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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第一章
6/69

6勤







 私は、未だべしべしはたかれている指を回収し、ぎゅっと握りしめて拳を作った。


「だけど、暇! 日帰り王妃って本当仕事ない!」


 勢い余って立ち上がってしまったけど、それくらい気合いは有り余っていた。





 結婚式では、着慣れない服、見慣れない景色に光景に人々に儀式にで、私自身が気張ってやるべきことはほとんどなかったものの、慣れないことのオンパレードで大変疲れたものだ。

 その経験があったので、これから始まる王妃バイトはさぞかし過酷だと思いきや、放課後に出勤、日向ぼっこ、日が暮れたら室内でロベリアと喋りながらボードゲームやカードゲーム。退勤してきたルスランと夕飯。その後ルスランに時間があればルスランと、なければロベリアと適当に時間を潰して、21時前になれば、お疲れ様ですお先に失礼します、だ。割のいいバイト過ぎる。

 こんな仕事内容で高額なお給料もらったら、罪悪感でレミアム国民の皆様向けて反射的に土下座してしまいそうだ。

 かといって、何をすればいいか分からないし、余計なことをしでかして皆様のお仕事を増やしてしまったら本末転倒である。




 結果、気合いだけが宙ぶらりんになってしまった。一日中きょろきょろそわそわしていた最初に比べたら、少しは気の抜き方が分かってきたけど。


 スカートをわさわささせながら、とぼとぼと東屋を出た私の後を、ひょいっと立ち上がったロベリアがついてくる。見た目は地味目で大人しい女の子なのに、動きは妙に身軽で、そのギャップが結構好きだ。これがギャップ萌えというやつなのだろうか。





 特に当てもなく庭園内をぐるりと歩く。

 見たこともない植物に囲まれていると、本当に夢の中にいるみたいでふわふわする。私は抜けかけた気合いを適度に入れ直す。旅は恥のかき捨てと言われるくらいだから、もっと気をつけないと、私の恥ならまだしもルスランが恥をかくようなことになっては切腹物だ。

 バイトの許可を出してくれた時に両親からもらった『相手様に失礼のないようにね』の言葉を胸に、背筋を伸ばす。






「日帰りじゃなくても、新参王妃様はしばらく仕事ないと思うぞ。いま城中ばたばたしてるし」

「そうなんだよねー。だって結婚式とか抜きにしても、それ以前からルスラン忙しかったんだよねー」

「よく知ってるなー」

「でっしょー?」

「うっわ腹立つ!」


 人を両手で指さしているのは失礼の権化だけど、ロベリアも初対面で『あ、日帰り王妃』って指さしてくれたことだし、お互い様ということで……。


「なんで忙しいのかは知らないけど」

「あー、だろうなー。あの方あんまり仕事のことは喋らなそうだ。というか、雑談してる光景が思い浮かばねぇ……」

「えー? 普段は基本どうでもいいこと話してるよ? 赤はたぬきだったかきつねだったか、とか」





 目的もなく歩いていたら、自然と来た道を選んでいたみたいで、空中庭園に繋がる唯一の道である階段の前に来ていた。端っこまで来ても受ける風はそれほどじゃないから、もしかしたら庭園一体に魔法がかかっているのかもしれない。魔力0の私には一生確かめようがないけども!


 これ、下りるのか……と、そぉーっと下を見る。あ、やっぱり無理。はるか遠くで小指の先ほどの大きさになっている人を眺め、もう一度階段に視線を戻して心が折れる。どうしてこの階段透明なの? そりゃ宝石みたいにきらきらして綺麗だけど、美しさと儚さが同居し、透明度まで加わり、完璧だ。

 この階段絶対『この上通りたくないで賞』今期の優勝作品だ。



 下手をすると一生ここで過ごさなければならない可能性が出てきた。日帰り王妃改め、空中庭園住み王妃ですこんにちは。




 階段が繋がった先を視線で辿り、お城の外壁を眺める。

 そろそろ夕焼けになろうとしている太陽の光を反射して赤く染まったお城はとても綺麗だけど、なんだか燃えているようだ。だけど、燃えているわけがない。だって外壁には、パイプもないのに円柱の形をした水の柱が数え切れないほど走っているのだ。レミアムは世界でもトップクラスの浄水機能を誇るらしく、水の大国とも氷の大国とも風の大国とも炎の大国とも呼ばれているらしい。……二つ名、多くない?


 お城は、透明な部分もあれば煉瓦みたいな部分もあるし、え、それ紙……? みたいに見える部分もあって、もう素材が何だかよく分からない。もう硝子なのか水なのか氷なのか、もしかしたら炎なのかもしれないよく分からない透き通ったお城の廊下を歩いている集団を見ていたら、突然モーゼの如く割れた。



「あ、ルスランだ」


 その先を辿ったら、白銀色の長髪が先頭を歩く集団がいた。頭の端がちらちらと見えるだけで、しかも後ろ姿なのに、親しい人だと何故かそれだけの情報で誰か分かってしまうから不思議なものだ。


「おー、すげぇ。よく分かったな。王妃様視力いい?」

「んーん、普通。でもルスランは遠目でも分かるよ。長い付き合いの……好きな人だし」


 誰かに向けてちゃんと言葉にしたのは初めての音に、言ってから無性に恥ずかしくなってきた。いやでも、ルスランとの関係を進展させたいのなら、しかもバイトとはいえ王妃なのだから、この程度で照れている場合ではない。

 ないのだけど、おいおい慣れていかなければと思うもやっぱり無性に、それこそ叫びだしたいほど恥ずかしい。


「いやぁ、まさかあの方が恋愛結婚するとは。世界中の誰も思ってなかったと思うぜ。というか、誰かを好きになれたんだなぁ。そしてまさか王妃様みたいな相手を選ぶとは……」

「どういう意味でしょう」


 なんとか外面を取り繕って、頑張って受け答えする。そうでなきゃ、じわじわ熱を持っていく頬が爆発してしまう。


「あの方と王妃様、全然性質違って見えるし、敵の多いあの方の元にわざわざ世界越えてまでよく嫁ぐ気になったなぁって。あ、これ俺が言ってたって知られたら首飛ばされるから内緒な」

「私は何があっても一生ルスランの味方だよ。友達だし、家族だし……好きだし」


 あ、無理。やっぱり恥ずかしい!

