傘
傘
月明かりに照らされた街は人影も無い深夜0時を回ってる
昨晩降った初雪は街を白く染めることも無く通り過ぎて行った。
師走に近づき連夜の残業で疲れの溜まっていた私は、
この日早めに床につくことにした。
目が覚めたのは深夜0時15分、枕元に置いてある留守電のランプ
が点滅を繰り返し部屋中を赤く照らしていた。
私は留守電のスイッチを押し台所に向かいミネラルウォーターで喉の渇きを潤した。
留守電は全部で3件、23時34分から連続で入っていたが全て無言だった。
0時30分もう一度眠りに着こうとした私の耳元でその電話が静かに鳴り響いた。
電話の向こうは彼女だった。
電話は5分ほど続いた…
その長い電話は15分ほど続いた…
その長い長い電話の向こうで途切れた彼女の声…
静まり返ったこの部屋の音が耳に鳴り響く
居たたまれなくなった私の体は、自然と暗い夜の街へと向いていた。
深夜1時前、冷え切った街は雨で濡れていた。
音も立てずただ落ちているだけの雨……
遠回しの「サヨナラ」に気付いたのは、コンビニに向かおうと玄関に腰を降ろした
1時06分、手を伸ばした玄関の片隅に置いてある傘を見てからだった。
本当は「気付いた」のではなく、冷静に意識し込み上げてきた感情に
私は、「現実」を理解しただけだった。
傘を広げアパートの階段を駆け下り街へ出る
少し大きめの傘、二人で始めて買った大きな傘
少しでも寄り添っていたくて
少しでも触れていたくて
少しでもお互いを感じていたくて……
一人だとこんなにも大きな傘
ずっと彼女は一人この傘の中で私を待っていたのだ
ずっと彼女は一人この傘の中で叫んでいたのだ
私は ココです……
こみ上げてくる涙が頬を伝っても、なぜかそのままで良いと思った。
一際明るいコンビニの外灯に照らされたショウウインドウには
今はもう、写るはずのない彼女をダブらせることしか出来ない。
傘の中にあるたくさんの思い出と
そのショウウインドウ写り込んだ彼女の姿を包み込むように私は静かに傘を閉じた。
コンビニで何を買ったかは良く覚えていない。
店員に渡されたサービスのクリスマスカラーのライターを眺めながら店を出る頃には
音の無い今この町に、白銀の雪が舞い降り
辺りを白く染め始めてる。
全てを覆い尽くす真っ白な新しい世界に刻まれる足跡は
何処へでも踏み出せる新しい一歩になる様な気がした。
今から少しだけ落ち込もう
少しだけ涙を流そう
そして、また
恋をしよう。
閉じられた傘はそのままに……
終