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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第三章
55/69

54勤






 二度目の夢は、それから一時間後に訪れた。眠るまでルスランが触れていた頬がまだ熱を持っている気がする。


 自分のほっぺたを押さえながら、ぐるりと周囲を見回す。二度目の夢は、暗闇からのスタートではなかった。

 最初からいきなりお城にいる。相変わらず乳白色の靄がかかっているように霞んでいるから、この夢は予知夢だかそれ以外だかの不思議夢であるらしい。見事二度目も狙った夢を引き当てた。くじ運がいいと喜ぶべきか、私をこの夢に引きずり込もうとロックオンされていると悲しむべきか。




 しんっと静まりかえり、人の気配がしないお城の中に一人で仁王立ちになる。

 相変わらず外は見えず、夕焼けに染まっていることしか分からない。さっきは大きな廊下の中央にいた。今も大きな廊下にいるはいるが、突き当たりの端っこにいる。さっき夢から覚めた端とは反対側だ。出現ポイントはランダムなのだろうかと考えながら、巨大な扉を見上げる。

 真っ白な扉には、金の紋様が精密に描かれている。誰もいないのをいいことにそっと触ってみる。金の部分は他の部分に比べてびっくりするくらい冷たい。描かれていると思ったけれど、どうやら材質の違う何かをはめ込んで模様を作っているようだ。





「えっと……」


 どうしたものかと悩む。昨日は一応この部屋を目指していた。だが反対方向に走ってしまい、結果としてロベリアと会えた。

 今日はここからスタートするらしいが、このまま階段まで行くべきか、昨日は確認できなかったこの部屋を覗いていくべきか。だが、そうはいっても普段でさえ男の人が何人もかからないと開けられないであろう巨大な扉だ。そこに魔力0が一人で訪れて、どうにか出来るものなのだろうか。

 うんうん考えた。十秒ほど。


「まあいっか」


 悩んだところで、出来ることが少ない以上、あまり選べる手段もない。すっぱり悩むのをやめた私は、握った拳を振り上げ、どんどんと扉を叩いた。




「もしもーし。誰かいませんかー」


 こんこんとノックをするにはこの扉は大きすぎる。しかも分厚いのだ。少々のノックでは中にもしもいるかもしれない誰かに届きはしないだろう。玉座の間の扉を拳でどんどこ叩いちゃ駄目だとは思うのだけれど、誰もいなければ誰にもばれないし、誰かいるならそれはそれで当たりなので、どっちに転んでも私に不利ではない。

 そんな適当な考えで、どんどこ叩いていた拳が、突然宙を切った。


 扉が勝手に開いていく。ちょうど真ん中付近を叩いていた私は、開いた扉の間にそのまま腕を突っ込んでしまった。


 まさか開くとは思わず、見事に空振りした勢いのまま開きかけの扉に突っ込む。べしょっとぶつかってしまった。それでも扉は開き続ける。まさかこの扉、魔力ではなく拳でどんどこ殴ると開く仕様だったというのだろうか。なんて斬新な開錠方法だ。そんなわけない。



「誰かいるんですか!?」


 勝手に開いていく扉を待てず、隙間に身体をねじ込む。そこで、これ扉が何かの手違いで閉まったら潰されるなと気づいて、慌てて引き抜こうと身体に力を入れた。その拍子に、扉は勢いよく開いた。分厚く巨大な扉が、まるで普通の扉のような勢いで開くとは思わず、思いっきり転んでしまった。


「いっ!」


 べしゃっと床に崩れ落ちる。磨き抜かれた冷たい床はカーペットも敷かれておらず、もろにその固さを私の前面に教えてくれた。さっきといい今といい、何だかんだとどんくさいことをしてしまっている気がする。

 そういえば、こっちでした怪我は目が覚めたらどうなるんだろう。それを確認し忘れていたので、今回起きたらきちんと確認しよう。


 打ち付けた腕を摩りつつ起き上がり、動きを止める。大きな扉から離れた場所に、巨大な階段があった。その上に椅子がある。ここからでは小さく見えるその椅子の豪華さを、私は知っている。この部屋の天井の高さも、知っているのだ。

 だってここは、私は初めてこの世界に現れた場所だ。

 でも今は、この部屋の広さも初めてこの部屋に来た日への懐かしさもどうでもいい。





「ルスラン……」


 椅子の上には、あのときと同じように、美しい白銀色の人が座っていた。

 ルスランは座ったまま動かない。扉を開けてくれたことを考えると、眠ってはいないはずだし、私が分かっているはずだ。それなのに、椅子から動かず、何かを喋ろうともしない。


