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2020/05/20

 夜が、明けようとしている。夜明け前が最も暗いというのは本当だったのか、という想いが胸に去来する。しかし彼とてじいっと夜空を眺めていたわけではなく、夜の空気を吸っていたわけでもなく、何事かを考えるでもなく部屋の中でクラシックギターの演奏を聴いていたのである。途中で一度、あてもなく散歩にでも出てみようかと思わないではなかった。が、舗道された道を歩くことの面白味を考えてもつまらなかったし、お茶を飲みながら休憩できる店があるわけでもない。誘蛾灯に惹かれるようにしてコンビニに入れば、たしかにそこには緑茶も紅茶も酒もあるが、しかしそれではあまりにも風情が無さすぎる。酒の一本でも買ったところでやはり飲むべき場所がないのだ。公園のベンチに座って一杯、といっても夜露に濡れたベンチに座ることはぞっとしない。迷惑なことをしているわけでもないのに警察に通報されても困りものである。

 そういう訳で、彼は今再生の終わった録音を、何度目かの視聴をしながら明けゆく空を見るばかりである。今までは否定ばかり口にしたから、今度は何か肯定的な話をしよう。

 縁者もなく一人暮らしのワンルームの明かりを消してぼうっと空を眺めている。幹線道路にほど近い家なので、この時間にも時折車の行き交う音がする。音楽はそれをかき消すことなく、むしろ調和して彼の心に迫ってくる。朝食をとるにはあまりにも早いので、酒のつまみにと買っていた乾物を口の中に放り込む。冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出して、酒の代わりに大して乾いてもいない喉を潤す。どこかでカラスが鳴いている。きっと夜明けも遠くはない。夜明けは、遠くはないのだ。

 この音楽はどうして寂寥感をもたらすのだろう。きっと昔に見たドラマの影響が強いのだ。時に人は、思いがけない誤解や勘違いをする。これもその一種で、しかも決して悪くはない錯覚なのだ。楽器をしない彼は、その音の繋がりを聴きながら、この音はどのようにして紡がれているものか、その指の動きを想像しようもない。多大なる努力によって培われたに違いない技巧を、CDで気軽に聴けるのだから、良い時代になったものだ。尤も、それ以前の生活というものは彼は知らない。

 さあ、そろそろ夜が明ける。何度目かの演奏を聴き終え、立ち上がるのも億劫になって、彼はもう少しだけと、もう一度再生ボタンを押した。

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