その2
「まずはどのあたりから探そうか?」
尋ねた僕に頭の上のコマドリちゃんは、
「ドングリがなる木を探しましょ。その木の下が一番可能性が高いと思うから」
「そうだね。闇雲に探すよりもその方が良いね」
「あ、ほら。あの木なんかどうかしら?」
彼女の示した方角にあった木に近づいて観察する。
卵型で先が尖った形の葉っぱ。確かに、時期になるとドングリを実らせる木もこんな感じだった気がする。
「うん。じゃあ、この辺から探してみよう」
コマドリちゃんも地面に降り立ってチョンチョンと跳ねながらドングリを探す。僕もドングリの匂いを思い出しながら、土に埋もれているかもしれないその実の匂いを捉えようと頭を低くしながら木の周りをゆっくりと歩き回る。
「どう、キツネさん?」
少し離れた場所から質問を放ってきたコマドリちゃんに言葉を投げ返す。
「こっちの方は無さそうかな。そっちは?」
「私の方も駄目そうね。次を当たりましょう」
ま、そう簡単にはいかないか。
「りょーかい」
僕がそう答えると彼女はもう一度頭の上に返ってきた。
そこを定位置にするのは止めてほしいんだけど。
「あなたが歩く速度に合わせて飛ぶのも大変なのよ。かと言って歩いたら今度は私が置いてかれちゃうし」
コマドリちゃんの言うことにも一理ある。僕たちは互いに体の作りも大きさもまるで違う。一緒に行動する以上、ある程度の譲歩は必要だろう。
「わかったよ」
「次はあっちの方を探してみましょ」
「はいはい」
その後も葉の形や幹なんかを見たり、ドングリが実っていた頃の記憶を遡って、それらしき樹木を見繕ってはその足元をくまなく探した。根の影や草の後ろも調べたし、怪しげな部分は掘り起こしてみたりもした。けれど、探せど探せどやっぱり目的のものは見つからなかった。
気がつけば太陽は既にてっぺんを通り過ぎて、夕方に向かって降下を始めている。
「見つからないわね」
「そうだね」
長い時間森を歩き続けて、ふたりとも次第に口数が減ってきている。
「ごめんなさい」
「え?」
「こんな事に付き合わせちゃって」
「今更、何言ってんのさ」
頭の上で申し訳無さそうな彼女になけなしの笑顔を手向ける。コマドリちゃんのも疲労で少し弱気になっているんだろう。
「大丈夫。もう少し頑張ってみようよ」
こんな広い森のなかから、小さな樹の実を見つけようっていうんだ。徒労に終わるかもしれないなんてこと、僕もわかった上で引き受けている。
「ありがとう」
さっきよりも少しだけ明るくなった声でお礼の言葉を述べた。
「じゃあ、次はあの木の下を見てみましょう」
かと思いきや、続けて頭の上からは指示が飛んできた。どうやら調子が戻ってきたらしい。
「オッケー!」
自分で発破をかけておいてあれだけど、僕ももうちょっと気合を入れ直さないとな。
そんな思いで、勢いよく地面を蹴り飛ばした。
*
そろそろ西の森の半分ほどを調べ終わったところだろうか。陽の光もだんだんと赤みを帯びてきた。
コマドリちゃんも僕も、真剣にドングリを探し続けていた。地面をついばむようにしながら、小さな樹の実を見逃さないように注意深く木の足元を探すコマドリちゃん。僕も目と鼻をフル活用して、きっとどこかにあるはずのドングリの影を追っていた。
だから、僕も彼女も気がつくのが遅れてしまった。
カサリ、コソリと忍び寄るその姿に。
僕の耳がピクリと物音をキャッチして、その方向に視線を投げる。
「コマドリちゃん!!」
慌てて声を放るが、間に合わない。
草むらから飛び出した緑色の細長い体。大きなヘビのその牙が、危険を察して飛び立とうとした小鳥の翼をわずかに掠めた。
「きゃあああっ!」
土の上を転がるコマドリちゃん。対するヘビが次の行動を起こすより前に二人の間に走り込む。
「ぐるるるるるる……」
低い唸り声で威嚇する僕に、向こうもシュルルと下を鳴らして臨戦の構えを取る。僕は意を決して一歩前へ。
「っ……」
相手がスッと身を引くのに合わせて僕も後ずさると、そのまま背を向けて後ろ足で土を蹴り上げる。
「痛ったぁ……っ目に……!」
顔に土を受けて苦しんでいる隙に、口でコマドリちゃんを拾い上げて背中に乗せるとなるべく距離を取るために走り出した。
「大丈夫、コマドリちゃん!?」
必死に走りながら背中の彼女に呼びかける。
「え、ええ。ごめんなさい……迷惑、かけて」
「そんなことより、今は安全なところまで逃げるよ!落ちないようにだけ気をつけて!」
それだけ叫ぶようにまくしたて、あとは息の続く限り遠くまで駆けた。もうどこをどう走ったかは覚えていない。
「多分、ここまで来れば……大丈夫」
肩で息をしながら背中に向けて話す。
「ありが、とう」
途切れ途切れの言葉が返ってくる。大分弱ってるみたいだ。
「とにかく、傷を治療しないと。ここだとまたいつ襲われるかわからない。東の森に戻るよ」
「わかったわ……お願い」
ここへ来た目的は果たせていないが、そんなことを言っている場合で無いことくらい彼女が一番良くわかっているのだろう。僕の提案に素直に同意した。
太陽の位置を頼りに大まかな方角を探り、川沿いに橋を見つけ出した。オンボロ橋を渡って、東の森へ。
背中から小さな体を下ろして横たえる。
「コマドリちゃん、傷を見せて」
彼女は何も言わず噛みつかれた翼を広げて見せた。薄い茶色の綺麗な羽に、血の赤い色が滲んでいる。思ったよりも傷は深いみたいだ。
でも、僕は怪我の治療なんかしたことがない。どうしたら良いものか。
悩んでいる僕の背後でガサリ、と茂みをかき分ける音が聞こえた。怪我人をかばうように身を翻し、相手の姿を確認する。
それは、大きな大きな体のクマだった。