その2
クマくんとコマドリちゃんを助ける。それも、なるべくアライグマくんを傷つけないように。他人が痛い思いをするのをクマくんは喜ばないだろうから。
あとは出来る限り僕が目立たないようにする。アライグマくんに目をつけられて今度は僕の所にやって来たら嫌だからね。
色々と注文は多いけれど、やってみるしか無い。本当、面倒くさいところを見つけちゃったものだ。
「……よし」
自分自身に気合を入れて、一度その場を離れる。もちろん、逃げるためじゃない。
なおもクマくんに暴力をくわえ続けるアライグマくんに見つからないように気を付けながら、彼らが立っている場所を観察する。そしてその頭上を確認。枝の位置とその太さなんかを鑑みて、ちょうど良さそうな木を見極める。
これは作戦の成否に直接関わってくる。慎重に、かつ早急にしないと。
「なぁ!?いつまでも意地はってんなよ!!」
「ぐぅ……ッ!」
怒声と呻き声が耳を掠めた。
苦しそうにしながらも、まだ自分より後ろで震える小鳥のことを心配しているらしい。
「コマドリちゃん……逃げて」
「そんな、あなたを置いていくなんて出来ないわよ!」
「てめぇ……!俺を無視してんじゃねぇよ!!」
そして拳が体を打つ音。
「……よし、これにしよう」
しっかり見定めた樹木に走り寄って前足をかける。
あんまり、木登りは好きじゃないんだけどなぁ……。
そんなことを考えながらゆっくりと体を持ち上げる。途中で落ちて気づかれたりしたらその時点でアウトだ。
「やり返してこい。出なきゃ死ぬぞ!?」
「僕は……暴力は使わない」
「殴れっつってんだよ!!あの時みたいによぉ!!」
「ッ……!」
二人のやり取りを聞きながら、なんとか目的の枝までたどり着いた。太くて丈夫そうな枝。それはちょうど、アライグマくんとクマくんの上辺りまで伸びている。
僕は枝の上に立つと、バランスを崩さないように体勢を低く伏せる。
「クマ、さん……」
「僕は……大丈夫だよ」
コマドリちゃんに心配をかけまいと言葉を返すが、上から見ていてもわかるくらいにフラついている。とても大丈夫そうには見えない。
「クソが!!」
その一撃を受け止めきれずたたらを踏むが、何とか倒れずに踏みとどまる。
という間に、僕の方はと言うと、音をさせないようにしながらやっと枝の中腹くらいまでやって来ていた。長い枝が、僕の体重で少したわんでいる。
「コマドリちゃんは、すぐに良くなるよ。そしたら、また……」
「んなこた、どぉでも良いんだよ!!」
大きく息を吸って、吐く。心を落ち着けて、気を引き締める。
枝の上の僕は後ろ足に力をためて、一気に解き放った。先端まで一足飛びだ。
「わああああっ」
かろうじて先端を掴んだ僕の体はしなった枝にぶら下がって、今にも殴りかかろうとしていたアライグマくんとそれを受け止めようと身構えていたクマくんの間に。
「き……っ、キツネくん?」
目を丸くしたクマくんが僕のことを呼んだ。アライグマくんも突然の事態に理解が追いついていないみたいだ。
「あはは、ごめん。木に止まってた鳥を捕まえようとしたら失敗しちゃって」
嘘も方便だ。目的のためには多少の嘘も必要なときはある。別に、この嘘で誰かが傷つくわけでもないし神様も許してくれることだろう。
「……助けてもらっても、良いかな?」
木の枝にしがみついた状態でクマくんにお願いする。
「ああ、うん。わかったよ、じっとしてて」
こんな状況にも関わらず、いきなり現れた僕のことに迷わず手を差し伸べてくれた。クマくんの胸辺りにあった僕の体を引っ張ってくれる。
「あの……枝はもう離しても大丈夫だよ?」
「そう言えば、そうだね」
クマくんの足元まで引っ張られて曲がった木の枝を、パッと手放す。
すると、無理やり弓なりにさせられていた枝は勢いよく元の形に戻った。クマくんの前に立っていた、アライグマくんを巻き込んで。
バシィィン!!
それなりに痛そうな音と共にアライグマくんは後方に打ち上がり、数回転の後に地面に叩きつけられた。
どうやら、上手くは行ったみたいだ。
「あ……アライグマくん!?」
……やりすぎちゃったかな?
慌てた様子で駆け寄っていくクマくんについて僕もアライグマくんの横に走っていく。
「だ、大丈夫?」
「くぅううん……」
優しく体を揺さぶったクマくん。アライグマくんからはさっきまでとは打って変わって情けない声が上がった。
「息もちゃんとしてるし、傷もそんなに無いみたい。気絶してるだけだよ」
散々殴られた相手を心配するクマくんに、そう伝える。
血が出ているようにも見えないし呼吸に乱れもない、頭を打ったわけでも無さそうだ。寝言とは言え、声を出せるくらいだから、多分死にはしないと思う。
「それより、心配なのはクマくんの方だよ」
「え、僕?……僕は、大丈夫だよ」
返事をしながらも、ホッとして力が抜けたのかその場にへたり込む。
「大丈夫じゃ無いじゃないか」
「クマさんっ!」
呆れる僕に、泣きそうなコマドリちゃん。彼女は転がるようにクマくんの傍らにやって来た。
「もう、心配したじゃない!」
「……ごめん」
「謝ることじゃないわ。助けてもらったことには感謝しているの」
彼女は少し淋しげに「助けられてばっかりね」と呟く。
「気にしないでよ。僕は、僕のしたいようにしてるだけだから」
「だとしても、もうあんな無茶はしないで」
フォローしたつもりが、またしても叱られている。
「ごめん」
「いちいち謝るのも禁止!」
謝罪を封じられて、クマくんは口を開けた後に発する言葉を失った。
「まあ、そのくらいにしてあげなよ」
少し可愛そうになったので、僕は彼の味方をすることにする。
「クマくんだって君を想ってやったんだから」
「……わかってるわよ」
だから嫌なんじゃない、と付け足すように言う。自分のために他人が傷つくというのは、ある意味自分が傷つくよりも辛いものなのかもしれない。
「あ、それから、キツネさんもありがと」
ついでみたいに言われた。いや、大したこともしていないんだけども。
「僕のはたまたまだよ」
「クマさんとアライグマさんの声が聞こえてなかった訳無いでしょ?そんな場所でわざわざ鳥なんか捕まえるの?」
するどいな。
「キツネくん。本当に助かったよ、ありがとう」
「二人が無事で良かったよ」
クマくんの方は無事とは言い難いか。
「とにかく、今はこの場を離れよう。アライグマくんがいつ起きるかわからないし、クマくんも体を休めないと」