その3
一度解散した僕たちは、アライグマくんの行動時間に合わせて夕方頃に再集合した。僕も帰って休みたかったしね。
西の森に残されたアライグマくんの匂いをたどって、静かな森の中をヘビくんと探索する。リスくんは今回は来ていない。危険なだけだし、下手をすればアライグマくんの神経を逆なでしかねない。
「あ、いた」
地面や木に残された匂いを追っていくと、ぼんやりと茜に染まった森の中にアライグマくんの後ろ姿を見つけた。
「本当だね。すごいよ、キツネくん」
「ヘビくんだって鼻は良いだろう?」
「まあね」
「とりあえず、前に回り込もうか」
後ろからいきなり話しかけて、驚かせてしまっては無意味に機嫌を損ねる可能性がある。なるべく下手なことはしないに限る。
「わかった」
木の陰を通り、アライグマくんが歩いている先まで行く。それから、出来る限り刺激しないようにゆっくりと姿を現した。
「や、やあ。アライグマくん」
こちらを見て立ち止まった彼は、
「何の用だ、ヘビ」
初めから喧嘩腰に声を放ってから、今度は僕の方に視線を移した。
「それにそっちは、この前俺たちの邪魔をしてくれたキツネだな」
やっぱり覚えられていたか。
「はは。あのときは迷惑かけたね」
「容赦なくやってくれやがって」
まだ痛むのか、顎を擦るようにしながら恨めしげに睨んでくる。
「やったのは僕じゃないんだけど」
「チッ。……それより、あんの用だ?」
今回余計なことを口走ったのはどうやら僕らしい。明らかに機嫌を悪くしている。リスくんのことをどうこう言えないな。
それでも、まだ話を聞いてくれる気はあるみたいだ。ここは穏便に会話を進めたい。
「えっと、ヘビくんがちょっと困ってることがあるみたいなんだけど」
「それを俺に言ってどうなる?」
「彼が言うには、君が原因じゃないかって」
その発言に、ヘビくんが「え、ぼくのせいにするの?」みたいな目を向けてきたけど、今は気にしない。
「ほう……俺が何したってんだ、ヘビ?」
「ひ……っ」
アライグマくんに刺すように睨めつけられて萎縮するヘビくん。代わりに僕が言葉を次ぐ。
「君が最近、この森の小動物達を追い出してるって聞いてるんだ。食べるものが無いんだって」
「ああ?何で俺がんなことすんだよ」
「出会う動物たちに喧嘩を売ってるんでしょ?」
僕が質問すると、あのなぁ、と呆れたように言葉を吐き出す。
「俺は自分より弱ぇやつに喧嘩は売らねぇ」
「そうなの?」
「たりめーだ。俺は『逆さ虹の森最強』だぞ?」
それはどうか知らないけど。
「俺が少しばかり機嫌が悪いせいで、あいつらが勝手にビビって隠れてあがるだけだろぉが」
「ああ、そうなんだ」
「大体、食べるものが無いだぁ?なぁ、ヘビ。お前がもう少し狩りがうまけりゃ何の問題も無いんじゃねーのか?」
「それは……その」
威圧的な態度にますます小さくなるヘビくん。
「あれ。ヘビくん、狩り苦手なの?」
「まあ、ちょっとね」
「何がちょっと、だ。絶望的に下手くそだろうが」
「そこまで言わなくても……」
だからこの前コマドリちゃんを襲ったときも失敗してたのか。こちらとしては助かったけれど。
口をモゴモゴさせているヘビくんを断ずるようにアライグマくんが「とにかく」と声を上げる。
「俺は何もしてねーんだ。わかったら諦めて帰りな」
*
反論材料を見つけられず、すごすごと引き下がってきた夕暮れの森。
「ごめんね、キツネくん」
「なんで謝るのさ」
頭を垂れてしょんぼりとした様子のヘビくん。
「結局アライグマくんは悪くなかったわけだし」
「まぁね」
彼の言い分が事実だとするのであれば、今回に関してはアライグマくんに非はない。
「でも、アライグマくんの機嫌が悪いせいで森の動物たちが隠れてしまっているのは本当だろ?」
「そうなんだけど」
「そのことで狩りの機会が減ってしまってるのは紛れもないよ」
「だけど、ぼくがもっと狩りが上手ければそれで済む話だからね」
ヘビくんが言うには、ヘビは何日かに一回も食事をすれば充分なんだそうだ。だけど、ヘビくんが食事を出来るのは数週間に一度くらい。ヘビくんがいつもお腹を空かせているのはそのせいだったらしい。
アライグマくんの機嫌が悪くなってからはもっと食べられなくなっているんだとか。
「狩りはこれから練習すればいいさ」
「そんな事言われても……」
「僕も付き合うから、頑張ろう」
予想外の発言に目をパチクリさせるヘビくん。……瞼は無いけど。
僕自身も、どうしてそんなことを言ったのかわからない。
アライグマくんの機嫌が悪いのは、僕のせいでもあるし、少なくとも彼の機嫌が治るまでは助けてあげるのが筋なんじゃないか。そんな風に思ったのかもしれない。それに、助けられるはずの相手に手を差し伸べないというのは体面が良くない。『誰にも嫌われないように』が僕のモットーだ。
「……ありがとう」
僕が自分に対して言い訳を並べている間に、沈黙を続けていたヘビくんがそう言って微笑んだ。
「そんな風に言ってくれたのは君が初めてだよ。ぼく、ともだちがいたこと無かったから」
「へぇ、そうなんだ」
「ぼく、こんなんだから。無意味に怖がられるんだよね」
まぁ、確かに。森のみんなには『何でも食べてしまう食いしん坊』だと思われていたからな。
それもよく考えたらおかしな話だけれど。だって実際に食べられてしまったら噂を流すことは出来ない。ヘビくんに食べられそうになった動物たちが、そんな風に言っていたんだろう。
「だから、君がはじめてのともだちなんだ」
ともだち……か。
「僕も、初めてだよ」
「え……?」
「『ともだち』なんて言われたのは」
友達はいないとは思っていない。けど、誰が友達だ、と問われるとすぐには思い浮かぶ相手がいない。こうして面と向かって『ともだち』なんて言われたのは、本当に初めてのことだ。それが何故か、無性に嬉しいような気がした。
ヘビくんは僕の顔を見て、クスリと笑った。
「そっか」
そしてもう一度、
「ぼくたちは、今日から『ともだち』だ。よろしくね」
受け取った言葉の感触を確かめながら、僕も口を開く。
「こっちこそよろしく、ヘビくん」