表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悔恨の祝魂歌

作者: 原作 二本柳亜美 小説 海無鈴河

県内一偏差値の低い公立高校へ通う「夏目 烈」が主人公である 両親を事故で亡くした夏目 烈は格差社会の中で生き高校まで進学したが祖父母と暮らすものの経済的に恵まれていなかった 成績を上げ、挑むのは、父と同じ私立最強大学 少年が6大に並ぶ最高学歴の私大を目指す話である


こちらの原作はhttps://rookie.shonenjump.com/series/FlR8CfEk-pcになります

 季節は冬にさしかかっていた。

 窓の外の木々はすっかり丸裸になり、枯葉が眼下の地面を風に吹かれて通り過ぎていく。

 築年数ばかりが経った公立高校の廊下に暖房なんてものはない。

 夏目 烈はブレザーの上に巻いていたマフラーを鼻上まで引き上げた。

(やっぱ寒いな……)

 この高校に通って三年目になるが、この寒さには慣れそうにない。

「烈~、おはよ」

 後ろから声をかけられ、烈は振り返る。

「おはよ」

 笑みを浮かべて手を振る。

 少し幼めの顔立ちは笑うと彼の爽やかさがにじみ出る。

 女子生徒はきゃあ、と黄色い声を上げた。

「烈くんこっちもー!」

 今度は反対側だ。

「ん、おはよう」

 また黄色い声があがる。

 烈は彼女たちの羨望の眼差しを背に、教室へと入る。

 途端、今度はクラスメイトの男子たちが烈の周りに集まった。

「烈ー! 今日問題あたるんだよ、教えてくれ」

「どうしよっかなー。じゃ、ジュース一本おごりで」

「うえっ、ケチ!」

「冗談冗談」

 烈がおどけたように言うと、男子生徒は軽く彼を小突いた。

 そのままじゃれ合いがはじまる。

 

 夏目 烈は端的に言って人気者だった。

 明るく人当たりの良い、爽やかな人柄。

 そして学内でも群を抜いて勉強ができた。

 成績は常に学校一位。それどころか、模試でも全国の高ランクに食い込むほど。

「今日も烈くん、かっこいいね」

「ねー。友達の風くんもかっこいいけど」

「勉強もできるってすごくない?」

「小さいころからずっと勉強してきたんだってね」

 学内で烈のことを知らない生徒はほんのわずかしかいない。

 そして彼のことを知ったばかりの人はこう思うのだ。

「ねえ、どうして烈くんってこんな公立高校通ってるのかな」

 当然の疑問だった。

 彼ならもっと上のランクの私立高校だって狙えるはずなのに。

 そんな疑問をぶつけられた者は、困ったような表情を一様に浮かべるしかない。

 そして声を潜める。

「実は烈くんって……」

 

 放課後の教室。

 すっかり生徒たちが下校し、がらんとしたその部屋に、

「な、なんだって!?」

 男の叫び声が響いた。

 頭にタオルを巻くのがトレードマークの男は、三年生のとあるクラスの担任教師である。

 そしてその向かいに座るのは、烈だった。

 担任は額に汗を浮かべつつ、一度深呼吸をする。

 神妙に再び口を開いた。

「本気か?」

「本気です」

「まじか」

 間髪入れずの返答にぽろりと言葉が零れ落ちる。

 しかし烈はそれを気にした風もなく、真剣そのものの表情であった。

「願書を出したいので、お願いします――『東京最強大学』の」

 付け足された学校名に担任は思わず烈に手の平を向けた。

「いや待て……東京最強大学って言ったら、日本の七大のトップだぞ」

 日本の国立大学、その中でも前身を旧帝国大学に持つものを六大と称する。

 そこに私立大学一校を足したものを人々は七大と呼んでいた。

 その六大と並び立つ……いや、それを上回るのが東京最強大学である。

 額の汗をタオルで拭い、担任は重くため息を吐く。

 夢を見るのは自由だ。自由なのだが……。

「うちは県内でも最低レベルの……まあ、いわゆるバカ校だ。学校名だけで落とされるかもしれん。それに――」

 そこで一度言葉を切る。困ったような表情を浮かべた。

「烈、お前の家は……」

 その後に続く言葉を遮るように、烈は言い切った。

「俺は東京最強大学に行きたいです」

 その目に迷いはない。烈は本気だった。

「俺、小さい時に親を亡くして……両親のことなにも知らないんです。でも一つ、覚えていることがあって……」


『父さんは、最強大学出身だったんだ。楽しかったぞ。仲間も、研究成果も、烈にも教えてあげたい』

 

