2021/08/15
「はい、すみません……失礼します」
電話を切って、布団の中に潜り込む。そこで自分が汗をかいていることにようやく気付いて扇風機の電源を入れると、布団の口が僅かに膨らんだ。テーブルの上に投げ出していたスマートフォンが短い音を鳴らす。落ち着き始めた汗がまた吹き出しそうになって、私はその音が電話やメールではなく、SNSの通知音であることを思い出し、再び布団の中に潜り込んだ。
こんな時間に欠勤の電話をしても、きっと寝坊でもして面倒になったんだろうって言われるんだろうなあ、と壁に向かってボールを投げるかのように、私は相手のいない会話をしている。それは当たらずとも遠からずで、実は今日のことが憂鬱で夜中までずっとぼんやりとテレビを見ていたのだ。いつもはテレビなんて好きじゃないから見ないのに、こんなときに夜中の番組を見てみると意外に面白くて笑って、でも今日のことを乗り越えるだけの元気があるわけでもなくて。それで眠る時間を故意に遅らせて、時間通りに起きられたならきちんと出勤しよう、少しでも遅れたなら欠勤しよう、と何となくそう思ったのだった。
結果的にこうなった。それで良いのかもしれない、今のうちだけは。私は小学生の頃もそういうことがあったなあ、あれは何が嫌だったんだろうとまたしても相手のいないキャッチボールを始める。どうしてもどうしても嫌だったことであっても、後になってみればもう思い出せない。だから今日のこともきっと、と思いかけた。いや、そうじゃないそうじゃない、と子供の気分を引きずる半分大人の私は頭を左右に振る。もし思い出せないところまでいくとして、それまでに何年かかると思っているのだろう。今は何十年後かの私じゃなくて、今日の私の方が大切なのだ。
そうして選んだのが寝坊の末の欠勤なのだから、本当の意味で私は私を大切にできていない。私は全てを忘れるために、布団の奥深くへと潜り込んで、もはや扇風機の風も意味を成さない状況になった。このまま窒息してしまえば、このまま熱中症にでもなってしまえば、と思う自虐的な行為は、しかし世間の状況を全く無視した身勝手な行動だった。私はしばらくそのままの姿勢を貫いた末、大人しく布団から身体を起こした。
死んだふりもできず、真っ当に生きていくこともできず、私はこのままどこへ行くのだろう。
窓の外の雀の群れが届けてくるものは、どこまでもどこまでも朝の匂いがする。
死んだふり試みている窓際に
郵便届ける雀の声
(2021/08/14)




