その2
前もってヘビくんの居場所を特定してくれていたリスくんに案内されて、森の中を歩いた。
間もなくして、目的の動物を見つける。
「ほら、あそこ」
声を殺して木の幹に隠れたリスくんの後ろから、指さした先を覗き込む。ズルズルと長い体を引きずるその姿には僕も見覚えがあった。数日前にこの森を訪れた時にコマドリちゃんを襲ったのと同一人物で間違いない。どうやらロクに食べられていないと言うのは事実のようで、土の上を這いずる様子はあまり元気には見えない。
「リスくん。ここで少し彼を見ててくれる?」
「え、ちょっと。どこいくの?」
「話を聞きに行くんだ。手土産の一つも持っていったほうが良いだろ?」
言い残してその場を離れる。僕の耳が確かなら、川が近いはずだ。
「よし、このへんで良いかな」
僕は周りに注意しながら川に入り、適当に魚を捕まえてリスくんのもとに戻る。ヘビくんもあまり移動はしていなかった。魚を口にくわえたまま、彼に歩み寄る。
こっちに気づいたヘビくんは警戒の色を示して首を持ち上げる。魚を相手の方へ放り投げて、
「落ち着いて。敵対しに来たわけじゃないんだ」
ヘビくんは目の前に投げられた魚をまじまじと見つめている。
「君にあげるよ。お腹、空いてるんでしょ?」
「い、良いの?ぼくは、この間君のお友達を襲ったんだよ?」
初めて会った時の印象と違って、案外柔らかそうな物腰だ。
「まぁ、僕が邪魔しなければ君がここで腹ペコにならずに済んでいたわけだし。ちょっとしたお詫びだよ」
それでも彼は少し迷っているような様子を見せていたけれど、空腹には抗えなかったようで「ありがとう」と述べると僕の手土産を頬張り始めた。
「ふ、ふぉれで」
「食べ終わってからで良いから」
魚を飲み込んで、改めて口を開く。
「それで、ぼくに何の用なの?」
冷静に考えてみれば、僕は一体何をしに来たのだろう?リスくんに頼まれてやって来たは良いけれど、別にあの子が実質的に被害にあっていたわけでもないし。お腹を空かせて見境のなくなっているヘビくんを恐れていただけだ。ということは、今ご飯を食べて満足しているヘビくんには特に用事は無いのではないだろうか。
「うーん……」
返答を見つけられずに黙っていると、後ろから耐えかねたリスくんが出てきた。
「キツネくん、何黙ってるのさ!」
「あ、忘れてた。ヘビくん、もう一つお土産があるんだ」
「キツネくん!?」
勢いよく出てきたリスくんは僕の後ろに身を隠した。
「冗談だよ」
困った様子のヘビくんに状況を説明することにする。
「実は、僕はリスくんに頼まれて来たんだよ。君がお腹を空かせていて、いつ食べられるかわからないから何とかしてくれってね」
「ああ……なるほど」
こちらが困っている理由をなんとなく察してくれたらしいヘビくんが、おずおずと言葉を選びながら声を発する。
「実はね。最近、思うように食べ物を食べられてないんだよ」
「何か原因はあるの?」
「アライグマくん、だと思う」
ここでその名前を聞くことになるとは思わなかった。どうしてヘビくんの食事事情に森の荒くれ者が関わってくるんだろう。
「どうやら近頃、アライグマくんは一層機嫌が悪いみたいでね。出会う動物たちに片っ端から八つ当たりしてるみたいなんだよ。そのせいで、小さな動物たちがこの森に寄り付かなくなっちゃって」
そういうことか。ヘビくんが食べるのはカエルやネズミみたいな小動物だ。それが片っ端から追い出されては生きていくにも厳しくなってくる。
「でも、それじゃアライグマくんも食べるものが無くなっちゃわない?」
リスくんの発言を僕は否定する。
「アライグマは雑食だよ。肉も食べるけど、植物も食べるんだ」
「なんでも食べるんだね」
「ちなみに僕もだよ」
その発言に彼は一歩二歩と後ずさる。
「別に僕は君を食べたりしないよ」
リスくんはホッとしたように胸をなでおろして傍に戻ってきた。
現金なやつだ。
「とりあえず、そうだね。アライグマくんと話をしてみる必要があるかもしれない」
「え、キツネくん?」
信じられないものを見るような目で僕を見るリスくん。僕だって積極的に彼に関わりたいとは思わないけど。彼が最近機嫌が悪いのは、コマドリちゃんがここにやってこないこととか、クマくんに痛い目に遭わされたこととかも絡んでるんじゃないかと思う。だとしたらその責任の一端は僕にも無いとは言い切れない。
「それじゃ、リスくん。今度はアライグマくんを探してもらえるかい?」
「えー、ヤだよ」
だろうね。
「冗談だよ。大丈夫、自分で探すから」
アライグマくんの匂いは僕も知ってるし、彼がこの森で暴れてるって言うなら見つけるのもそんなに難しくは無いはずだ。
「それじゃあ、ぼくが付いていくよ」
そう名乗り出たのはヘビくんだ。
「食べられちゃっても知らないよ?」
「え、ヘビも食べるの?」
「あんまり好き好んでは食べないかもしれないけど」
少なくとも、危険であることに変わりはない。彼は暴力的で、力も強い。
「だ、大丈夫だよ。こっちが二人で行けば荒事は避けようと思うかもしれないし」
それに、と付け足す。
「元はと言えばぼくの問題だからね。少しくらいは協力しないと」
「ありがとう」
さっきは、見た目の割に気が弱そうだと思ったけれど。
その評価は撤回したほうが良いかもしれない。
「なら、一緒に来てもらおうかな」