その2
昨日は日が暮れたら寝床に戻って眠った。
巣穴に太陽の光が差し込んで、朝がやって来たことを知らせる。夜の間は寝ていたから、今朝は起きていることにする。穴ぐらから抜け出して土を踏む。
最近は昼間に行動する事も多いからか、朝の森を散歩するのも悪くないと思えるようになっている。
光のあふれる森には、毎朝恒例の歌声が響き渡る。
そんな声を聞きながら、僕は昨日のことを思い出していた。
コマドリちゃんは、もう良い、と言っていた。
彼女は、もう自分の中で折り合いを付けていた。他人が引っ掻き回すような問題じゃないんだろうとも思う。下手に手を出すのはお節介というものだ。
そんなことは分かってる。
……分かっている。
「だけどさ」
柔らかい土にグッと足跡を刻みつけて立ち止まる。地面に投影された木の葉のシルエットがゆらゆらと踊っている。
これは個人の問題で、本人はそれに折り合いを付けている。
……僕は、それで良いのか?
彼女の出した結論に、僕自身は納得しているのか?
もちろん、コマドリちゃんの意思は尊重したい。でも、彼女の言い分はどこか言い訳のように思えてならなかったんだ。クマくんがいるからそれで良いって自分に言い聞かせているような、そんな気がした。
僕は、彼女にそんな風に納得してほしくは無かった。
*
自分の中の気持ちを整理して、僕はまた西の森に来ていた。近頃はよく来ているからすっかり慣れたものだ。
色々考えては見たけれど、やっぱり僕が彼女のために出来ることなんて大したことは思いつかなかった。
僕一人だけでは、無理だ。
だから、手を貸してもらうことにした。最初に訪ねたのは『ともだち』のところだ。
「あ、キツネくん。おはよう」
「おはよう」
「昨日狩りの練習に付き合ってもらったばかりだから、しばらくは大丈夫なのに」
少し申し訳なさそうにそんな事を言うヘビくんに、
「ああ、今日は違うんだ」
想定外の返答に彼は首を傾げる。
「今日は僕の方からお願いがあってきたんだ」
「キツネくんのお願い?」
僕は首を縦に振った。
「君の力を貸して欲しいんだ」
「いいよ。僕は何をすればいいの?」
「え?」
あまりにもあっさりと引き受けられて拍子抜けしてしまう。
「僕、まだ要件も言ってないのに」
「ともだちの頼みだからね。それに、キツネくんのことだから、また誰かのためなんでしょ?」
ヘビくんは当然ことのような顔で平然と言ってのけた。
「ありがとう。でも、僕は誰かのために動いたことはないよ。いつだって僕は僕のために生きてるんだ」
「ほんと、面白いね。キツネくんは」
「笑うところじゃないだろ?」
「だって君はいつも自分のことしか考えてないみたいな言い方するんだもの」
実際にそうだと言っているんだけれど。
「うん。まあ、良いよ。それが君のいいところでもあると思うからさ」
少し釈然とはしないけれど、とにかく事情を説明する。
「…なるほど、コマドリちゃんのためにね」
説明したのは簡単なことだけだ。まとめると、歌好きのコマドリちゃんが森の皆の前で歌を披露する場を用意したい、とそれだけのことを話した。コマドリちゃんは自分の胸の内を人には隠していたようだから、僕が勝手に多くを語るわけにも行かないと思ったからだ。
「彼女は君の大切なともだちなんだね」
「『ともだち』…か。向こうがどう思ってるかはわからないけど」
「相手がどう思っていようと、君が大切に想って、相手のために何かをしたいって思えるんならそれで充分『ともだち』って言えると思うけどな。ぼくは」
彼の言葉は、どうしてだかとても腑に落ちたような気がした。
「そっか。…そうかもね」
*
ヘビくんの協力をとりつけて、次に探したのはリスくんだ。広い森の中で小動物一匹を探すのは骨が折れた。彼を見つけた頃にはもう昼を回っていた。
「あ、リスくん。やっと見つけた」
「キツネくんじゃないか。どうしたの?」
リスくんは木の上からスルスルと降りてくると僕の頭に乗った。
「そこは君の席じゃないんだけど」
「まーまー、気にしないで」
そうは言っても気になるものは気になる。
「それで、何の用?」
まったく、いつでもマイペースだな。
少し呆れながらも、彼に促されるままに本題を切り出す。
「君に手伝ってもらいたいことがあるんだ」
「へぇ、キツネくんが僕に頼み事なんて」
そういう言い方をされると頼みたく無くなるな。……とも言っていられないので、気にせず言葉を続ける。
「少しでも沢山の動物たちに協力してもらいたいんだよ」
「ま、君がそう言うなら良いよ。手伝ってあげる」
「え、本当に?」
「何で疑うんだよ、失礼だな」
リスくんは不満そうに僕の頭の上で飛び跳ねる。
「ごめんごめん。けど、君には断られるかもしれないと思っていたから」
「たしかにね。誰かのために、なんてガラじゃない」
でも、と。
「君が言ったんだよ?小さなことから良いことをすればいいって。だから、皆のためになることをして、動物たちの記憶に残っていられるようになりたいんだ」
「リスくん……」
思ったよりも僕の言葉を真剣に受け止めて考えていてくれたようだ。その気持ちに、僕も応えないとな。
「そうだね。君ならすぐにそうなれるよ」
日が傾き始めた森のなかで、僕たちは笑い合った。




