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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第三章
51/69

50勤







 人が目覚めない。


 食卓を囲むには楽しくない話題だと断ってから、ルスランは照り焼きを食べながら話し始めた。ちなみに今日の夕飯は私も手伝っている。ルスランはキャベツの千切りならぬ太切りを一目見た瞬間、これ切ったの月子だろとのたまった。何故ばれた。





 現在レミアムでは、謎の病が蔓延っている。人が眠りから覚めないのだそうだ。

 最初に目覚めなかった人が誰だったのかは、まだはっきりしていない。そういう症状が出始めたと話題になれば、あちこちから同じ症状の人がいるという連絡が入ったからだ。

 今のところ六日前、小さな村の女の子が最初だと言われているが、まだ後からもっと前から目覚めていない人が出てくる可能性もあるという。


 分かっているだけでも二百名あまりの人が目覚めていない。前日の夜いつも通り眠り、翌朝突然目覚めなくなるそうだ。

 最初の症状が六日前、現在二百人以上の人が目覚めていないというのに、ルスランの元まで連絡が来たのは三日前だったという。それはこんなに被害が出るまで連絡を怠った人がいるからではない。元々あっちの世界ではそういったことがあるのだ。そういったことというのは、目覚めない人が現れる、ということである。


 あの世界では、普通の眠りの中で予知夢のようなものを見る場合があるのだ。特に魔力が強い人にその傾向がある。その手の眠りに落ちた場合、一日、二日目覚めないことは普通で、周りの人も夢を見ているのだろうと判断する。

 それは頻繁に起こることではないが、滅多に起こらないと言われるほど珍しいものでもない。だから最初は、その夢だと判断されてしまい報告が遅れた。三日、四日と目覚めない様子に周囲がようやくおかしいと気づき始め、もしかしてうちもそうかもしれないとの声が上がり、やっとルスランの元まで報告が上がってきたのだ。



 そこから始まる怒濤の徹夜。

 原因は依然として不明なまま、目覚めない人の数は増える一方。原因がはっきりしない以上、眠れば目覚めないかもしれないと分かっていて眠るわけにはいかない。

 そうは言っても、生き物である以上睡眠を取らなければ生きていけない。人々は自分に出来る限りの結界を張って眠りについた。けれど、その結界の中で目覚めない人が出ているという。


 つまり、現在レミアムは眠ってはいけない国となってしまったのだ。





 私とお母さん、そして仕事を終えて超特急で帰ってきたお父さんは、ぽかーんとした顔でルスランの話を聞いていた。

 椅子は四脚しかないので、物置にしまっていた丸椅子を二脚出してきて、お母さんとお父さんはそれに座っている。ルスランは自分達がそっちに座ると腰を浮かせたけれど、そんなのどうでもいいからいつもの所座ってなさいと言われてしょんぼり座り直していた。



 ロベリアとマクシムさんは、ぽかんとしている私達を見てフォークを置いたけど、ルスランがペースを落とさず食べ続けている姿を見て食事を再開した。どうやらお口に合ったようで一安心だ。彼らはルスランの顔を立てるために嫌いなものでも平然と食べてしまいそうでもあるので、その辺りは要観察ではあるが。

 だが、今はそれどころではない。


「…………それ、まずいんじゃ、ないの?」


 かろうじて声を出せたのは私だけで、お父さんとお母さんはまだぽかんとしている。

 私もぽかんとしていたいけど、それだと話が進まない。ルスラン達の食が進むのはいいことだけど、話も進まないと困るのである。


「まずいな。ブランにも調べさせたが、あいつの目で捉えられる魔力介入は発見できなかった。そうなると、この前の島と同様に月光石による介入というのがあいつの見解だ。島の事件以降、いくつか協会の研究施設を潰したが、あまり有力な手がかりは得られてはいない。ただ、今になって突然月光石の力が使われ出したことから、ある程度研究の目処は立ったと見たほうがいい。どれだけ実践に耐えうるものかは分からないが。そもそもこっちは月光石への知識が皆無に近い。これ以上好き勝手されるわけにはいかないが、せめて防衛策の一つも立てられないうちは始末に追われて反撃まで手が回らん。今までは何かを仕掛けられても気づけたし、対処も出来たが、月光石関連はどうしても後手に回るのが痛い」


 当たり前のように言うルスランの目の下には隈がある。ロベリアとマクシムさんにもだ。仮眠を取ってもあくまで仮眠。睡眠不足の範疇から抜け出せていないとありありと分かる。


「だから、月子に見てもらいたいんだ。……発症した人間を見ただけではどうにもならないなら、月子にも眠ってもらいたい。発症した人間に共通点が見られないことから、恐らく発生はランダムでお前とうまく噛み合うかは分からないが、お前には夢の中から探ってもらいたい」

