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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第一章
9/69

9勤






 項垂れているのは金髪の青年だということが分かる距離まで来てようやく、ロベリアは「んー……」と上げていた曖昧な唸り声を「あー……」と確信を持った唸り声へと変えた。


「どっかで見たな……ローウン家の者かな。結婚式の後に居残りさせられてる面子の一人だな」

「居残り長くない!?」


 一体何日がかりの居残り業務なのだ。ごり押し結婚式で方々へ迷惑がかかっていることは何となく予想していたけれど、こんなに何日も居残り業務した果てに燃え尽きちまったぜ的な状態になるほどだったとは。それなのに、元凶の王妃は日帰ってる。

 あれ? 私暗殺されて然るべきでは?





「結婚式前からルスラン様忙しかっただろ? あれさ、レミアムの黄水晶が他所に、っていうか協会に横流しされてた事件を追ってたからなんだけど、式でこれ幸いと関係者全部呼び寄せて話聞いてるってわけだ」

「何も幸いじゃない気がするんだけど」


 一応めでたい日に何してくれてるんだあの人は。


「でもそいつら結構な数が帰されてるから、残されてる面子は薄々疑われてるのを感じてるんだろうな。日に日に疲弊してってるみたいだし」

「何も幸いじゃない気がするどころか何も幸いじゃないね」


 結婚式に何を捻じ込んでくれてるんだあの人は。

 ごり押し結婚式に容疑者捻じ込みに事後承諾。ルスランが立派に王様業やれてるか急激に心配になってきた。気がついたときには失業王になってたらどうしよう。失業王と日帰り王妃。あ、私達すっごくお似合い! まるで前世からうまくいくことが約束されていたかのようだ。

 ただし、レミアムの国民の皆様には今すぐ絶望して頂くしかない。私が国民でも嫌だよ、そんな王様と王妃。




「あのさ、私の故郷には報連相って言葉があってね。これ、三つの単語を略してて、部下にも上司にも重要なことって言われてるんだけど」

「三つの単語……報復、煉獄、爽快? 憎き相手を地獄に叩き落として気分すっきり?」

「部下と上司のくだり聞いた上でその単語チョイスする!? ……あの、ロベリアさん。ルスランは気難しい所もあるかもしれないけど、私の大事な家族なんで、報復だけは何卒ご勘弁を」

「あ、いま初めて王妃様のこと王妃様って思ったかも」


 私は二度目だけど、私の王妃様業、主にロベリアに対して発揮されてる上に私の思ってた王妃様業と全然違う。






 ロベリアが言うにはあっちでぐったりしている人はただ疲れているだけだろうということだけど、それでも意識が飛ぶほどだったらやっぱり見て見ぬ振りはまずい。結局そのまま歩を進めることにした。


 ぐにょんと動いた水壁が青年がいる部屋と繋がると、スープの上に浮いた油みたいに二つの空間がくっついた。お腹空いてきた。ラーメン食べたい。


「あ、あの、もし……そこの方……ど、どこかお身体の具合が……?」


 戸惑いがちで控えめなロベリアの声に、誰だお前とぎょっとなる。変身だけでもまだ慣れてないのに、そこに演技まで加わったらいつまで経ってもぎょっとし続ける気がする。


「もし……もし……」


 ロベリアはそっと羽のように青年の肩に触れるけれど、青年はぴくりとも動かないし呻きもしない。ロベリアが面倒くさそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。声音も手先も控えめな少女の躊躇いがよく出ているのに、青年が見てないと思ってそんな顔するんじゃありません!




