第1話 婚約破棄と誠の愛
「ソフィア・フォン・ノイラート公爵令嬢! どうかこの婚約は無かった事にしてほしい!」
「は?」
瞬間、私の淑女の仮面が剥がれます。
どうやら私は婚姻の儀の直前だというのに、お相手のアベル・フォン・カルマン子爵に婚約破棄を宣告されてしまったようです。
私にはいろいろと言いたい事がありましたが、ぐっと飲み込んで彼の言い訳を黙って聞くことにしました。
「私には……愛する人がいる。やはり誠の愛を貫き通すべきだと、そう思ったのだ」
チラリと横を窺い見るカルマン子爵。
その視線の先には見目麗しく、可愛らしい女性がおりました。
恰好から察するに侍女でしょうか。
何にせよ、この吊り上がった目のせいで『狐目令嬢』と揶揄され、尽く婚姻を拒絶されてきた私とは全くタイプが違いました。
ああ、この方は貴族失格どころか追放ものの大失言を為さったことを理解されているのでしょうか?
大体、婚姻を申し込んできたのはアベル様、あなたのご実家の方からだと言うのに。
事の経緯はこうです。
今年の不作でカルマン子爵家は深刻な経済打撃を受けておりました。
そこで私の実家、王家とも遠縁にあるノイラート公爵家から援助を受けるために──つまるところ結納金目当てで『狐目令嬢』と蔑まれ、婚期を逃してついにニ十歳を迎えた私を長男のアベル様の妻に、と願い出てきたのです。
私の両親は渋々ですが、この婚姻を受け入れました。
渋々、というのも私の実家は公爵家。
いくら五女の私でも子爵家では家格が吊り合いません。
それに何よりアベル様もまた婚期を逃した貴族の一人で、年齢だって私より二つ上です。
そんな年齢になるまで結婚しないでいるのですから、何かしらの問題を抱えているであろうことは容易に想像できました。
それも覚悟の上で、私は貴族の義務を果たすために覚悟を決めてアベル様に嫁ぐことを決意したのです。
決意──と言っても私には選択権などありませんでしたが。
だけど、まさかの婚約破棄。
それも公衆の面前で、突然です。
事の重大さを理解されていないのでしょう。
確かに色んな意味で問題がおありの方のようでした。
それでも私は義務を果たす必要があります。
アベル様、どうか冷静になって……今なら私、聞かなかったことにして差し上げますから。
「すいません。ハッキリと聞こえませんでした。もう一度仰ってくださいませんか?」
「だから言っただろう! 私には愛する者がいる。『狐目令嬢』と蔑まれるそなたとの婚姻はお受けすることができない!」
ごめんなさい。
煽ったつもりはないのに、ますます激情させてしまいました。
アベル様もアベル様で、一度言ってしまった手前もう引けなくなっているのでしょう。
ああ、後ろでアベル様の側近の皆さまが絶望されたような顔をしています。
あ、危ない。
フラリ、と着飾った女性が頭を抑えて昏倒します。
倒れかかるその体を側近の兵がしっかりと支えました。
間一髪です。
「奥様、お気を確かに!」
恐らくアベル様のお母様でしょう。
心中お察しいたします。
私を妻として迎え入れて……妾としてそちらに控えている侍女さんを召し抱える、というのではダメだったのでしょうか?
この国、プロノワール王国の貴族の方々で、多くの女性を妻として、妾として召し抱えている方はそれほど珍しくありません。
婿入りすることになった次男三男であれば、立場の事も考えて複数の妻を抱えるのを諦めて秘密の恋路に走ったりするのでしょうが、アベル様は長男で、カルマン子爵家の跡取りです。
私には分かりません。
アベル様が、ご実家を追放される危険性のある大失言をしてまで、貫き通したい「誠の愛」というものが。
恋する乙女の気持ちなど、とうの昔に忘れてしまったからです。
そんなものがあるなんて期待すらしていません。
裏切られるのが確実な期待なんてしない方が賢明ですから。
本日はあと二話投稿致します。
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