「それはいいけど、役に立てるかな……」

「分からん。けれど、やらないよりマシだ」


 そう言い切ったルスランはお箸を置いた。次いでロベリアとマクシムさんもフォークを置く。三人の目線の先はお母さんとお父さんだ。



「……現状、月子の目を借りることが唯一の打開策と判断しました。眠りに囚われないよう最善を尽くします。ですから、許可を、頂きたい。場合によっては、学校を休んでもらうかもしれません。学業を優先させるという約束を破って、申し訳ありません」


 深く頭を下げた三人に、お母さん達は持ったままだったお箸を静かに置いた。三人の深い礼を受けて最初は驚いた顔をしていたけれど、「顔を上げて」と言ったお母さん達はとても静かな顔をしていた。

 促されて顔を上げた三人の中でルスランを向いて、お父さんは苦笑する。



「報告してくれてありがとう、ルスラン。おかげで俺達は安心して見送れる。……俺達はな、あの豪胆なお婆ちゃんがいられなくなるほどの国だと分かっていて、月子が王妃になることを許したんだ。お婆ちゃんのこと、お前のこと、いろいろ聞いていた上で許した。だから、危険なことがあるからと俺達の許可は必要ないんだぞ、ルスラン。それはもう、お前達で覚悟を決めることだ。例え俺達が反対したとしても、お前達が決めたのなら取りやめる必要はない。安全を確保できない上で進む許可なら、俺達は既に出してるんだから」

「テストは終わったばかりだし、滅多に休んだりしないから出席日数も問題ないでしょう。面倒だからという理由でサボったら鉄拳だけど、理由があるならサボりでもなし。止める理由はないわね」


 私とルスランは顔を見合わせた。お父さん達はそんな先まで見通した上で許可を出してくれていただなんて知らなかった。

 とりあえず驚きが主な私とは違う感情を、一瞬表情に浮かべたルスランは、もう一度深く頭を下げた。

 白銀色の長い髪は、こんな時いつも彼の表情を隠してしまう。その為に伸ばしているんじゃなかろうかと思ってしまうほど綺麗に隠れてしまうから、暖簾みたいに捲りたいと望んだことは一度や二度ではない。

 だけど今はもう思わない。だってルスランはもう、その顔を私に見せてくれるのだから。

 私は、ルスランの横で同じように頭を下げた。


「申し訳ありません」

「ありがとう!」


 同じように頭を下げて、同じタイミングでお父さんの言葉に答えたのに、私達の返事は全く揃わなかった。頭を下げたまま、お互いを視線で刺す。お前何言ってんだと刺し合っている私達の上に笑い声が降ってきた。


「ルスランアウトー」

「お父さんの言う通りよ。すぐすみません的なことを言っちゃうのは日本人の悪い癖なのに、どうして貴方が言っちゃうのかしらねー」


 ルスランにアウト判定をくらわせた二人は、ご飯ご飯と鼻歌を歌いながらお箸を持ち直した。呆気にとられているルスランは放って置いて、私もご飯を再開する。照り焼きおいしい。



 もっしゃもっしゃと食事を再開した私達を、今度は三人がぽかんと見ている。ロベリアとマクシムさんはルスランが食べていないから食べられないのかもしれないけど。

 ルスランを促そうとしたら、お母さんのほうが早かった。


「こら、ルスラン。そんなことなら早く戻らなきゃ駄目なんでしょう? ほら、ちゃっちゃとご飯食べちゃいなさい。それと、危険でも止めやしないけど、それと手伝わないのは別だからね? ご飯がいるなら作るし、寝床がいるならお布団干しとくから、いつでも遠慮しないでおいでなさい。子どもが遠慮するもんじゃありません。他のお友達も連れてきていいから。分かったわね?」

「いえ、本当にそこまでご迷惑をかけるわけには」

「馬鹿言わないの。人間寝なきゃ馬鹿になって、肉体的にも社会的にも死ぬわよ。いい? ちゃんと寝に来なさい。ご飯も食べなさい。もし私が出かけてて留守だったら勝手に使っていていいから。分かったわね?」

「お母さん、あの」

「分、か、っ、た、わ、ね?」

「……はい」


 母は強し。

 私は、ルスランが怒られている姿を横目で見ながら、キャベツが千切りにされる理由を噛みしめていた。太すぎて存在感が凄い。絶対これ付け合わせじゃない。メインだ。照り焼きを凌駕するこの存在感。

 本日の夕食、キャベツの太切りに照り焼きを添えてをしみじみ味わっていると、ロベリアと目が合った。マクシムさんは、何を考えているのか今一分からない顔で少し目を細めてルスランを見ている。


