夜と夢
真夜中に夢を見ない少女がいる。昼間には学校へ行き、行き帰りには長い通学路を歩き、夕方には炊事の手伝いまでしている。それなのにどうして、こんなに疲れているのにどうして夢を見ないのだろう。少女は三時のおやつを食べるためにやって来た図書館で悩み込んでいた。甘いものを食べすぎているから夢を見ないだなんてことはまさかないはずだ。それじゃあどうして、どうしてどうして。
「白昼夢ばかり見ているからだよ!」
いつもの少年が川で足を冷やしていたところに少女が通りかかったので叫んだ。真昼間から夢を見るだなんてこと、あり得るはずがない。少女は笑った。
しかし、なかなかどうして少年の言葉は正しかったのである。カルタの夢やその裏返しにあるカタルにかかった作家のこと、皮肉でハッピーエンドをでっち上げた音楽家のこと、大統領の死を写し取った映画監督のこと、その誰もかもが少女の夢を邪魔していたのだ。いや、そもそも彼らの夢を侵したのは少女であった。
侵食することは侵食されること、侵食されることは侵食すること。少女は本当の眠りに就くために少年から声を借りようとした。彼はその申し出を受けてちょっとびっくりした様子だったけれども、家の前までやって来て、木の棒で地面に字を書き始めた。
「この声は貴重だから必要なとき以外は喋らないように」
少女が頷いた瞬間、少年の声はもう少女のものになっていた。
眠るまでに声を出さずにいるというのは非常な困難だった。炊事の手伝いを断り、風邪を引いた様子を演出し、けれども咳をするわけにはいかないから何度もかんだ鼻は赤く染まった。そうしてついに夜が訪れ、少女がベッドの中に収まる時間がきたのだ。いつも以上に疲れ切って、偽りの風邪のせいで甘いものも食べられず、楽しみといえば夢を見ることだけだった。少女がベッドの中に足を突っ込んだとき、そこには冷たい何かが潜んでいた。
「あっ!」
少女は驚きのあまり叫んでしまった。それは、誰かがいたずらでベッドの中に潜ませていたヘビのおもちゃだった。夜の静けさの中に撹拌されていく叫び声。やがてその声の主である少女は、夜の中に溶けていった。
夜の中をさまよい、歩き回り、朝がやってくれば日陰に身を隠す。それは夢にも思わなかったような境遇で、しかし少女は夢のような体験をしているのだ。
少女はひとり、楽しんでいる。