 内面から噴火した恥ずかしさに耐えられなくなり、せめて身体から出してしまおうとすぅっと息を吸い込む。胸が膨れ、意識の隅々まで行き渡った呼吸を、一気に吐き出した。


「ルっスラ──ン!」

「嘘だろ王妃様!?」


 突然全力でルスランを呼んだ私に、目玉が飛び出さんばかりに驚いたロベリアは、凄い勢いで私の口を塞いだ。でも、既に放たれてしまった私の声は、夕方の慌ただしさをもってしても抑えられなかったらしく、お城中をエコーが駆け回っている。らーんらーんらーん……とご機嫌な私のエコーはすでに回収不能だ。



 ぎょっと目を向いたのはロベリアだけではなく、ルスランの周りにいる人やルスランの為に道を空けた人も身を強張らせたのが遠目にも見て取れた。当のルスランはというと、きょろりと視線を回し、私の場所でぴたりと動きを止めた。


「やっほー」


 この音量では聞こえないと分かっているけれど、手を振っているとなんとなく無言は避けてしまう。ひらひらと掌を振る私に、ルスランも軽く片手を上げた。

 さっきのモーゼなんて比じゃないくらい、ルスランの周りから人がいなくなる。凄い、跳ねのいたおじさんまでいる。


「すげぇ……あの方が笑ったぞ……」


 信じられないものを見たといわんばかりにルスランに釘付けになったロベリアが思わず零した言葉に、私はなんともいえない気持ちになった。

 あの人、『この面どこからでも切れます』をどこからも切れなかった私を見て爆笑してたよ。しかも自分も開けられず、渾身の力で引っ張った袋を破裂させて芋けんぴぶちまけたよ。

 しかし、そんな過去はそっと私の胸にしまう。いくらなんでも自分達の王様の笑いの沸点が、どこからでも切れませんだと知ったら驚く通り越して何だか切なくなってしまうと思ったからだ。だから私は無言を貫き、未だ驚愕しているロベリアを生温かい微笑で見守った。

 私は、正直いま初めて、王妃としての務めを果たした気がしている。





「あ、それと多分、ルスランここに来るよ」

「は!?」


 ん、と、指さした先では、ルスランがくるりと方向転換して元来た道を歩いている。モーゼのごとく割れていた人達がほっと元の状態に戻っていたのに、モーゼ再び。阿鼻叫喚である。

 モーゼの再来により再び割れて頭を下げている人達の慌てふためく様が、ここからだとよく見えた。ルスランが戻ってきたことでびよんとばねのように飛び上がっている人を見る度に、罪悪感が湧いてくる。


「……これさ、私の所為かな?」

「……日帰り王妃様さっさと日帰ってくれ、くらいは言われてそうだな。っていうか、どうしちゃったんだよ王様ぁ……」


 しおしおと萎れていくロベリアは、大人しめの少女の外見と相まって大層悲壮感が溢れだしている。え? これも私の所為? とりあえず何の足しにもならない慰めでその背を擦っていたら、階段に見慣れた姿が現れた。


「ロベリアぁー、ルスラン来たよー」

「……お前達は何をやってるんだ?」


 一番上までぴったり閉まった襟元を片手で少し開けたルスランは、呆れた目で地面にしゃがみ込んだ私とロベリアを見ている。私を出迎えてくれた時と服が違う。一日何回着替えるのだろうか。好きな人のいろんな恰好を見られるのは大変役得だけど、あいにく私は庶民なので洗濯大変だろうなぁと思ってしまう自分も捨てられない。


「何もしてはいないんだけど、強いていうならその階段が怖くて帰れなくなってる」

「王妃様降りられなくなってたの!? 言えよぉ……」


 正直に答えたら、しゃがみ込んでいたロベリアが飛び起きた。いやはや面目ない。







 好きな人と向かい合って両手を繋げたら、それはきっと、とても幸せな時間となるだろう。

 そう思っていた時期が、私にもありました。


「無理無理無理無理無理! 高い! 怖い! あと暗くなってきた!」

「だから暗くなり切る前に早く城に戻るぞ! ほら、もう三分の一来たから! 馬鹿っ、下は見るな! 前を見てろ、前!」

「この角度だと前見たら自然と下見えるじゃん!」

「俺の顔を見てろ!」

「うわぁ! イッケメーン!」

「そうだろ!? あとお前俺の妃だからな!? 他の男にそれ言ったら浮気判定するぞ俺は!」

「うわぁ、イケメンドウクサイ」

「ヤマトナデシコノヤロウ」


 結局、ルスランに両手を引いてもらい、へっぴり腰で空中庭園から脱出することになった。

 階段でぎゃあぎゃあ騒ぐ私を必死に引っ張るルスランに、ロベリアは死んだ目をしていたし、お城は再び阿鼻叫喚の嵐だったようだけど、空中庭園住み王妃からの脱却を図っている私はそれどころではなかったのである。








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