「あの、大丈夫ですか? 気分悪いんですか? 動けないようでしたら誰か呼んできますが、起きられますか?」


 このままでは埒が明かない。

 私は椅子に座って項垂れている青年の横に膝をついて、顔を覗き込む。二の腕を掴んで軽く揺すりながら、覚醒を促す。寝ているだけなのか意識がないのか分からないけど、ここまでやって起きなかったらどちらにしても誰か呼んできたほうがいいかもしれない。私やロベリアでは、私達より大きなこの人を運べないのだ。


 でもその場合、どっちが呼びに行けばいいのだろう。ちゃんとお城の地図を把握できてない私より、ロベリアが呼びに行ってくれたほうがいいのは分かるけど、問題はここが水中庭園の中だということだ。ロベリアがいなくなってしまった場合、意識のないこの青年と魔力0の私で、この空間を支えることができるのだろうか。

 水中庭園の仕組みがよく分からなくてロベリアに聞こうとしたとき、青年が僅かに動いた。


「いっ……」

「大丈夫ですか? どこか痛みますか?」

「うっ……」


 呻きながら身じろいだ青年の身体がぐらりと倒れ、私のほうに倒れ込んできた。慌てて腰の力を入れて支える。上半身だけとはいえ、成人男性の身体は重い。潰されそうになりながらファイト一発で一緒に倒れ込むのは防いだ。ロベリアが慌てて青年を引き剥がしにかかる。


「な、なりません、お願いでございます、ど、どうぞ、その方をお放しになってくださいまし」


 そぉっと触れている、ように見えてわりとしっかり青年の腕を掴んでいるけれど、青年は身体を起こせないでいる。


「ロベリア、私は大丈夫だからお水持ってきてあげて。それと、誰か呼んできて。大丈夫、大丈夫ですよ、もし気持ち悪いなら吐いちゃっても大丈夫ですからね」


 背中をさすりながら声をかければ、青年は私の肩に顔を置いたままちょっとだけ身動ぎした。けれど眩暈でもするのか、すぐに呻き声を上げる。縋るように私の背に回している腕の力が強くなった。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫ですよー」


 具合が悪くなった人を相手にするとき、介抱をする人は絶対に焦ってはいけないと外部講師の先生が言っていたのを思い出しながら、出来る限り声を落ち着かせて青年の背中をさする。ただ、申し訳ないけれど何が大丈夫かは分からないし、この大丈夫には何の根拠もない。ないのだけど、介抱する人の不安は具合が悪い人に伝染するから余計に具合が悪くなってしまうらしいのだ。


「な、なりません、王妃様」


 ロベリアがこそっと耳打ちしてくる。耳打ちといってもロベリアの反対側に青年の頭があるので聞こえているかもしれないけど、青年はそれどころじゃないのか全く反応しない。本当に大丈夫だろうか。


「僭越ながら、わ、わたしくが代わります故、どうか……」


 どもりながらそう言って、そっと青年の背中に掌を這わせてそっと鷲掴みにしたロベリアは、そっと青年を引き剥がしにかかり、青年の背中にはロベリアの鷲掴みによりそっと盛大な皺が出来た。

 ……そっととつけてみればいけるかなと思ったけど、どうしよう、全然そっとに感じない。友達プライス色眼鏡でどう好意的に見ても、ふんぬぅ! って感じで力が入っているようにしか見えない。それでも青年は抜けません。



「ロベリア、いいよ。私でも支えられるし、ずっとは無理だけど。とりあえずお水持ってきて。それと誰か男の人呼んできて。この人を運べそうな人」

「え、ええと……水……」


 おどおどとした演技でちらりと向けられた視線が水壁を見た。


「それは流石にどうだろう!」

「ちっ……」


 何か聞こえたような気がしないでもないけど、すぐにおどおどとした少女の仮面をかぶったロベリアは、具合の悪い人に水中庭園の水は差しだすのは諦めてくれた。


 だけど人を呼びに行く気もないらしく、おどおどと青年の背中を引っ掴んで引き剥がそうとする動作を再開しただけだ。ロベリアは私の護衛だから、私の傍を離れちゃいけないのかもしれない。そうなると、水を持ってきてもらうのも人を呼んできてもらうのも、私ごと移動しなければならないということだ。つまり……私がこの人おぶって移動すればいいということか! 無理だな!


