Amore
「夕暮れ時になると心が高ぶる子供のような人間なのです、私は」
その言葉が倒置法のようになったのは、別に気取っているからではなくて、緊張しているからなのだった。目の前にいる男性とは三度目のデートだ。
「大雨が降り始めると興奮してしまう小学生のような人なんですね、あなたは」
私はその言葉をどう受け止めれば良いのか分からず、困惑して俯いてしまった。そもそも、大切なデートだというのに、どうしてあんなことを口走ってしまったのだろう。彼も彼だ。適当に聞き流してくれれば良いのに……。と、思い出してみれば、私は随分と熱心に自己主張をしていたのだ。聞き流してもらえるような口調ではなかった、と反省する。
最初のデートは無難にランチを食べて終了、二度目はカラオケに行って大好きな昭和のアイドルの曲を熱唱し、疲れ果てて散会。このままでは無難な関係のままでフェードアウトしてしまうと危惧した結果、先ほどの言葉が口を衝いて出てしまったのだ。
「あなたは面白い人ですね」
彼が優しい口調で語りかけてくるのは有り難い。しかし、もしもそれが彼の本心なのだとしたら、彼もまたとんでもない物好きだ。
少し流行遅れのメガネをかけ、ひどいなで肩で、さらさらとした黒髪などから考えると、彼は私のようなエキセントリックな女には似合わない純朴な青年なのではないか。このままではお互いにとって良くない。もしも彼にこれ以上踏み込んでくる気がないのであれば、もう次に会うことはないだろう。
食事は何事もなく終わり、座敷を出て靴を履こうとしていると、彼が差し伸べてくれた手に掴まって靴を履いて立ち上がった。その手のさらりとした感触が最後の一押しとなって、私はもう彼と会うのはやめようと思った。
「さようなら」
「さようなら。また、来週にでも」
彼は私を電車に乗せると、呑気な表情で、私を何事もなく家に帰そうとする。せめてもう少し踏み込んできてくれたなら、家に招いても構わないのに。
動き出した電車の中で、私はドアのすぐ横に陣取ってため息をつく。転職情報を扱う企業の広告がディスプレーに表示されている。私もいっそのこと、別の人間の皮を被って新しい人生を始めてみたいと思った。けれども、暮れてゆく窓外の景色を見ながら、私は他の何者でもなく、どうしようもない自分を生きていかなければならないのだと、何度目かの覚悟をしたのだった。




