2020/07/16
「先日の手紙を返してくれませんか」
恋文を受け取って煩悶していた私を裏切ったのは、電話越しの少女の声だった。聞けば郵便配達人の手違いで私の元へ届いてしまったのだという。
「どうして自分のところにあると知っているんですか」
「返してくれるんですか、それとも返してくれないんですか」
どんな質問をしても私の質問には答えず、じわりじわりと声の強みが増してくる。
私は観念して、そして同時に覚悟を決めた。
「返したくはありません」
「どうしてですか」
「ゆかりさん、あなたのことが好きになってしまいました」
はっ、と息が止まる音がした。数秒経ってから、少女は口を開いた。
「――間違えました」
最初のほうが混線したようになって聞き取れなかったが、電話を乱雑に切る音だけがした。電話をかけ間違えたのだろうかと思った。
しかし、後から考えれば、あれは書き間違えたと言ったのだと分かった。書く相手を間違えたのだと。
翌日、目覚めた私はそうではないとさらに気付いた。手紙を書く相手ではなく、書く主体、つまり人格すらも間違えたのだと。
私は、かけ違えた心を残したまま、雨が降る朝を迎えている。私もまた違う人格になって、この恋心を忘れたいと思った。