「あ、詰んだ」


 気づいてしまった事実に絶望した私の耳元で、青年が呻きながら身じろいだ。








「申し訳、ありません……ご迷惑、を」

「大丈夫ですよ。具合が悪いなら無理しないでください。大丈夫です、具合が悪いときはお互い様です。大丈夫、大丈夫」


 どうやら意識はちゃんとあるようだけど、どう見ても具合がいいようには見えないし、そんなにすぐ復活するものでもないだろう。しばらくこのままの体勢でいたほうがいいかと思ったけれど、私ははたと気づいた。いま彼は地面に膝をついている私に伸し掛かっている状態だけど、絶対普通に椅子に座っている状態のほうが楽なはずだ。


「あの、椅子に戻ったほうが楽だと思うんで、元の体勢に戻りましょうか」


 足腰に力を入れて、伸し掛かっている青年を押し戻そうとしたら、ふっと重さがなくなった。青年が自力で身体を起こしたのだ。


「大丈夫、です。……本当に、ありがとう、ござい、ます」


 まだ苦しいのだろう。途切れ途切れにそう言いながらゆっくりと頭を上げた青年は、大変美青年だった。顔面格差社会はんたーい。頭の中で、鉢巻きをした自分が垂れ幕を持って声高々に叫んだ。





 手入れが行き届いた金色の長髪に、橙色の瞳。お日様みたいな色の人だ。ルスランはお月様って感じだから、何だか真逆の印象である。惚れた弱みと友人と家族の欲目でルスランのほうが美人だと思うけど、この人も絶世の美人だ。私は普通の日(本)人です、どうぞよろしく。



 絶世の美人は、今にも泣きだしそうな顔で私に謝るから、何も悪いことはしていないはずなのに罪悪感が湧いてきた。


「本当に、何とお詫びすればいいのか……」

「大丈夫です、ほんと、全然。それより具合が悪いんですか?」


 青年の顔色は酷く青褪めているし、目の下には隈がべったりだ。それなのにレディーファーストを貫こうとするのか椅子を譲ろうとするので、慌てて立ち上がり、渾身の力で肩を押さえて座らせた。

 幾らなんでも今さっきまで苦しんでいたリバース一歩手前の人から椅子を奪い取るほど、私は非人道的な人間ではない、と思いたい。あと体調が悪いなら仕方がないけど、きらめきリバースシャワーイベントは出来るなら回避したいのも本音なので、どうか私の為にもあまり無茶はしないでほしい。


 私が頑として譲らなかったからか、青年は椅子を譲る行為を諦めて座り直してくれてほっとする。私はほっとしたけど、青年は酷く絶望的な顔で私を見上げた。


「も、もう駄目です……」

「え?」

「もう僕は終わりです……」

「え」

「ローウン家もお終いです……」


 しくしくと儚げに泣き始めた青年に、凄く、居心地が悪い。私の手にはさっきとは別の意味で負えなくなってきました。

 助けを求めてちらりとロベリアを見たら、おどおどと目を逸らし、水壁までしずしずと下がっていく。控えめな護衛が主の意を汲み、静かに下がっていったように見せかけて、面倒事から逃げただけだと私は知っている。だって目を逸らした、この野郎!


「えーと……ドウシタンデスカ?」


 どうしよう。なんだか凄く関わりたくないな! 

 そう思ってもこの状況で見捨てていくこともできなくて、仕方なくさっきみたいに青年の足元に膝をつく。制服でよかった。総額お幾ら百万円のドレスじゃこんなことできない。

 青年は、下から覗き込む私と目が合うと、その橙色の瞳からはらはらと涙をこぼし始めた。


「ロ、ローウン家は確かに黄水晶の鉱山としては最も若い新参者ですが、老舗のフェルノ家から御指導頂き、それなりの実績を上げてきたと自負しております。そ、それなのに、こ、こんな、こんな、黄水晶を、よりにもよって協会に横流ししているとの嫌疑をかけられるだなんて……」

「えーと……」

「他にも残っているのは新参の鉱山を持つ家ばかり……その彼らも帰宅が許されると噂が……の、残っているのは、ぼ、僕と、責任者のフェルノ家ご当主様だけ、で……フェ、フェルノ家のご当主様は、国王陛下の相談役を務めておられるが故に残っておられる。じゃ、じゃあ、は、犯人、犯人は、僕っ」