 烈は組んだ指先をじっと見つめる。

「俺は父が過ごした場所を知りたいし、なにより知ることが好きだから……大学に行ってもっと勉強したい」

 話を聞き終えた担任は、腕を組むと、大きく頷いた。

「そういうことなら、いいぜ。学校からも推薦状を書いてやるぜ」

 もちろん、中は見せられないけどな。

 口元に柔らかな笑みを浮かべる担任に、

「ありがとうございます、先生」

 烈はかみしめる様に礼を告げた。

 

「烈さぁ~」

「ん~?」

「大学に行く金、どうすんの」

 休み時間、烈にそう問いかけたのは並んでベンチに座っていた友人・風だった。

「借りようかなと思ってる」

「ふーん、たとえ受かってもいろいろ問題山積みなんだな」

「風は卒業したらどうするんだ?」

 逆に烈が問えば、

「俺は烈とは違って、都内にあるFラン大学。最低限、男なんだから大学出ろって感じ」

 風ははぁ、と大げさなため息をついた。

「大学出たら親の跡継ぐという……親のレールにのってまーす」

 心底嫌そうな風が烈は少しだけ羨ましい。

「それはいいな」

「いいのか? はっきり言って、俺はつまらない。決まってる将来に悲観してしまう」

 芝居かかった風の口調に烈はふき出した。

「ははっ、なんだよ。それ」

 ひとしきり二人で笑い、風はそうだ、と思いだしたように声をあげた。

「塾の問題見るか? 俺の通ってるところ」

「え、あ」

「独学じゃきついだろ、偏るし」

「あ~……」

 烈は無意識のうちに視線をさまよわせていた。

 が、結局。

「……助かる、ありがと」

 浮かべた笑みはぎこちなくなかったか。頭の片隅に引っかかる。

 風は特に気にした様子もない。

 淡々と口を開く。

「俺んちは親が優秀だし、地があるからわかるんだけど、親が弱いっていうか……生きていくうえできついの、わかるぜ」

 分かられても困るだろうけど、と付けたされる言葉。

「いや、ありがと。そういうの風だけだ」

 風の物言いはともすれば自慢ともとられるし、心の無い言い様だとも思われるものだ。

 しかし、烈はそれが良かった。

 変に憐れまれるのより、ずっと。

「大学の寮とか行くのか?」

「いや、寮に生活費はきついから通う予定」

「ここから通うの大変だぜ?」

「どうにかする」

 間髪入れない烈の返答に、風はそれ以上何も言うことはない、と口元に笑みを浮かべた。

「そっか。がんばろうぜ、俺ら」

 烈の口角も自然と上を向いた。

「そうだな。うちの高校じゃ大学試験受けるの、俺とお前と三人だけだしな」

「へー」

 珍しいもんだ、と他人事のように風はつぶやいた。


 部活に所属していない烈は、放課後になるとすぐに学校を出た。

 駅前の学習塾に吸い込まれていく他校の制服の生徒たちを横目で見送り、真っすぐに帰路を行く。

「ただいま~」

「おかえりなさい」

 リビングに入った烈を出迎えたのはおばだ。両親が亡くなってから、彼の保護者代わりを務めている。

「おばさん、今日は銀行からの通知来た?」

 はやる心をなだめつつ、烈はさっそくそう尋ねた。

「来たわ」

 そう答えるおばの表情は明るいものではなかった。

 銀行のマークの入った封筒。一縷の望みをかけて、烈はその中身を広げる。

 書かれていた言葉は無情だった。

「審査、落ちたわ。大学に受かったとしても、通うことはできないわ……ごめんなさい」

 おばは疲れたように息を吐くと、ふらふらとソファへと座り込んだ。

「ごめんなさい、私が保証人じゃ無理だったみたい」

 烈は何も言えなかった。

 喉の奥に張り付いたように言葉が出てこない。

「私は烈ちゃんが一生懸命ずっと勉強してるの知ってるのよ……でも」

 おばは両のてのひらでその顔を覆った。

「奨学金を将来返すのも大変だし、元々反対だったから……大学へは行かないで企業に就職する道だってあるし」

 手のひらの隙間から雫が零れ落ちていく。

 おばが悪いわけではない。責めたりなんてするわけがない。

 烈は分かっていた。分かっていたけど……笑うことはできなかった。