 あれは本当にルスランだろうかと、ふと不安が過る。ブランさんは、この夢が予知夢ではない可能性が残っている以上、この夢の中に登場する人は全て本物ではない可能性があると言っていた。

 でも、ルスランが一人でいるのに、近づかないでいるなんて出来なかった。


 今度はちゃんと履いて寝た靴が、きゅっきゅっと音を立てる。ヒールだったらかつかつと格好良く音を鳴らせたのかななんて、どうでもいいことを考えた。頭の中はそこにいるルスランでいっぱいだったのだけど、いかんせん距離がありすぎる。ちょっとくらい気が散ってしまうのは許してほしい。


 私は無言で、ルスランも無言。ある程度近づけばルスランがこっちを見ているのが分かった。でも無言。





「遠い!」


 思わず叫んでしまう。ルスランとの間で沈黙が重いだなんて久しく感じていなかったのに、状況がシュールすぎて気まずい。


「ははっ」


 私の叫び声がこだましていく中に、笑い声が聞こえた。




 見上げれば、ルスランが笑っていた。手摺りについた肘で顔を隠すようにして、くつくつ笑っている。笑いすぎである。ルスランは散々笑ったくせに、まだ笑いながら顔を上げた。


「そうだな、遠いな。待ち遠しいから早く来てくれ、月子」

「そっちからも来る努力をすべきじゃないでしょうかね、ルスランさん!」

「それもそうですね、月子さん」


 そう言うと、片手を持ち上げて軽く捻る。気がつけば、ルスランの膝の上にいた。何がどうしてこうなった。ますますあの日の再現になっていく。そして、あのときならまだしも、ルスランがこの状態を作り出したのであれば一言あって然るべきではないか。更に、こんなことが出来るなら黙々と歩いていたときにしてほしかった。

 勝手に抱き上げられた私は、大変不満だ。それなのに、勝手に抱き上げているルスランは大変ご機嫌だ。えらく機嫌がいいなと思ったけれど、何かがおかしくてその顔をまじまじと見つめる。



「……………………ルスラン、いま何歳?」

「何歳に見える?」

「え、やだ、そのクイズ苦手。若く言っておくね」

「宣言したら意味がないと思うぞ?」


 おかしそうに笑うルスランは、少し、年上に見える。凄く年上というわけではない。何かが劇的に変わっているわけではないのだけど、成人しても残っていた幼さがそぎ落とされているような、色々とシャープになったような。雰囲気とか目つきとか。


「…………二十歳、後半?」

「大雑把にきたな。二八だ」

「二八!?」


 今から六年も後のルスラン!? 

 驚いて、まじまじと見つめてしまう。六年も経っているのに変わっていないといえば変わっていないけど、全く違うといえば全く違う。既に成長した身体は六年経っても分かりやすい部分は何も変わらない。それでも、今と違うとはっきり分かる。大人の六年って、不思議な時間だ。


 驚きを隠せない私をおかしそうに笑っていたルスランは、何かに気づいたのか急に真顔になった。


「お前は?」

「十六……」

「若いな……これ、犯罪か? 大丈夫だよな?」

「…………逮捕かな」

「俺もついに年貢の納め時か……」


 しっかり納めてほしい。私、年貢納めたことないし、納めたことがある人も現代では少ないと思うけど。税金はしっかり納めていきたいと思っている。






 勢いでルスランを椅子にしているけれど、流石に我に返ると恥ずかしい。そぉっと降りたら手を取られた。手を繋ぐくらいなら、まあ、それなりに照れずにいられるのでよしとしよう。

 ルスランは座ったまま、僅かに目を細めて私を見上げている。

 これがルスランじゃないなんて思えない。大人になったって、子どもになったって間違えるはずがない。この人を私が間違えるはずがないのだ。


 これはルスランだ。

 他の何を間違えても、これだけは間違わない。私に触れる温度も柔らかさも、私を見つめる瞳の熱も色も、私を呼ぶ声の優しさも、何も、何一つ変わらないのに、間違えるはずがない。




「で、十六の月子さんはどうしてここにいるんですか?」


 このルスランが六年後のルスランだというのなら、今回の事件について何か知っているかもしれない。私はこのルスランに経緯を説明することにした。



 人々が眠り続けていること。その人数が日に日に増えていること。ブランさんも原因が見えなかったから私が見ることになったこと。外から見ても分からなかったから中から見ることになったこと。

