きっとこの目のせいね……。
私はこの吊り上がった目をまた疎ましく思った。
ユーグ様に連れられて会食の会場へと向かいます。
その部屋に入った瞬間、私は声を漏らしてしまいました。
「え……これは?」
「うちの料理人に作らせたのだが……変ではなかっただろうか?」
「いえ、全く……しかし、どうして?」
私が驚いた理由。
それは会食のメニューが全てプロノワール王国風のものだったからです。
「やはり突然の異国の地。慣れない長旅の後に慣れない食事というのもどうかと思ってな……勝手ながらプロノワール王国風のメニューをご用意させてもらったのだ」
「そんな……ご丁寧に」
なんと優しい人なのだろう、と胸が熱くなります。
そして和やかな雰囲気の会食が始まりました。
「うちは見ての通り何もない国だが、小麦には自信があるんだ。最新の技術を応用していてね……」
「ですからこんなにもパンが柔らかなのですね」
農業国ということもあって、素材はどれも抜群によく、また味付けもしっかりとプロノワール王国の味を再現されてありました。
特にパンは最近新たに開発した酵母の技術で柔らかになったのだと、ユーグ王子は語りました。
これに関しては間違いなく故郷で食べるパンよりも美味しかったです。
ユーグ王子はとても礼儀正しく博識で、更に聞き上手でもありました。
こんな人相の悪い私に対しても、嫌な顔一つせず楽し気に談笑してくれています。
初めての経験に私の胸の中の熱がどんどん膨れ上がっていくような気がしました。
心より楽しんだ会食は終わりを迎えました。
そして……何かを決意したようにユーグ様は私の手を取りました。
「ソフィア!」
「……! はい!」
突然大きな声を出されて私は震えあがります。
何か粗相をしたのではないのかと、そう思えたからです。
しかし続く言葉は私の予想とは全く異なるものでした。
「君は……私が想像していたよりとても素敵な女性だ」
「……っ!」
その言葉に私の淑女の仮面が剥がれます。
仕方がありません。
男性にこのようなことを言われたことなんてないのですから。
「正直言うと私は怖かったんだ。君を悪く言う噂ばかりが聞こえてきて。でも話して見てすぐに違うと分かった。あなたは……とても理知的で素敵な女性だ」
「買い被り……です」
頬が真っ赤に染まっていくのを感じます。
胸のうちの熱が溢れて、顔に昇っていくようでした。
私は……違う、違うのです。
「私はこの通り、威圧的な目をしていて『狐目令嬢』などと呼ばれています」
「凛々しくて……とても素敵だと思う」
「……っ」
困ります。
そんなことを言われたことなんてありません。
「酷い女だと、皆が言います」
「それは噂に過ぎないと私は確信した。噂は噂だ、君自身を映す鏡ではない」
「……!?」
心臓がどくんと跳ねあがります。
何ですか、何なのですか、この気持ちは。
「だから……改めて、いや正式に言わせて欲しい」
「……はい?」
「私と結婚してほしい」
「へ……?」
もうわけがわかりません。
どうすればいいのでしょう。
見た目のことで陰口を叩かれるのが嫌で、必死に勉強することで何とか印象を変えようと頑張りました。
少しでも目つきが悪く見えないような表情を作る練習をしました。
でも私、習っていません。
こんな時、なんて言えばいいのか。
「今はまだしがない小国の第三王子でしかないが、いずれこの国をもっと発展させてプロノワール王国にも匹敵する大国にしてみせる。だからソフィア、私と結婚してくれないか?」
「……はい」
どうしましょう。
胸の高鳴りが治まりません。
心臓が早鐘を打って止まりません。
いや、止まったらダメですね。
ってそうじゃなくて……。
「どうして……泣いているのだ。すまない、あまりの愛おしさに強く迫るような真似をしてしまった」
その時初めて私の頬を涙が伝っているのを知りました。
そして、ようやく自分の気持ちが分かったのです。
「違います。私……嬉しかったのです」
ユーグ王子に褒められて。
今までの全てを認め、受け入れてもらえたような気がして。
気が付けば、ユーグ様のお顔から眼が……離せなくなっています。
体が芯から燃え上がるように熱くなっています。
……この気持ちを人は「誠の愛」というのでしょうか?
「おや……天気雨か」
ゾクリとします。
天気雨は凶報の知らせ。
天が私を呪っているような気がして。
「見てくれ、ソフィア! 天気雨だ。 天も私たちを祝福してくれているのだ」
「祝福……吉凶ではなくて?」
「そうか……この国ではな、天気雨は豊穣をもたらす吉兆なのだ」
「本当……なのですか?」
「ああ、この雨が止んだら二人で虹を見に行こう? どうだ、ソフィア」
「はい、喜んで」
このあとはじめて私は知りました。
天気雨のあとは普通の雨のあとより虹が出やすくなるということに。
今まで見上げてこなかった空をまた二人でみたいと……そう、思ったのです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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改めて、ありがとうございました。




