その2
思考の中、時は緩やかに流れ、柔らかな風が木々の葉を優しく揺らした。
「……はぁ」
どうしていつも、僕は面倒な問題に巻き込まれてしまうんだろうか……?
現状を嘆いても何も解決しない。今はとにかく、この場を丸く収める方法を考えないと。
普通に考えればアライグマくんを説得して、今回は手を引いてもらうのが一番良いんだろうけど。僕には彼を説得できるだけの材料の持ち合わせがない。
苦し紛れに、とりあえず口を開く。
「アライグマくん、『虹の森最強』に拘るのは止めたんじゃなかったっけ?」
「それとこれとは関係ねーだろうがよ」
ですよね。
これは彼のプライドの問題とかではなく、単純に気持ちの問題だ。いつもいつもリスくんにちょっかいかけられてばかりでは我慢の限界が来るのも頷ける。僕的にもちょっとくらいは痛い目を見て欲しい気持ちもある。
けど、それはまた僕のいない所でやってもらうとして。
「少し、落ち着いて考えてみてほしいんだけど、君はまだリスくんを殴りたいかい?」
アライグマくんは僕の後ろに隠れたリスくんの姿をじっと見つめて、しばし考え込む。
考えた上で、言葉を発する。
「……殴りたい」
それは残念。
今はアライグマくんの怒りを鎮めることを優先しよう。そもそも彼が怒っている原因はなんだっただろうか?リスくんは、アライグマくんが果物を洗っている背中を押して水に落としたと言っていた。結果、アライグマくんは川の水でびしょ濡れになったと言う話だったが、走り回ったおかげで今はすっかり体は乾いているようだ。
大抵、怒りの感情というのは一時的なもので、時間が経てば冷静さを取り戻すと聞いたことがある。
だとしたら、彼が未だに怒りを沸騰させているのは、原因がまだ無くなっていないからだと考えられる。
そう言えば、リスくんが引き起こした問題はもう一つあった。川に落ちたアライグマくんはびしょ濡れになったけれど、それだけではなく、洗っていた果物が川に流されてしまった。つまり、彼の怒りの原因は空腹だ。それを満たすことが出来れば、少なくともこの場は許してもらえるんじゃないだろうか。
「そうだ。リスくんのせいでアライグマくん、ご飯食べれてないんだよね?今からリスくんと代わりの果物を取ってくるから、それで許してあげられないかな?」
僕の提案に、アライグマくんは怪訝そうな表情を浮かべた。
「なぁ、キツネ。どうしてお前はそんなやつのためにそこまでしようとする?」
本当だよ。
改めて問われると、何でこんなことしてるんだろう、とうんざりする。
「君が怒ってるのはリスくんのせいなんだろうけど、僕がここでリスくんを君に渡したら、自分のせいでリスくんが殴られるみたいで寝覚めが悪いからね」
その答えに納得したのか、していないのか。
アライグマくんはフン、と鼻を鳴らすと、
「分かったよ、俺はここで待ってるからな。戻って来なかったら……分かってるよなぁ?」
鋭く睨みつけられてリスくんが縮み上がる。
「なるべく早く帰ってくるから、ちゃんと待っててね」
アライグマくんにそう言い残して、僕たちはその場を後にした。
*
「西の森のことは僕はあんまり詳しくないから、ちゃんと案内してよ?」
リスくんと果物を探しながら森の中を歩いていた。
「わかってるよ」
僕の頭の上に乗ったリスくんが短く言葉を返す。
そこを定位置にするのは止めていただきたいのだけれど。
彼は続けて、
「ゴメンね、キツネくん。こんな事になるつもりじゃなかったんだけど」
「謝るなんてリスくんらしくないね」
「失礼だよ!僕だって謝るときはちゃんと謝るさ」
さっきの様子を見ても、そうは思えない。
「君にあそこまで言われちゃ、さすがの僕も何も感じない訳にも行かないよ」
「大したことは言ってないよ」
「今回のことは僕が勝手に引き起こしたことで、勝手にキツネくんを巻き込んだだけのことだ。君が責任を負う必要なんて欠片も無いのに」
暖かい日差しが葉っぱの間から降り注ぐのに打たれながら、歩いている頭上の枝に木の実がぶら下がっていないか視線を走らせる。
「本当だったら、アライグマくんの言う通り、キツネくんが僕なんかのためにここまで付き合ってくれる理由なんか無いじゃない」
確かに、彼の言うとおりかもしれない。何だかんだと自分に言い訳をして、手を貸す理由をこじつけてはいるけれど、僕の行動は合理的とは言えないものかもしれない。
「ま、今回のことで本当に少しくらい申し訳ないと思ってるんだったら、いたずらも程々にしなよ?君のしたことが誰かに迷惑をかけていることが自覚出来たろう?」
「…………」
何でそこで黙るかな。
「そういうわけにも行かないんだよ」
小さな声で呟いたリスくん言葉に反応する前に、頭の上で立ち上がった彼は木の上を指さして声を発した。
「あ!あのリンゴなんかどうかな?」
リスくんの発言に気を逸らされていた僕は意識を木の枝に戻して、彼の示した先を見やる。
「え、ああ、良いんじゃないかな?いくつか持っていこう」
「じゃあ、僕が取ってくるね」
言うなり、返事も待たず軽々と幹を上って行ってしまった。すぐに枝の上から声が降ってくる。
「キツネくーん、落とすよー!」
「あ、うんっ」
答えて、顔を上げた所に赤い実が落下してくる。
柔らかい土の上で跳ねた樹の実を口で拾った所に、もう一度。
「もう一個行くよー」
「ふぇっ?」
思わず返事をしたはずみでリンゴを取り落とし、上から追加で落ちてきたリンゴが僕の頭を直撃した。