その3
僕たちはリスくんが木から落とした2つのリンゴを持って、アライグマくんの元へと戻った。
一つは僕が咥えて持って、もう一つは頭の上のリスくんが抱えて帰った。さっきのリスくんの言っていたことについて言及したかったけれど、果実を口に持っていたこともあってその時は諦めた。
「アライグマくん、取ってきたよ!」
さっきこの場を去ったときと同じ場所に立っていたアライグマくんに向かってリスくんが声を放る。
「おう、遅ぇよ」
僕は正直、彼が本当に待っていてくれたことに少し驚いていた。
「はい、リンゴだよ」
リスくんがアライグマくんの前に走っていき、持ってきた実を彼の前に置く。僕もついていってその横にリンゴを並べた。
「まさか本当に持ってくるとはな」
「信じて待っててくれたくせに」
その軽口に「るせぇよ」と失笑した。
果物を拾い上げたアライグマくんを見て、
「本当にゴメンね、アライグマくん」
とリスくんが頭を下げた。
「仕方ねぇな」
彼の様子を眺めていたアライグマくんは、半分呆れたような表情でフッと笑うと、
「今日のところは、そこのキツネに免じて許してやるよ」
2つの樹の実を拾い上げて、満足そうに森のなかに消えていった。
*
とある脅威が去った森の中。
「本当に助かったよ、キツネくん。ありがとう!」
礼を述べて立ち去ろうとしたリスくんの背中に呼びかける。
「ねぇ、リスくん」
「なに?」
呼び止められて振り返る。
「さっき、言ってたよね?『そんなわけには行かない』って」
彼は首を傾げて、
「そんなこと言ったっけ?」
「言ってたよ。僕が、いたずらも程々にしなよって言った時にさ」
「ああ…そう、だったかもね」
聞こえていたのか、とでも言いたそうな顔で僕の言葉を受け止めてから、またいつもの調子で冗談めかして言葉を発した。
「ほら、いたずらはリスに与えられた使命だからね」
あの時のリスくんの様子はそんな風に茶化した感じじゃなかった。
「……どうしたのさ、キツネくん」
黙ったままの僕に彼が問いかける。
「他人の事に自分から深入りしようなんて君らしくないんじゃない?」
適当な様で案外他人のことを見ているらしい。リスくんの指摘どおり、以前までの僕なら相手が話したがっていないようなことを聞き出そうとは思わなかっただろう。
「そうだよね。言いたくないことって誰にでもあるって思うんだ。だから、僕は、相手があまり言いたく無さそうなことは聞かないようにしてた」
それは別に相手を思ってのことではない。ただ、自分のためにそうしていた。相手が話さないなら無理に聞く必要はない。巻き込まれずに済むならその方が良い。
「話したくなったら、そのうち相手の方から話してくるだろう、なんて」
リスくんは口を挟まずにこちらの言い分を聞いている。
「でも、言いたくても言い出せないことっていうのもあるんじゃないかなって思うようになったんだよ。心の中では聞き出して欲しいって思ってることもあるんじゃないかって」
「そうなんだ」
「余計なお世話なら謝るよ。本当に言いたくないのなら、もう無理には聞かない」
あの時の彼の表情はどこか悲しそうで、苦しそうだったから。聞いてもらいたがってるんじゃないかって思っただけだ。勘違いならそれで良い。
「……ありがとう」
一言漏らしたリスくんは僕の方に戻ってきて語り始めた。
「僕はね、リスだから」
「?」
「リスみたいに体の小さな動物は、君たちに比べると寿命が短いんだよ」
それはなんとなく聞いたことがあった。動物たちの生きている時間は概ねその体の大きさに比例していると。
「それと、いたずらと関係があるの?」
「うん。そうだよ」
頷いて、
「こうして森の皆と過ごせる時間は長くはないけどさ。僕だってこの『逆さ虹の森』に居たんだってことを覚えていてもらいたいんだよ。できるだけ沢山の印象を動物達の中に残したいんだ」
「だからって」
「何もないからさ。僕には」
言いかけた言葉を遮るようにリスくんが続ける。
「コマドリちゃんみたいに皆から好かれる特技があれば、誰かの役に立つような物があればよかったんだけど。僕にはこの小さな体しか無い」
そのためにいたずらをする。森の皆から疎まれるとしても。
誰にも嫌われないように、なるべく目立たないように生活してきた僕にはあまりピンと来ない話だった。
「だから僕は、毎日いろんなところでちょっかいをかけるんだ。いつか僕が居なくなった後でも、あんな奴いたなぁって思い出してもらえるようにね」
皆に忘れられないようにしたい。そのために嫌われるとしても。
小さな体で生きる、リスくんの覚悟がそこにあるのかもしれない。しれないとは、思う。
……けど。
「それはやっぱり、悲しいよ」
「悲しい?」
「嫌われることで記憶に残ろうなんて。思い出してもらうなら、楽しい思い出の方が良いに決まってるじゃないか」
「それは、そうかも知れないけど」
むりだよ、僕には。
俯いて、呟いた。
「無理なんかじゃないよ」
言い切った僕の顔をリスくんが見つめる。わかったことを言うな、とでも言いたげな顔で。
「君はその小さな体で、小さないたずらを積み重ねて来たんだろう?そうやって森の皆に知られるまでになったんじゃないか。だったら、良いことだって出来るはずじゃないか。少しずつ、小さなことからでも始めればいい」
「悪い噂は広まるのが速いんだよ」
「けど、いい噂だってちゃんと広まるよ。コツコツ続けていけば良いんだよ。…そのくらいの時間はあるだろう?」
僕の発言を静かに聞いて、考えたリスくんはゆっくりと口を開く。
「そうだね。そう、かもしれない。僕も、頑張ってみるよ」
顔を上げて、小さな体のリスくんがそう言った。
「うん。協力できることがあったら手伝うからさ」
「ありがとう。僕の残りの人生で、出来る限り森のためになることをやってみるよ」