「どうしたのロベリア。苦手なものあった? のけていいよ」

「いや、うまいよ……俺さ、何をどうしたら王妃様みたいなのが出来上がるのかなって不思議だったけど、なんかいま、すげぇ納得した」

「その言葉を喜ぶべきなのか悲しむべきなのかは、その何をどうしたらの部分がいい意味なのか悪い意味なのかによるかな」



 皆で食べるご飯はおいしいなぁ。私は、キャベツの太切りをもっしゃもっしゃ食べながら、この事件が解決してもこうやってご飯を食べる機会があればいいなと考えていた。その為にもまずはこの事件を解決しなければならず、そして私は、絶対に無事でなければならない。

 ルスランが私を巻き込んでくれた。それに応えるためにも、私は絶対に無事でなければならないのだ。



 未だお母さんにお小言を言われているルスランから救助要請の視線を受けた私は、へらりと笑った。頑張ろう。慎重に考えて慎重に動こう。そしてこの人がこんな情けない顔を出来るままでいられるよう、頑張ることを心に誓った。

 あと、ルスラン。その強大な力を前に援軍は出せません。孤軍奮闘されたし。


 見捨てた先でルスランが酷く情けない顔になる。それを眺めながら、私は得た情報を頭のあの中で整理していく。何か大事なことが抜けている気がしたのだ。





 いまレミアムに起こっているのは、恐ろしい事件だ。人が目覚めなくて、それが病気ではなく誰かの意思で起こされている。原因が分からない病も怖いけれど、誰かがその意思をもって他者を害している。それはとても恐ろしいことだ。

 そして、そんなものと戦わなければならない人達が休息できないのはとんでもないことだ。眠りは人間の三大欲求の一つであり、生命維持に欠かせない行為だ。健康を害し、思考も妨げられてしまう。円滑な仕事どころか、まともな生活すら送れなくなってしまう。

 円滑な仕事を行うためには、健康的な身体を維持しなければならない。それを鈍らせるものは、敵と同じくらいの悪である。

 そこまで考え、ふと気づく。ルスランが、例えロベリアとマクシムさんであったとしても、この家に連れてきたということはそれだけぎりぎりだったということだ。だったら、他の人はどうしているのだろう。




「ねえ、ルスラン」


 ようやくお母さんから解放されたらしいルスランを呼べば、じっとりと私を睨んだ。そこはしれっと無視して、話を続ける。


「コレットとネルギーさんは、どうしてるの?」


 ネルギーさんとの確執は分かっている。ロベリアとマクシムさんでさえ、こんな緊急事態でなければこの家に連れてこようとしなかったルスランが、確執あるネルギーさんを連れてくるとは思えない。

 けれど今はそれどころではないと思うのだ。下賜だか菓子だかの一件を忘れたわけではないけど、それとこれとは話が別だ。ネルギーさんが宰相なら、目覚めないのも眠れなくて倒れてしまうのも駄目、なはずだ。そもそも眠れなくて倒れてしまったら、結局眠ってしまうことになり、そのまま目覚めなかったら本末転倒である。


 それに何よりコレットだ。

 コレットには、試験前に一回だけ設けてもらった王妃教育の授業で、それはそれはお世話になった。そうでなくとも友達だ。もし彼女さえよければ、是非この家にお泊まりしてもらいたい。


 だけど、ルスランは何も言わない。すとんと消された表情に、嫌な予感が湧き上がる。思わず視線を向けたロベリアとマクシムさんも、そんなルスランを不思議そうに見ていない。静かな瞳は、そこに変えようのない事実を孕んでいる。


 あ、これ駄目だと、本能なのか経験から来る悟りなのか、よく分からない直感が私の中で叫ぶ。冗談でも悪ふざけでもない、紛れもない現実が、それもよくないほうの事実が告げられるとき独特の、ねっとりとしているのにどこか乾ききった白々しいほど現実味のない空気が、ここにはあった。


「ネルギーは、死ぬほど嫌だが、奴の立場を考慮したら倒れられても面倒だ。だから声をかけたが来なかった」


 万死に値するななんてルスランは少し笑って見せたけれど、そんなことで誤魔化されてあげられない。そして、これで分かった。ルスランはさっきから、あえてこの話題に触れなかったのだ。

 ぎゅっと食いしばった歯を解けない。ようやく開けても、何故か何も音に出来なかった唇を閉ざす。だけど逃げても無駄だ。どのみち、聞かないほうが後悔する。握りしめているずっと使い慣れた自分のお箸が、とても固く感じた。


「……コレットは?」


 どう聞いたって答えは変わらないと分かっているのに、どうしても大きな声には出来なかった問いに、ルスランは今度こそ答えてくれた。


「今朝、目覚めなかった」


 例えそれが、私の望んだ答えではなかったとしても。





『……お願い、月子』


 つらくてつらくて堪らない。

 そんな、苦しく淋しげな友達の声を、覚えている。










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