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『逆さ虹の森』とお人好し  作者: やわか
暴れん坊とお人好し
11/18

その2

 結局何をしようと殴られる運命だったらしい僕は、その運命に抗うために走っていた。

 ……カッコつけた言い方をしたけれど、平たく言えば、僕は今アライグマくんから逃げていた。

 川を離れ、森の木々の間を駆け抜ける。アライグマくんは普段、西の森で生活している。東の森の地形には詳しくないはずだ。一度撒いてしまえば簡単には見つけられないと思う。

 と、考えていたのが甘かった。


 「……速い……!」


 まず、『一度撒く』という時点でこの計画は頓挫していた。まったく引き剥がせない。『逆さ虹の森最強』を自称するだけあって、運動能力は馬鹿にできないな。

 このままじゃ、遅かれ早かれ追いつかれる。

 逃げた挙げ句に捕まったのでは、必要以上に痛い目を見ることになりそうだ。逃げると決めた以上は逃げ切らなければいけない。なるべく直線を避けて、蛇行や旋回を繰り返し、時間をかせぐ。


 「おらぁ!逃げ切れると思ってんのか!?」


 必死で土を蹴る僕の背中に怒号がぶつけられる。対してこちらには、それに答える余裕もない。

 持久戦に持ち込んだ所で、やはり不利になるのは僕の方みたいだ。だったら、一か八かだ。

 スピードを落として後ろを振り返る。


 「なんだ、もうお終いか?」


 口角を上げて、飛びかかるために速度を上げる。前足を僕の方に伸ばし、後ろ足が地面から離れたのを見て、僕は真横に進路を捻じ曲げる。間一髪、鋭い爪から逃れると藪の中に飛び込み加速。

 もちろん、この程度で彼から逃げられるとは思ってない。縮まった距離を取り戻せればそれで充分だ。


 「小細工を……ッ!クソが!!」


 複雑に方向転換を重ねながら、僕はある場所を目指していた。その場所は、オンボロ橋。正確にはその先だけど。


 「馬鹿か?西の森は俺の縄張りだぞ?」


 そんなことは分かっている。だから、一か八かなのだ。

 いつもどおり、今にも落ちそうな風体だけれど、ためらっていられる暇はない。勢いそのままに橋板に飛び乗り、歯抜けになった板を跳ねるように渡る。雨で濡れた木の上は足が滑りやすくなっている。アライグマくんも僕の後ろを追ってくるが、僕が先に走っていることで既に橋が揺れている事もあって少し渡るのを躊躇しているようだ。

 一足先に橋を渡りきって、森の中に姿を隠す。アライグマくんも遅れてついてくる。

 流石にしつこいな。

 ここは東の森と違って、普段は来ない場所だ。道に迷わないように気をつけないと。

 とは言え、何度か来たことがある。目指しているのは、コマドリちゃんとドングリを探している時に見つけたあの場所。アライグマくんが知らないとは考えづらいけど、頭に血が上っている今なら成功するかもしれない。西の森を右に左に、目的を悟られないように駆け回る。そう強くはない雨の中、日はどんどん沈み森を闇が覆っていく。走り続けているうちに足元は土から、地面の上で絡み合う樹木の根っこに変わっていく。

 僕はそこで足を止め、体を反転する。やはりあの程度で振り切れる相手ではない。しっかり後ろを追ってきていたアライグマくんも足を止めた。


 「やっと観念したか?」


 得意げに口元を歪ませ言葉を発する。まるで僕に力の差を思い知らせるためにわざと泳がせていたみたいな態度だ。


 「何でそんなに力を誇示したがるの?本当に自分に勝てない相手はいないと思ってるの?」


 危険だとは分かっているが、あえて挑戦的なセリフで煽る。

 すると、アライグマくんはほぼ反射的に口を開く。


 「ああ!?俺は『逆さ虹の森最強』だ!!誰にも負けたことなんかねぇんだよっ!!」


 足に力を込め、体を前へ。


 「……あ?」


 しかし、彼の体はその場を動くことはなく、足元に突出した木々の根に囚われていた。

 ホッと一息ついてから、今度は僕が言葉を放る。


 「根っこ広場…っていうんだよね、ここ?」


 この『虹の森』には名所、と言うと語弊があるけれど、変わった場所がいくつかある。東の森にある『ドングリ池』、東西の森を繋ぐ『オンボロ橋』。そしてここ、西の森の『根っこ広場』だ。僕も噂でしか聞いたことが無かったけれど、この場所で嘘をつくと根っこに捕まるっていうのは本当だったらしい。本当に不思議な森だよ、『逆さ虹の森』は。


 「……俺が、嘘をいたとでも?」

 「根っこに捕まったってことは、そういうことなんだろうね」


 アライグマくんが、ここのことを知らなかった訳はないけれど、プライドの高い彼なら必ず言ってくれると思っていた。


 「『誰にも負けたことがない』。この前、君はクマくんに負けてたよね?」

 「あれは事故みたいなもんだろ!?んなのが負けに入るか!!」


 確かに、そうとも言えるかもしれない。

 根っこに『嘘』と判断される基準はわからないけれど、僕にはもう一つ心当たりがあった。


 「だったら、それよりも前だ」

 「『前』、だ……ぁ?」

 「君は、言っていたよね?クマくんのことを、『()()()()()()()()()臆病者』だって」

 「だ、だから…何だ?」


 まだ、分かっていないのか、それとも分かっていないフリをしているのか。とにかく、自分の口から語るつもりは無いらしい。


 「クマくんが暮らしているのは東の森だ。そして、君が『今』暮らしているのは西の森」


 反論を止めて僕の言を聞くアライグマくん。


 「知っての通り、東西の森を行き来するにはオンボロ橋を渡る必要がある。あの、今にも落ちそうな橋をね」


 悔しそうに歯噛みする彼から、僕の演説を止める言葉は出てこない。


 「だけど、どうかな?クマくんのあの体じゃあ、オンボロ橋を渡るのは無理だと思うんだ」


 だから、と前置いて結論につなげる。


 「逃げ出したのはクマくんじゃない。……君だよ。クマくんに負けた君は、彼の前から逃げ出し、西の森に住処を移した」


 眼の前のアライグマくんの表情を覗き込みながら、彼に確認を取る。


 「……違うかな?」

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