 試験代は借りてきたのだ、と涙の合間におばはぽつりとつぶやいた。

「でも、受かっても、通えないんじゃね……」

「ううん。おばさん」

 烈はようやく口を開いた。

 今言わないと、機会すらもう二度と手に入らないのかもしれないのだから。

「俺は受けたい。それでもいいから」

 烈は右の拳を強く、強く握りしめた。


 推薦状は書いてもらえたものの、烈は一般入試を受けることになった。

 烈の高校程度の推薦状では端にすら引っかからなかったのだ。

 そのことに対してあまり悲観はしていない。

 元々そのつもりだったんだし、仮に推薦入試枠が手に入ったらラッキーくらいの気持ちだった。

 入試の日は着々と近づいていた。

「烈、一緒に帰ろうぜ」

 ある日の放課後、声をかけてきたのは風だった。

「うん、帰ろう」

 烈は素直にうなずく。

 他の同級生たちは就職活動や自動車免許の取得やらで忙しい。

 放課後の通学路に人はまばらだった。

 しばらくの間二人は無言で歩いていたが、やがて風が口を開いた。

「都内までここから通学するって言ったじゃん?」

「うん、言ったけど?」

 なんで今そんなことを。烈はそんな疑問を込めて答えた。

 すると風はなぜか「ふふーん」と得意げな笑みを浮かべる。

「聞いておどろけ」

「なんだよ」

「俺の父さん不動産屋だから、都内の寮の一室、タダで使っていいって」

「へぇ、良かったな」

 烈は率直な感想を述べる。しかし、風は大げさにため息をついた。

「ちげぇよ」

「なにが?」

「その部屋、二人部屋だからさ。烈も一緒にどうかと思って。もちろん家賃はタダだ」

「……」

 こういう時、何と答えるのが正解なのだろう。

 『うわ、ラッキー』って喜べばいいのか?

 『いや、悪いしいいよ』って遠慮すればいいのか?

 いくつかのパターンが烈の頭の中に浮かんで、消える。

 しかし、そのどれも『何か違う気がする』のだ。

「礼は俺が親父の跡継いで、社長になった時、力になってくれればいいからさ」

 風のそんな冗談めかした言葉は右から左へと通り抜けていく。

(どうして、こいつが……)


 

 生まれた時から運命は決まっていて、覆しようのない現実が努力や夢の前に立ちはばかる。

 烈の運命は幼いころ――両親と別れたところで決まっていた。


 もしも、を考えたこともあった。

 親がいたら、皆みたいに普通の暮らしをして。

 普通に学校に行って、普通の幸せがあったのだろうか。

 『勉強が好き』。その夢を純粋に叶えるために過ごしていけたのだろうか。

 

 だが、いくら『もしも』を想像しても得るものはない。

 理不尽な運命を嘆いて生きていくのは嫌だ。

 烈は常々そう思っていた。そう思うようにしていた。


 しかし、現実はむごい。

 銀行の審査にすら通らない者がいれば、当たり前のように将来の道が拓かれている者がいる。

 その事実が――時々、どうしようもなく苦しくなる。

 胸の内に宿った黒い思いは心を蝕んでいく。

 烈の視界はぼやけ、一枚透明な膜で覆われはじめていた。

(風は……俺のために言ってくれてるんだよな)

 彼に悪気がないことはよく知っている。

 だからこの黒い思いは飲み込むしかない。

 烈は片手を風の視線を遮るように目元へもっていった。

「……ありがと、風」

 濡れた声は隠しきれず、風がぎょっとしたように烈を見た。

「え。なに、どうしたんだよ!」

「いや、なんでもない……」

 下手な言い訳だった。

 しかし風は追及することはなく、

「がんばろうな、烈」

 いつも通りの笑顔を烈に向けたのだった。

 

 そして迎えた入試当日。

 烈は他の進学校の生徒たちに混じって、受験者席にいた。

 試験監督の手により、問題とマークシートが配布される。

「はじめ」

 合図と同時に、紙のこすれる音が教室のいたるところから響いた。

 烈も問題に向きあう。

 やっぱり難易度は高い。

 でも、解けない問題じゃない……!

