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取り違え

 テレビに出ている有名人を間近で見ると妙な感覚に襲われるのと同じように、間近な人を画面の向こうに見つけると何とも言えぬ落ち着かない気分にさせられてしまう。今テレビに映っているのは、しかし面識のない中年男性である。長く脇役として活躍してきたのが認められたのか、初の主演を掴み取ったのだということを話していた。

 私はその朝に済ませておくべき家事を終えると、日課にしている散歩へと出かけた。三年前に大患にかかってから始めた日課であった。大抵は小中学生たちが登校を終えた後の、路上に賑やかさの余韻が残った時間帯を選ぶ。今ぐらいの寒い時期ともなるとあまり早く出ていくことは体に障るのだ。目的もなくマンモス団地の中をあちらこちらへと歩く。ぐるりを一周するだけの気力があることは最近はほとんどなく、その折々に出会う一回りも二周りも年嵩の男女ととりとめのない話をする。知命を過ぎて数年も経たぬというのにこの有り様だからと言うと、いやいやまだまだこれからですよと流行りのスポーツウェアを着た矍鑠とした老人は言う。しかし彼は私の病の名を知らない。

 帰り道、不意に思い出されたのは、私が生まれた産科でのことであった。私は隣に寝ていた乳児と取り違えられたのだ。その事実を聞かされたのは成人してからのことだったが、そのときはまだ頑強な青年であったから、今のように悲観的な思考はしていなかった。両親との諍いはあったけれどそれは尋常なものであったし、何よりも海の見える家で育てられたことがとても幸福なことだった。不幸な話には違いないが、ああこれから新たな世界へと漕ぎ出していけば良いのだ、自分を係留するものは何もないのだと希望に満ち溢れていた。本来は私の名を名乗るはずだった彼はどこで何をしているのだろう、そう考えたことは、不思議なことに今までまるでなかった。

 団地内の商店で果物を買い、そのまま帰ろうとしたときに生花店の店頭に貼られたポスターが目についた。花の種類には明るくないものの、おそらくはスターチスと思われるピンク色の花が写されたものである。最初は鮮やかであったろうその色が退色して、何やら哀れに思われた。ところでスターチスにも花言葉があるはずである。今度調べてみようかと思って自宅へと運ぶ足取りの重さは、単なる気怠さに根ざしたものとは思われなかった。

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