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「夏を解放しに行きましょう」

 そう言って手を取る彼女に、私はいつまでも返すべき言葉を持たない。夏を解放するとはどういうことなのか、その意味すらも理解できずにいるのに、私は自分が必要とされていることに歓喜を覚えるばかり。その疑問を吐き出せば彼女は何と言うだろうか。馬鹿にされるのは最もましな部類で、最悪の場合は失望を与えてしまうだろう。けれど、ずるい私はその最悪が私の頭の中の最悪に過ぎないことを知っているから、疑問を吐き出すことをしない。

 近所のホームセンターで虫取り網と麦わら帽子を買う彼女の中にある夏は、きっと私が考えている夏よりもずっと旧い。その虫取り網で捕まえられるような夏というものはとうの昔に蒸発してしまっているよ、その言葉を吐き出す勇気もやはり私にはない。

「ねえ、夏はどこにいるの」

 彼女は私がようやく口に出せた疑問には答えず、どんどん山の中へ分け入っていく。人気のないところへ行くのは怖い。それでも彼女とここではぐれてしまうのはもっと怖い。私は彼女の背中をただただ追いかける。高いところにある太陽の光が、木々の梢の間から差し込んでいる。そのうるささがやがて落ち着いた場所で、彼女はようやく立ち止まった。

「ここにはないわ」

「じゃあ、夏はどこに?」

「多分、そこに」

 彼女が振り向いたと思った次の瞬間には、白い虫取り網が私の頭をすっぽりと覆っていた。

「何のつもり?」

「まだここは夏じゃない。私は暦なんてものは信じない。それでもあなたは暦の中に閉じ込められた夏を信じているから、きっと夏はそこにあるのよ」

 私はもがくこともせず、意識が少しずつ遠のいていくのを感じながら、テレビで見た南極の氷が溶ける様を想起したのだった。


 夏。早すぎる夏、遅すぎた夏、暦通りの夏。

 私にとって、夏はいつも早すぎる。

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