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雨だれ

 失恋をした。

 それはもうひどい失恋で、想いを届けたかった相手には何も伝わらず、失意の帰り道で犬に吠えられた拍子に五百円玉を落とし、通り雨に降られて仕方なく逃げ込んできた喫茶店で私はようやく息を吐いた。本当は誰かに私の涙を拭ってほしいのにと思いながら曇ったメガネを拭く。三階建ての建物の二階にある喫茶店からは通りの様子が見渡せる。みんな用意が良くて、色とりどりの傘が、時折ぶつかり合いながらも大体は器用に通り過ぎていく。その様子を見ていると、何だ、ちっぽけだな、と思えてきた。でも、何がちっぽけなんだろう。私は感情の変化への判断を保留したまま、この感覚の底に潜っていくつもりで通りの様子を眺めていた。

 よっぽど熱中していたのか、いつの間にか卓上にはメロンソーダが置かれていて、私はストローで吸い込みながら、口の中で弾けていく炭酸の感触を味わう。ちょうどその瞬間、店の中で小さく流れていた音楽が途切れた。窓にぶつかって弾けていく雨音を聞きながら、私は卓を小さく人差し指で叩く。最初は自分自身でも分からなかったそのリズムの出処は、途切れたと思い込んでいた音楽だった。ボレロだ。最初は小さく、やがて雄大に、最後は花火のように盛大に。雨が次第に弱まってくるのに対して、音楽は段々と調子を高めていく。私の奏でる音も力強くなっていく。

 ボレロが終盤に差し掛かったとき、私は雲の上にいた。いつからここにいたのだろうと訝る間もなく、私は重力に掴まって、雲の中に落ちていく。風を切る音はなく、ひたすらリズムだけが刻まれているせいか、不思議と恐怖感はなかった。雲の中を通り抜けて視界が開ける。眼下に私の住む街が広がる。ああ、こんなに広い世界に住んでいるんだ。そうして分かった。さっき、ちっぽけだと感じたのは、私自身なのだと。たった一つの想いに拘って、何も見えていなかった。もちろん失恋は不幸なことだけれど、人との出会いはここで終わりじゃない。きっとまた明日には新しい出会いが待っていて、それは同じ人間なのか、動物なのか植物なのか、それとも出来事なのかは分からないけど、新しい私を切り開いていけばいいんだ。

 そう理解した瞬間、私は喫茶店の窓際の席に座っていた。いつしか雨は止んでいて、音楽も別の曲が流れている。今のは何だったのだろう。けれど、それ以上思い返す必要はなく、私はグラスをかき回した。

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