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『逆さ虹の森』とお人好し  作者: やわか
お人好しと……
16/18

その1

 リスくんと別れてから、なんだか釈然としない感覚を抱えながら西の森を歩いていた。

 彼の言っていた言葉が何となく脳裏をよぎって、何か引っかかっている。その原因を手探りで探っていた。


 ――リスみたいに体の小さな動物は、君たちに比べると寿命が短いんだよ――


 そう、言っていた。

 どうしてこんなにも気になってしまうのだろうか。

 彼のことが心配だから?

 それも間違いでは無いはずだ。僕は少なからず、彼といられる残り時間のことを想って心を痛めている。リスくんの抱えていた気持ちに気づいてあげられなかった事もわずかながら申し訳ないとも思っている。

 けれど、今、僕が気にしているのはそういうことではないように思える。

 リスくんの事ではない。


 ふと、とある小鳥の言葉を思い出した。

 彼女はいつか、こんなことを言っていた。『少しでも多くの歌声を残したい』と。


 「……まさか」


 思わず駆け出していた。

 ただの思い過ごしかもしれない。今すぐに僕が駆けつけた所でどうにか出来るようなことでも無いかもしれない。あるいは、もう手遅れなのかもしれない。

 だけど、走らずには居られなかった。今すぐに、彼女に確かめたいことがあった。

 西の森を駆け抜け、跳ぶようにオンボロ橋を渡り東の森へ。

 僕は、声を張り上げる。


 「コマドリちゃん!!」


 東の森も思ったより狭くはない。僕がどれだけ声を張り上げようとも、森の端から端まで届きはしない。あの小さな体のコマドリちゃんを簡単に見つけられはしない。

 木々の生い茂る森の更に奥へ。


 「コマドリちゃん、いないの?」


 あの怪我から時間が経っているとは言え、まだそう遠くまでは飛べないはず。西の森までは行っていないと思いたいが。

 段々と日が傾き始めてきた森でひたすら呼びかける。

 もしかしたらもう、寝てしまっているのだろうか。


 「コマドリちゃーん!」


 カサリ、と木の葉を揺らして枝の上に影が現れる。


 「あら、キツネさんじゃない。どうしたの?」

 「コマドリちゃん……!」


 彼女は戸惑ったように笑って問いかける。


 「キツネさんから私を呼ぶなんて珍しいじゃない。何かあったの?」

 「君に、聞いておきたいことがあって」

 「あら、何かしら?」


 話を聞こうと、僕の足元に降りてきてくれた彼女に向かって、西の森から抱えてきた疑問を投げかける。


 「コマドリちゃん、ドングリを探していたよね?」

 「え、ええ。そんな事もあったわね」

 「あれはもう良いの?」

 「この怪我が案外長引いちゃってね。それに、あんまり周りに迷惑もかけられないから」


 あの時。僕がコマドリちゃんとドングリを探しに西の森に入った時。ドングリを探している理由を聞いた僕に、彼女は明確な解答を返さなかった。その時の答えが、コマドリちゃんが答えるのを躊躇した理由が今ならわかる気がした。


 「違ってたらゴメンね」

 「?」

 「君がドングリを探していた理由。…寿命が、関係してるんじゃない?」


 彼女が小さく息を飲んだのが感じ取れた。

 木の枝から一枚の葉が離れて地面に触れる、長い沈黙の後でコマドリちゃんが口を開く。


 「……よく、わかったわね」

 「さっき気づいたんだよ」


 体の小さな動物は寿命が短い。リスくんはそう言っていた。彼でそうなのだから、リスくんよりも小さな体のコマドリちゃんなんか言わずもがなだ。どうして、気が付かなかったんだろう。


 「この森でドングリを欲しがる理由なんていくつも無い。食べるものとしてだとすれば、わざわざドングリである必要はないよね。もう春も終わるようなこんな時期じゃ見つけられる確率が低すぎる。それでも、どうしてもドングリでないと行けないなら、僕に思いつく理由は一つしか無かった」


 こっちは、あの質問をした時に大体察しはついていた。


 「ドングリ池だよね?あそこにドングリを投げ入れると願いが叶う」


 そう言われている。僕にはその願いが何かまではわからなかった。そもそも、何であろうと構わないと思っていた。


 「君は自分の寿命が短いことを知って、そのことでドングリ池にお願いをしたかったんじゃない?」


 僕の並べた憶測を聞いて、彼女は頷く。


 「さすがね。……たまたま、私みたいな小鳥は長くは生きられないって話を聞いたの」

 「それで寿命を伸ばしてもらおうと?」

 「それは少し違うわ」


 今度は首を横に振る。


 「私は、別に死ぬことが怖いわけじゃない。ただ、もっとたくさんの歌を歌いたい。もっとたくさんの歌を聞いてもらいたい……そう思っていたの」


 彼女がそこまでの思いで歌を歌っていたとは知らなかった。本当に他人のことを何も分かっちゃいないな、僕ってやつは。


 「でも、もう良いのよ」

 「良いって?」

 「私には歌しか無いと思ってた。ううん、実際にそうだったのかもしれない」


 どこか遠くを見つめるようにして言葉を綴る。


 「私が歌を歌って、皆が歌を聞く。この森と私のつながりはそれしか無いと思ってたの。…けど、今は違うもの」


 視線を前に戻して僕の顔を見る。


 「あなたに『出会って』、クマさんに『出会って』、歌だけだった私の世界は広がったの。今は、毎日歌うことが出来ればよかった頃の私じゃない。いつまでも歌い続けていたいと思っていた私ではないの」

 「もう、歌は良いの?」

 「歌うことが嫌いになったわけじゃないわ。けど、そればっかりじゃなくて。今は残された時間を大切に、クマさんや森の皆と過ごす時間を精一杯生きたいと思うのよ」


 翼をはためかせて、コマドリちゃんは木の枝の上に戻る。


 「だから私は、今ある時間があればそれでいいの」

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