7勤
「この海老みたいなの美味しい!」
「海老みたいじゃなくて海老だな」
「この鶏肉みたいなの美味しい!」
「鶏肉みたいじゃなくて鶏肉だな」
「このじゃがいも美味しい」
「それは水晶の泉と呼ばれるほど澄んだ美しい水でしか作れないことから、金の種と名付けられた野菜だ」
「なんでじゃがいもだけ一番異世界感溢れてるの……?」
一部納得いかない芋もあったけれど、異世界の王様の食事は毎日大変美味しく、また楽しく頂いている。ご馳走様でした。いや、ほんとご馳走でした。お高いお食事フルコースって感じでした。食べた場所はルスランの寝室でだけど。
異世界の王様の豪華一直線な夕食を、豪華一直線な寝室のベッドの上で胡坐かいて頂く背徳感は半端ない。けどルスラン曰く「床で食べるよりましだろ?」とのことなので、お行儀悪くベッドの上で食べ終わった後のお皿を適当に重ねながら、部屋の中を見回す。
「ルスラン、自由にできる部屋少なすぎない?」
「ここ以外だと、誰かしらが世話焼きにくるんだよ。マクシムとかマクシムとかマクシムとか」
「誰かしらがほぼ一択! ルスランなにしたの、信用ないね」
「……食べるの面倒で昼抜いて寝てただけだ」
「…………お母さんに言いつけてやる」
「待ってください月子さん! お母さん怒るとピーマンオンリー料理出してくるだろ!? お前もピーマン苦手だから諸刃の剣だぞ!」
「ルスランのネギまだけネギネにしてやる」
「あ、それはそれで」
焼き鳥改め焼きネギだけでも美味しく頂けるルスランは、あながち満更でもない顔をした。私はネギもちょっと苦手。食べるけど。
デザートの甘い炭酸水みたいなのを飲みながら、見慣れた部屋の中をぐるりと見回す。今は紫色でしゅわしゅわ泡立っているこれは、光る上にたまに色が変わるから最初はおしゃれな照明かと思ったものだ。何の躊躇いもなく飲んだルスランに、彼の錯乱を確信して、正直に告げたら怒られた事件でもある。だってそれ、初めて見たら飲み物って思えないよ。
「ほんっとこの部屋、昔からなんにも無いね。豪華だけど」
「豪華でも電波入らないんだよなぁ……」
一国の王様が、電波を探して三千里。鏡台とゲーム機持ったまま、寝室をうろうろしている光景は大変シュールでした。
春野家のサンタクロースは、必ず異世界の王様の分も渡してくれるので、携帯ゲーム機もちゃんと二人分あるのだ。ただ異世界に電波が無く、それはどうにも、それこそ魔法を使ってもどうにもならなかったのである。ルスランはその日その日で電波が入りやすい場所を探してうろうろ彷徨っていたから、私もこの部屋の内情には大変詳しい。この部屋しか知らなかったけど。
ルスランが手に持っている飲み物は緑色になって、しゅわりと音を立てた。
「月子さん月子さん」
「なんですかルスランさん」
「王妃バイト、やってみて如何ですか?」
「んー……」
水色になった自分の飲み物に口をつけながら、ちょっと考える。ルスランはそんな私を身じろぎもせずじぃっと見ていた。
下から飲み物の緑の光が当たっている。髪の毛の内側が緑を反射して、とても綺麗だ。角度によって色を変える瞳は下半分だけが緑で、ゆらゆらと揺れる光が泳ぐ。
異世界だなぁ。綺麗だなぁ。嬉しいなぁ。
「好きだなぁ」
間違えたなぁ。
「た、楽しいです」
「何で言い直した?」
「一身上の都合です」
誤魔化すために一気飲みした飲み物は、当然ながら今の一瞬でしゅわしゅわ音を立てていた炭酸が抜けきるはずもなく。そんなものを一気飲みしたらどうなるか、火を見るより明らかだ。
盛大に咽こんだ私に慌てたルスランが背中を擦ってくれる。私のドジでさっきの話題が流れてくれて万々歳だ。やったね。鼻水も流れたけど、万事OKだ。鼻の奥、すっごい痛い。
「やっぱり机と椅子はいるか……寝台の上で食べると危ないな。なあ月子、お前椅子は背凭れある物がいいか? それともお前の部屋にある椅子みたいに回る物がいいか?」
私の背を擦りながら真剣に寝室の食堂化を計画している私の好きな人、ほんと見当違い。鈍くてよかった好きな人。まあ、私が恋愛対象として全く対象に入れてもらえてないということだけども! ベッドの上でピクニック宜しく豪華フルコース並べちゃえるところから分かってたけども!
「……回る方がいいです。でも、あんまり重くないほうがいい。あんまり重いと動かすの大変」
「そうか。じゃあ浮いてる物にするか」
「浮くの!?」
「浮くぞ?」
当たり前に返されて、全然当たり前じゃない私は浮く椅子を必死に想像した。しかし、想像力が貧困すぎて、普通の四足の椅子が地味に浮いている姿しか想像できない。
自分の想像力の無さに泣けてきた私は、ついでにもう一つ皆無だったことで泣けたことを思い出した。
「王妃バイト、楽しいは楽しいんだけど、魔力0に厳しい世界に心折れそう」
「あー……」
神妙な顔で嘆く私に、ルスランは曖昧な声を返事に変えた。
「指先一つでお手軽簡単レベルの押しボタンみたいな手軽さで魔力要求しないでくれる!?」
「実際そのレベルなんだよ……。みんな持ってるから」
「水の上に魔力で出さないと足場のない通路とか、現れない階段とか、開かないドアとか、つかないライトとか、鳴らないベルとか、一ミリたりとも動かない椅子とか!」
バリアフリーを要求します。
据わった目で挙手した私に、レミアム王はふいっと視線を逸らした。
「……バリアは自由に張っていいぞ」
「多分この世界の人には通じないネタだよ、それ!」
「……通じない。普通は障壁って言うし、そもそもバリアフリーの概念が無い。魔力で補えるし」
「分かってて言ってるのが腹立つんですが!」
散々、道という道、設備という設備で締め出しをくらった恨み許すまじ。まじ許すまじ。
「月子は律儀に反応してくれるから好きだぞ」
はい許した。好きな人が私のことを好きと言ってくれたこの事実で世界は平和だ穏やかだ。全ての諍いも争いごとも許し許され、世界はオールハッピー!
「あ、そう言えば明日土曜日だから朝からくるだろ? 宿題持って来いよ。金曜五限の数学の先生、いつも結構な量の宿題出すだろ。時間があれば見てやるから持ってこい」
「へーい……」
全ての諍いも争いごとも許し許され、世界には宿題が残った。