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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第一章
8/69

8勤








 王妃バイトは今日も順調だ。

 私は多少慣れてきたバイトの時間に、悩み事まで出来るようになっていた。



 ルスランは私のことをそういう意味で全く意識してない上に鈍いのであれば、もういっそどさくさに紛れて好き好き言いまくり勝手に練習して慣れてしまえばいいのでは?

 水中庭園の中で、私は閃いた。

 いやでもこれ、私が言い慣れると同時にルスランも聞き慣れて、真剣に告白しても聞き流されるようになるだけでは?

 水中庭園の中で、私は萎れた。




 ちなみに水中庭園とは、文字通り水中の中にある庭園である。


 空中庭園の失敗を経て、本日ロベリアが案内してくれた水中庭園は、遠目から見たときはお饅頭みたいだなと思った。水饅頭に例えるならば、皮の部分が水で、餡子の部分が庭園だ。四方八方を水に覆われた光景は水族館に似ている。

 けれど、その水は形を持って庭園を覆っていても、決して固形になっているわけじゃない。なんでもこの水饅頭もとい水中庭園は、形を変えられる特性を生かして沢山の人が入っても個室のように区切ることができるそうだ。声も響かないからちょっとした話し合いの場にも使えるそうだけど、如何せん壁が水だから誰が誰と話しているか見ようと思えば見れてしまうこともあり、密談には向いていないという。


 だから気をつけろよとロベリアは忠告してくれたけれど、今のところ密談を行う予定もなければ、ここが魔力が無いと使用できない施設である限り私が使える未来もない。




 水がぐにょんとたわんだ様子を見るに、また誰か使用者が入ってきたのだろうけど、水が避けてくれるのは魔力で寄せているからだ。私が使用しようとしたら、ぶにぶにの壁に押し戻されるだけである。早急なバリアフリー可を求む。バリアはフリーらしいけど。黙れ小僧。





 壁も天井も水に覆われ、蓮みたいな葉っぱも花も水の中を流れていて、いつまで見ていても飽きない。

 あ、魚もいる……蛍光ペンみたいな色した魚、初めて見た。きらきら光って星みたいだ。魚達はくるりと一回転する度に色を変え、形を変え、大きさを変え、自由気ままに泳ぎ回っていた。……君達本当に魚? LED仕込まれた折り紙とかじゃなくて?



 指で壁をぶにぶにとつっついてみる。指の力で中に押し込まれていくけど、破れたりしないし、指も濡れていない。天井部分は薄くなっているのかロベリアが薄くしているのかは知らないけど、壁部分より水の量が少なくて光源が遮られずそれなりに明るい。

 でも、文字を呼んだりするには少々薄暗い、というのを理由に、宿題はそっと仕舞われたままだ。やっぱりほら、目は大事にしないといけないと思うのである。目も心も蝕む数学の宿題は、明るい光の下で穏やかな気持ちで行われるべきなのだ。




 ポケットに単語帳だけ突っ込んで、思いっきり伸びをする。そう、今の服にはポケットがあるのだ。何故なら、今日の私は制服だからである。


 放課後からの数時間だけならともかく、朝から晩までドレスでは、気も張るし肩も凝ると最初の週末で懲りたのだ。

 ルスランからも許可は取ってあるが、足と胸元が出る服は駄目だということでまず制服であるセーラー服が却下された。学校の制服がアウト判定をくらったら困る。だって制服は、全ての礼装として使える学生特権の正装なのだ。協議の結果、足はタイツを穿くこと、上はカーディガンを羽織ることで決着がついた。この恰好、絶対夏は暑いので、また協議する必要がありそうだ。




「膝下スカートも駄目って、判定厳しいよね……」

「王妃様が開かなかった柵を乗り越えようとしてたって噂を耳にしたんじゃね? 事実だけど」

「うっ……魔力が無いと開かない扉にも問題があると思いませんか?」


 しまった自業自得だった。膝下のスカートも駄目となると持っているスカートのほとんどがアウトだったので後でごねてみる気だったけれど、自分の所為となると話は変わってくる。ルスランからスカートOKが出る優等生になる方が先らしい。