 ファイト。

 美人薄命という言葉が似合いそうな儚げな雰囲気でしくしく泣く青年に、困る。どうしよう。

 言葉を探している私の手を、青年がいきなり掴んだ。ロベリアがぱっと顔を上げた。


「もうこの世には神も救いもないのかと思っておりましたが、こんなにも絶望に飲まれた世界でも、生きる希望は見つかるのですね……」

「えーと」

「ああ、祖国を裏切った汚名を着せられて消えていく身であるこの僕にも、天使のように愛らしくも優しいあなたのお名前を伺うことは許されるのでしょうか。あなた様の名を頂戴できるなら、僕はもう死んでもいい……」


 とりあえず生きてほしい。


「僕の生を望んでくださるのですか! ああ、なんて幸福なことでしょう! 汚名を着せられて処刑されるくらいなら、僕は今この幸福に包まれて死んでいきたいくらいだ!」


 とりあえず生きてほしいし、手を離してほしい。

 思ったよりまずい体調じゃなくてよかったけど、思ったよりまずい人だった模様だ。



 両手で握られた手を引っこ抜こうと立ち上がったけど、青年の手はびくともしない。失礼にならない程度に全力で引っこ抜こうと力を篭める。それでもカブは抜けません。私の後ろにお婆さんと犬と……あと何だっけ……とにかく動物一揃えが並んで引っ張ってくれたらいいんだけど、残念なことに私の後ろにはくるくる光っている魚達しかいない。

 青年の後ろにはロベリアがいる。そっちじゃなくて私の後ろに来てほしいと思ったけど、ロベリアが青年の首の後ろ辺りに両手を構えているのを見て納得した。多分あれ、絞める気だ。こう、きゅっと。

 さっきまで具合が悪くてぐったりしていた人を絞めさせるのは気が退ける。ここはなんとか普通に手を離してもらわなくてはなるまい。王妃って大変だ。

 しかし、それにしても。



「思ったより元気ですね!?」

「そうなんですよ。具合が悪くなるのはいつものことなのですが、今日はやけに回復が早くて。……やはりあなた様は天使!?」


 もう失礼に当たるかもなんてなりふり構っていられない。中腰になって「どっせい!」と渾身の力で手を引っこ抜こうと試みるもびくともしなかった。美人薄命改め怪力美人の称号を与えよう。やっぱりカブは抜けません。


「どうしたんですか錯乱したんですか水ひっかぶりますか!? ロベリア、やっぱりお水持ってきてー!」


 水を求めて100デシベル。私は絶叫した。







 錯乱した青年によって混乱した私の絶叫は、どうやら水中庭園には致命的だったらしい。

 ぐにゃりと一際大きく波打ったかと思うと、突如として水饅頭が潰れた。私達の周りに合った空間はそのままだったから水の被害は被らなかったものの、あっという間に開けた視界に呆然となる。水中庭園だった水は、波が退くようにさぁーっとどこかに消えていく。


 同じく、私の血の気もさぁーっと引いていった。……え? これ、弁償? 総額おいくら百万円? もしかしておいくら千万円とか……いく? いっちゃう? 嘘?


「あ、やべ……」


 青年の後ろで首をきゅっとする準備をしていたロベリアがぽつっと呟いたことで、私は確信した。弁償か……。


 引いていく水を無意識に追った私の視線は、途中で人影を捉えてぴたりと止まる。そぉーっと視線を進めていくと、これだけの水が通り抜けていったにもかかわらず、全く濡れていない高そうな靴が視界に入った。


「…………月子、浮気か?」

「この渾身のおおきなカブ体勢を見てそう思うなら、ルスラン今日はもう早く寝たほうがいいよ!」


 胸元まで上げてこっちに向けていた掌を下ろしたルスランから、真顔で言い放たれた浮気疑惑に言い返した瞬間、おおきなカブが引っこ抜けた。

 私の手を掴んだままびくともしなかった青年は、何度も交互に私とルスランを見て、ゆっくりと顔を覆った。


「父上、母上……先立つ不孝をお許しください。息子は今日、死にます」


 青年はとりあえず生きてほしい。

 ファイト。










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