 そこまで説明して、ルスランの反応を見るために言葉を切る。ルスランは自分の顎と下唇を覆うように手をやり、じっと私を見ていた。


「俺はその事件知らないな」

「え!?」


 衝撃の事実。これで一挙解決するんじゃないかとちょっと思っていたもくろみが外れてよろめく。一回や二回の挑戦でどうにかなるほど現実は甘くないと思っていたけれど、まさか0ヒントのまま進まなくてはならないとは思わなかった。

 ショックが顔に出ていたのだろう。ルスランは苦笑して、私の頬を抓った。


「痛いか?」

「しょんなひひはくはい」

「だろうな、力入れてないし」

「なんで抓ったの!?」


 手をはたき落として自由になった頬を擦る。夢がそうでないか確かめるわけでもなく、特に意味もなく抓られた憤りは大きい。


「可愛いなと思って」


 はい許した。惚れた弱みに大人の色気。そもそもルスランが相手なのだから大体のことは許してしまう。お手軽月子と呼んでほしい。

 あっさり機嫌が直ったのは自分でもどうかと思ったけど、目の前で背中折るほど笑っている人はもっとどうかと思う。


 ちょっとむくれる。でもルスランがあまりに楽しそうに笑っているので、怒る気は起きない。立ったままも何なので、この隙に私も座れる何かを探そうとルスランに背を向けた。


「どこに行くんだ?」


 手を引かれて立ち止まる。振り向けば、座ったままのルスランが私をじっと見上げていた。椅子探しの旅を中断だ。まだ出発もしてないけど。


「椅子か何かないかなーって」

「ここに座ればいいだろ」

「やだよ!?」


 当たり前のように自分の膝を指ささないでほしい。背もたれにするならともかく、膝に座るのはハードルが高い。だって体重がもろにかかるのだ。心苦しいし気恥ずかしい。小さな子どもならともかく高校生にもなれば自分の体重が相手にかける負荷くらい分かるのだ。全力でお断りである。


「まあ、足が疲れたら適当に座れ」


 適当に締めくくったルスランは、さて、と話を戻した。


「俺はその事件を知らないから詳しいことは分からない。だけどな、少しだけ状況を把握している。お前にとってここは夢だが、俺はお前の夢じゃない」

「……私、謎かけ得意じゃないって知ってるくせに」

「はは、そうだな」


 何がおかしいのか、楽しそうに笑うルスランにいーっとなる。

 むくれた私に気づいたルスランは、私の手を取った。指を握り、親指の腹で手の甲を撫でられると温かくてくすぐったい。


「だけどお前は、真実を見つけるのがとてもうまい。さあ、もう帰れ。今の俺が呼んでるぞ」

「もう三時間経ったの!?」


 時間の経過が早すぎる! 

 ルスランが私の後ろを見たので、思わず振り向いてしまった。そこには誰もいない。人の気配が一切しない空間が広がっているだけだ。高い天井、大きな柱、広々とした床。あんなに大きかったのに、今では小さく見える遠い扉。ルスランと喋っているとあまり感じなかった静けさが、視覚と一緒に一気に押し寄せてきた。


『月子』

「またおいで」


 私を呼ぶルスランの声と、私に微笑むルスランの声が、重なった。






 瞬き一つの間で、ルスランの姿が変わる。私に微笑んでいたルスランから、真剣な顔で私を覗き込んでいるルスランへ大変身だ。

 立っていたはずの身体は柔らかな布団に沈み、ほかほかとした温度に包まれている。お布団は最高だ。


「起きたか? 気分は? 水飲むか?」


 矢継ぎ早に心配してくるルスランに、思わず笑う。ふへっと笑った私を見て、ルスランもほっとした顔をした。


「ルスランに会ったよ」

「そうか……有力な情報は得られたか?」


 私の様子を見て大丈夫だと判断したのだろう。見るからに身体の力を抜き、水の用意をし始めた背中を見つめながら、問いの答えを考える。夢のルスランとのやりとりを思い出しながら、私はだんだん青ざめていく。水を入れたコップを持って振り向いたルスランは、突如青ざめていく私にぎょっとした。


「どうした!? どこか痛むか!?」

「ル、ルスラン、どうしよう」

「どうした!?」


 震える手を伸ばせば、水を持っていない手が即座に伸びて握ってくれる。その力強さに支えられながら、私は震える声で続けた。


「私、せっかくルスランに会えたのに、世間話しかしてない!」

「あ?」


 せっかくのチャンスを不意にしてしまったかもしれないとショックを受けている私に、さっきまで私と同じくらい青ざめていたルスランがどーでもいいって顔になった。切ない。










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