「王妃様業なんにもしてないのに、課題が増えていく……」

「それな」


 重厚な声の似合う重々しい雰囲気のおじさんが、軽い言葉を返してくる。いつの間に姿を変えていたのかとぎょっと瞬きしたら、指を吸っていてもおかしくないくらい小さな女の子が大きな瞳できょとんと私を見上げていた。どうしよう、異世界にはちょっと慣れてきたと思っていたけど、一番身近なはずの護衛に慣れない。



「おうひさまはさ、どんなおうひになりてぇの?」


 舌っ足らずな様子まで見事に再現されていて、目の前にいる女の子は本当に小さな小さな子どもではないかと錯覚してしまう。まあ、瞬きの間にむきむきむっちょまんになっていたので、本当に錯覚だったのだけど。


「どういう意味?」

「いやさぁ、何て言うのかなぁ」


 今度は見上げなければならなくなった相手の為に顎を上げる。上げたり下げたり、存外疲れるものだ。でも首を上げたところでまた姿が変わり、見慣れた大人しい茶髪の女の子になっていて、大体同じ目線にほっとした。


「レミアムはさ、世界で唯一の独立国家だから、王様すっげぇ忙しい方だし、その分敵も多い。この辺り聞いてる?」

「ん、あんまり」


 忙しいのは知ってる。見ていれば分かるから。だけど、どうして忙しいかは知らない。

 ルスランは教えてくれないから。聞いても、私には教えてくれないから。私は絶対にルスランの味方だと分かってるくせに。

 そういうところは、ちょっとずるい人なのだ。



「そっか。──聞く?」

「うん」


 もちろん。

 躊躇わず頷いた私を見て、ロベリアはちょっと目を細めた。










 魔術を使うには必ず黄水晶が必要となる。それはルスランと曾お婆ちゃん以外のどんな人間にも共通のことだ。だけどというべきか、だからというべきか、その黄水晶を巡っての争いは絶えなかったという。


「力のある国が黄水晶を独占し、黄水晶が足りない小さな国や弱い国は生活すら事欠くようになった。大量の餓死者の後に流行った疫病で滅亡した国すらあった。その現状を憂えた人々が、黄水晶を平等に配分しようと声を上げ、出来上がったのが協会だ。協会は世界中の黄水晶を一端保管し、それぞれの国へ必要数を配分していく方法を取った。勿論、黄水晶を抱え込んでいた国や黄水晶産出国は猛反対した。それこそ天地をひっくり返すような戦争が起こった。その影響で沈んだ国もあったくらいで、あの時代は国が出来たり無くなったり、しょっちゅうだった。だけど段々民衆の思想も協会寄りになっていって、最終的には協会の主張が認められ、世界中の黄水晶は協会が管理するようになったんだ」


 初めて聞くこの世界の成り立ちだ。あったこと、起こったこと、授業ではテストに出るかどうかくらいしか気にせず聞き流してしまう、歴史と呼ばれる話。自国の物は教科としてしか学ぼうとしていない、必死になって知らなくても生きていけてしまうこと。でもきっと、知っていた方がいいことで、本当なら知っていなければならないこと。

 けれど、自国の歴史すらそんな有様の私だけど、他所の世界の『協会』という単語は知っていた。それがどういった組織で、どういった役割を果たしているかは知らない。聞いたのは一度きりだ。


 でも、絶対に忘れない約束と一緒に、私はその単語を覚えている。





「だけど、それから何百年か経った今は、協会が黄水晶を独占してる。気に入った国へは大量に流し、要求を呑まなかった国へは最少数しか渡さない。戦争すら管理して、勝敗は協会の思うがままだ。だって、協会のお気に入り国とは黄水晶の質と数が違うからな。魔術士の優劣は魔術の質や威力で決まらない。協会のお気に入りになるか否かで実力が決まっちまうんだ。おかしいよな」

「うん」

「でもさ、そうなってからが長すぎて、もうこれが当たり前になっちまったんだ。各国は協会に気に入られようと必死で、娘を嫁がせて少しでも繋がりを濃くしようとか、そんなことばかりに力を注ぐ。今や世界は、協会の属国だ」


