第4話 狐目令嬢と政略結婚
「お父様、ソフィアです。ただいま参りました」
「ああ、ソフィアか」
衝撃の婚約破棄から一月。
領地に戻った私は以前と変わらぬ生活、つまり波風の立たない偽りの平穏な時間を送っておりました。
全て夢だったんじゃないか、と思うくらい私の生活は変わりませんでした。
ただ一つ、お父様の私に対する態度を除いて。
私のお母様はお父様の第三婦人です。
元々はそこまで位の高くない、言ってしまえば重要ではない婚姻相手である上に私という厄介ごとの種を持ってきた相手です。
当然立場は悪くなってしまいました。
今回の件を経て、お父様は私に対して露ほどの興味も示さなくなりました。
元から家の評判を守るために駆け回っていたのであって、私自身のためではないと理解はしていましたが、いざ態度に現れるとなると私も傷ついてしまいます。
お父様が私に見せる態度は諦念。
つまりはもうどうにでもなってしまえ、というのが偽らざる本心でしょう。
元から『狐目令嬢』と蔑まれて結婚相手も見つからなかったのに、今回のことで更に『婚約破棄をされた』という枕詞までついてしまいました。
お父様からすればもう、このまま家の中で軟禁状態にして一生を終えてもらう方が都合がいいのでしょう。
私も、もう自分が婚姻を結ぶことができるとは考えていませんでした。
だからこそ意外だったのです。
「お前の嫁ぎ先が決まった」
お父様が開口一番、そう言った時は。
私は目を丸くして、驚きを露わにしてしまいました。
もっともこれは比喩表現で実際に私の細いつり目が丸くなる、なんてことはないのですが。
「……本当ですか?」
驚きのあまり聞き返してしまいました。
信じられない、という気持ちで。
そんな私の驚きなど、気にも留めずお父様は続けます。
「お前が嫁ぐことになったのは、ブランク王国。そこの第三王子、ユーグ殿だ」
「ブランク王国……ですか」
ブランク王国は、私の住むプロノワール王国から一つ国を挟んでその西にある国です。
工業政策を推し進め、近代化を進めるこの国と違って、農業を主な交易品としている農業大国です。
貴族の婚姻は、カルマン子爵家ではお金がないから、という理由で私に婚姻を申し込んだように、何かしらの意図が存在することがほとんどです。
「誠の愛を貫く」そんなことが許される貴族なんてほとんどいません。
カルマン子爵だってもちろんそうです。
そして私は話を聞いてすぐに今回の婚姻の意図を察しました。
いわゆる政略結婚です。
実はプロノワール王国は東隣にある帝国との関係があまりよろしくありません。
そこで、政略結婚の出番です。
その東隣にある帝国の更に東、ブランク王国と婚姻を通じて同盟関係を結ぶことによって東の帝国を牽制しようとしているのだ、と私は理解しました。
しかし……。
ここまで察した私に疑問が一つ浮かびます。
「お父様、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「こういう役回りは王家に名を連ねる方のお仕事だと思うのですが……」
そうです。
お父様の言った相手は第三王子。
私のいるノイラート家は公爵家で、家格は釣り合わないこともありませんが、王族は王族同士で結ばれるのが慣例となっているはずです。
私の質問にお父様は渋々と言った様子で答えます。
「拒否なさったんだよ」
「え?」
「この話は当然、王家に来ていた婚姻話だ。当然王女の一人がその役回りを果たすはずだった。しかしだな、その王女が絶対に嫌だと強く反発されたのだ」
「そういうことでしたか……」
あり得る話だ、と私は思いました。
プロノワール王国はいち早く工業化を進めている先進国だというのに対して、ブランク王国は農業技術こそ発展していますが、国際的に見れば途上国だと言えるでしょう。
ブランク王国に嫁げば生活水準が下がるのではないか、それが嫌で拒否したのではないか、私はそう考えました。
「そこで代わりにこの縁談話がお前に舞い込んできた、というわけだ」
「理解しました」
「では、また再び婚姻の準備を進めてくれ」
「はい、お父様」
「うむ、では下がってよいぞ」
「それでは失礼いたします」
分かっていたことですが、お父様は私に聞きませんでした。
「この婚姻話を受けるか?」とは。
もう婚姻が難しいだろうと思っていた娘に舞い込んできた縁談。
しかもその縁談を通じて、帝国を牽制できるばかりか、お父様は王家に恩も売れる。
お父様からしたらこの縁談を拒否する理由はありません。
そして私もお父様からそう言われれば、この縁談を拒否した王女のように、嫌だということはできません。
これもきっと私の運命なのでしょう。
物語で見たような、愛する者と結ばれる幸せ。
私の物語にはそんな結末は訪れないようです。
私は私の役目を全うしようと決意しました。
できるだけこの国のために、家のために、嫌われないようにしましょう、と。