 確かな手ごたえを烈は感じていた。

 みるみるうちにマークシートは黒く塗りつぶされていく。

 その手は震えていた。

(夢を見られるのは今日で終わりだ)

 普段以上の実力を出し切ったとしても、この中で一番の成績を取ったとしても、大学に通うことができない。

(これが……俺の限界)

 制限時間いっぱいを費やして、全ての問題を解ききった。

 

 それから烈は普段通りの日々を過ごした。

 教室でクラスメイトと騒ぎ、残り僅かな高校生活を楽しんだ。

 他の大学はもとより受験するつもりがなかった。

 だから、今まで勉強に費やしてきた時間が急にぽっかりと空いてしまった。

 放課後、一人になった帰り道。

 クラスメイトや友人といるときは頭の隅の方に追いやっていた感情が烈の頭を支配する。

 上を向いて歩いた。

 ともすれば、涙がこぼれそうだった。

 終わった。全部。

(泣くな、俺)

 自分にそう言い聞かせる。

 理不尽な運命に嘆いてもしょうがない。

 後悔したってしょうがない。

 泣くよりも、先のことを考えようじゃないか。

 自分にそう言い聞かせる。

 そんな日々が続いた。

 

「ただいま」

 その日、烈が家に帰ると、おばがいつものように出迎えてくれた。

 ただ一つだけ様子が違っていた。

 おばは「おかえり」というお決まりの言葉の後ろに、

「来たわよ」

 そう付け足したのだ。

 烈は一瞬意味が分からず、目をしばたたかせる。

 が、おばの差し出した封筒にあの最強大学のロゴマークが刻まれているのを見て、急いでそれを受取った。

 受験から数週間。

 この封書の意味を烈は知っている。

(見たところで……)

 分かっていても、気持ちが逸る。

 簡素なA4の紙には自分の名前。

 そして、

「合格……」

 その二文字がはっきりと目に映った。

「く……う……っ」

 食いしばった歯の間から嗚咽が漏れる。

 父が導いてくれた。

 友人も、先生も、応援してくれた。

 おばにも苦労をかけた。それでも支えてくれた。

(こんなに、こんなにいっぱい……応援してくれているのに、俺は応えることができない……っ!)

「くそぅ……」

「もう、よく見て。烈ちゃん」

 そうおばが言った。

 烈はのろのろと再び視線を合格通知へと向ける。

 何度見ても同じだ。

 合格の二文字と自分の名前。

 その下に書き連ねられたお決まりの定型文。

「え……?」

 烈は目を疑った。

 それだけじゃない……?

 入学を認める旨の文章。その少し下に、さらに文字が続いていた。


 あなたは優秀な成績と認められましたので、最強大学の生徒と認定され、学費は全額免除となります。

 

「学費、全額免除……!?」

「特待生の枠に入れてもらえたのね」

 目をこすり、何度も何度も見返す。

 ……やっぱり、嘘じゃない。

「やっっった!!!!」

 烈の眦から涙がこぼれた。

 今の涙は、喜びの涙だ。


「烈、おはよ~」

「聞いたぜ、最強大学のこと。すげーじゃん」

 翌日、学校に行くと烈はさっそくクラスメイトに囲まれた。

 もうみんな知っているのか。情報の速さに驚くしかない。

「おめでとーさん」

「烈くん、おめでとー!」

 廊下ですれ違う生徒が、いつも声をかけてくる女子生徒たちが。

 担任の先生が。

 みんなが口々に烈を祝福した。

 烈は、

「ありがと」

 その一つ一つに満面の笑みで答えた。

 

 その波がひと段落したのは昼休みも終わりが近くなってからだった。

 外の空気を吸おうと中庭に出た烈は、ベンチで一人佇む風の姿を見つけた。

 そういえば今日、騒がしくて話をしていなかった。

 声をかけるか、と烈は彼に近づき――――気づいた。

 いつもなら真っ先に祝福してくれるはずの彼は。

「風、まさか――」

 ばっと風が振り返る。

 悪いことがみつかってしまったときの顔。

「落ち……てねぇし」

 すぐにそれはニヒルな笑みにかき消された。

「そっか。おめでと」

 烈は素直に祝福した。

(要領のいい風のことならあまり心配していなかったけど、良かった……)

 これで晴れて二人とも大学生か。

 自然と烈の表情は綻んだ。

「これからも友達でいてくれよな……」

 風のそのつぶやきは、先のことに思いをはせていた烈の耳には届かない。

「今なんか言ったか?」

「なんでもねぇよ」

 それ以上答えてもらえそうにもなく、烈はそこで追及を止めた。

 烈は拳を強く握りしめた。

 せっかくつかんだチャンス。全力でモノにしてやる――。

「行くぜ、最強大学」

 その先に待っている未来は明るい。

 烈の胸中は希望に満ちていた。

 

《終》

お読みになってくださりありがとうございます。小説は海無鈴河様に書いていただきました!

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