 いつの間にか天井の水壁が厚くなり、日が遮られていた。薄暗くなった水中庭園内を、色とりどりの光を纏った魚がくるりくるりと泳ぐ。


「だけど、レミアムだけは違う。ルスラン様が独立させたからだ。レミアムは世界で唯一、協会に隷属していない。だから、ルスラン様には敵が多いんだ。外にも、内にもな」

「外には、分かるけど、内にも?」

「そりゃあな。協会は、冷遇されれば生きるにも事欠くが優遇されれば一生安泰だ。何したって許される。村を焼こうが女襲おうが、王族を殺そうが、全ての罪は不問に処される。協会お抱えの魔術士の罪を問えば、自分達の国が不利益を被るからな。だから協会直属の魔術士はほぼ無法だと思ったほうがいいぜ。というか、近づかないほうが無難だ」


 ロベリアの瞳は、私を通り越して後ろの魚を見ているようだ。その瞳の中を、魚の光がくるりくるりと回っている。今は影が差して黒っぽい色だけど、本当の瞳は何色なんだろうとふと思った。





「ま、そんなことだから、協会の甘い汁を吸いたい奴、または今まで吸ってた奴は、そのお膝元に戻りたいんだよ。レミアムが協会から独立できたのは、ここが世界でも最大規模の黄水晶産出国だった事と、ルスラン様が黄水晶を必要としないのに世界五大魔術士に名を連ねるほどの力を持ってた事が大きい。そのルスラン様はずっと一人身で、レミアムは他に王族を持たない。その不安定さから、早い内に協会に許されてその傘下に戻りたいって連中も多い。自分から戻ってくるのと、戻らざるを得なくなるんじゃ、協会からの扱いはだいぶ違うだろうからな。で、それを踏まえて王妃様だ」


 くるりと瞳の中を泳いだ光のように、ロベリアの声音と掌かひっくり返る。私がやったみたいにこっちに向いた両手の人差し指を見て、思わず瞬きした。


「私?」

「そ。独立以降そっぽ向かれてた貿易も、最近はやっと再開され始めて、色々軌道に乗り始めた。でも、相変わらず厄介事は溢れてるし、敵も多いままだ。そんな状態であの方がごり押しで迎え入れた王妃様にみんな注目してたわけだ。レミアム王の懐刀となるか、よもや月光石と成り得る存在か、みたいにな」

「そしてまさかの魔力0!」

「そう! 爆笑した」


 私も同じポーズを取り、両手の指先をロベリアの指につける。二刀流異文化交流である。光りはしなかったけど、体温はじわりと移ってきたし、きっと私の体温もロベリアに移っただろう。

 特に意味もなく押し合い圧し合いしながら、ロベリアは話を続けた。


「王妃様つっても、いろんな人いるじゃん。ぐいぐい表に出てくる人、政策に口出さなきゃ気が済まない人、表には出たくない人、地位だけあればいい人、自分の実家が守れればいい人、王様に愛されればいい人、子どもだけいればいい人。王妃様はどれかなぁって見てたけど、いまいち分かんねぇんだよなぁ。楽しそうで何よりだって感想しか出てこねぇんだけど」

「ひたすら楽しいです、すみません」


 ぐいぐい押してたら、ロベリア側の力が抜けて指先がずれた。そのままお互い力を抜いて腕を身体の横にぷらりと落とす。ロベリアの目にはもう光が泳いでいないから、今は私を見ているのだろう。光る魚は今どこを泳いでいるのかなと思ったら、頭上だったようで、いろんな色がきらきらと降り注いでくる。

 まるで星が降ってくるみたいだ。世界に散りばめられた地上の星を、私は見たことがあった。




「んー……たぶんこれ言っちゃうとレミアムの人とか、特に王妃になりたかった人にぶん殴られると思うんだけど……内緒にしてくれる?」

「おー。っていうか、俺がこういう話を王妃様にしてるってばれたら、ぶん殴られるどころかあの方に首飛ばされるから、王妃様こそ内緒にしてくれよ」

「えー? ぽろっと言っちゃったら困るから、そういうことは最初に言ってよ。そういう心構えで聞くから!」


 くるくる光を回して色を形を変えていく魚達の中で、一匹あんまり動かない子がいて、なんとなく目で追っていく。他の子みたいに鮮やかな色をしてないな、珍しい、なんて思ってちょっと笑ってしまう。だって、珍しいと思ったその子は私がよく知っている魚の色だった。






「私はたぶん、王妃とかはあんま関係なくて……ただ、ルスランの味方なんだよ」

「好きだから?」

「そう、だけど、たぶんそうじゃなくて……好きとかそういうのの前から、私はずっとルスランの味方でいようって決めてるんだ。好きになったのはその後だから、なんかこう……違う気がするんだよなぁ」


 一匹だけ光らない黒っぽい魚に手を伸ばす。なんだか、きらびやかで夢のような世界に交ざりこんだ私みたいだ。

 やあ、君も魔力0? 私も魔力0だけど夢が叶ったから、君も諦めないほうがいいよ。十年後くらいにぽんっと叶うかもしれないから。夢の先では、初めての世界でも、初めての景色でも、初めて向けられる類の視線でも、あんまり怖くなかったよ。

 なんだかちょっと親近感が湧く君にも、特別に教えてあげる。


「私の夢はね、ルスランが一人で泣かなくていいように、手の届く場所にいることだったんだよ。目の前にいるのに届かないのも、自分じゃどんなに頑張っても近寄れないのも、本当に悔しかったから」


 チラシの裏に書かれた、なんてことのない曾お婆ちゃんのメモで私の夢は叶ってしまった。だから他の望みは自分の力で叶えなければ。

 問題は……好きってどうやって言えばいいの?




 そして、全く反応が無いロベリアをどうすればいいのだろう。

 話題の切り替えに困って視線を彷徨わせた私は、もっと困ることになった。下を向けた掌を前後に振って、全く動かないロベリアを呼ぶ。


「ごめん、話し変わるんだけど、あの人気分悪いのかな? それとも寝てるだけかな」

「んあ?」


 間の抜けた声を上げたロベリアは、私が見ている先を覗き込んだ。

 揺れる水によってたわむ景色の向こうに目を凝らせば、がくりと頭を垂れて俯いている人が見えた。燃え尽きちまった感じだけど、具合が悪いんだったらほっといたらまずいじゃないだろうか。でも疲れて寝てるだけだったら起こしたほうが迷惑だろうし。


「んー……誰だー……?」


 瞳の上に手をかざし、目を窄めて水壁の奥を覗き込むロベリアは、ふっと肩の力を抜いた。


「見えねぇ。ちょっと近づくか」


 ここから判断することは諦めたらしい。




 ロベリアが掌で水壁に触れると、水壁はぐにゃりと動いてその場所を譲った。私のときはぶにぶに反発してきたというのに。反抗期ですか。思春期ですか。私だって青春思春期だけど、ぶにぶにいじけたりはしないもんね。

 この世界、ほんと魔力0に厳しい。ぶにぶにいじけながら、ロベリアの後についていく。


「あ」

「あ?」


 途中で気づいて慌てて元の場所に戻ろうとして、既に閉じていた水壁に遮られた。ぼよんと跳ね返って尻餅をついた私に、ロベリアは呆れた顔をした。打ったお尻とぶつけた顔をそれぞれ手で押さえて呻く。ロベリアさん、大変残念なことに、空中庭園に続いて水中庭園も私には向いていないようです。


「宿題忘れた……」

「わざと忘れてたのかと思ってた」

「えー……」


 あいたたたと打ったところを押さえたまま、そろそろと立ち上がる。痣になってそう。やだー、久しぶりー、元気にしてた? 蒙古斑さぁ、ちょっと痩せたんじゃない?


「私はこれでも平均よりは上位寄りの成績保ってるんだよ。めちゃくちゃ頑張ってその程度だけど。真面目なんですよ、これでも」


 ロベリアの手によってあっさり道を作った水壁を恨めしく見つめながら、数学の宿題を取りに走る。そのときにさっきの黒い魚を探してみたけど、光っていない魚は薄暗い水壁の中に紛れてしまったのか、姿を見つけることは出来なかった。










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