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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第二章
44/69

43勤






 たくさんたくさん、話をした。もう夜も遅いから、明日も早いから、早く寝なければいけないのに、私達はいっぱい話をした。

 協会が私の捕獲に懸賞金をかけたとか、この島が降下しない理由に月光石(仮)が関与している可能性(未定)があるとか、ネルギーさんは自分に申し込まれる見合いはルスランの未婚を理由にしていたけれどそれが通用しなくなり今度はコレットの結婚をこの目で見るまではに変更したとか。

 一気に情報を解放してくれるなら、最初から小出しにしてほしいと目を回すくらいには、いっぱい。





 ルスランは話しながら、仰向けになって見える天井に、プラネタリウムのように何かを映し出した。点滅したり輝いたりしていたから星だと思ったけれど、よく見ると岩やら何かの根っこやらが見えているから、どこかの野原なのだろう。


「ところで月子。これどう思う?」

「ぴかぴかして綺麗だね。異世界って、あちこちにLED仕込まれてるみたいで、常にイルミネーション見てる気になる」

「………………そうか」

「それでさ、つまり、やり方さえ会得すれば、私も魔術を使える可能性があるってこと!?」

「いや、それはない。月光石を『所持』していたとされる魔術士は、協会創設の功労者なだけあって情報が協会に秘匿されていてあまり残っていないんだが、月光石所持者として名を馳せるまで、ごく普通の魔術士だったそうだ。だからこそ、月光石の力が際立って目立った。だが、お前を鑑みると、協会創設の功労者と呼ばれる面子の誰かが月光石だったんだろうな。それでも当人の逸話が一切残っていないのを見ると、やっぱり月光石自身は己の魔力を使えないんじゃいかと俺は踏んでいる」

「そんなぁ」


 ただのタンクでも何も出来ないよりいいけれど、やっぱり自分でも魔術を使ってみたかった。


「ねえ、ルスランは私の力、使えないの?」

「……考えなかったわけじゃないんだけどな…………だが、俺はお前を利用したくない」

「活用ですよ、活用。無駄なく最後まで使い切れるお得パックです」

「お前、使い終わったら捨てるタイプの使い捨てでいいのか……? あのな、俺な、子どもの頃父上達と同じように魔術を使いたくて黄水晶を介した魔術の練習をしたことがあるんだ」

「へえ! で、どうなったの?」

「全部爆散させた」

「…………………………練習する? って、聞けなくなった」

「いやまあ、今なら…………」

「確信を持ってから私で試してね!?」


 うっかり爆散させられたら堪ったものじゃない。私はこれからもルスランと一緒にいるのだから。殺されるのも嫌だけど、そんなうっかりで死ぬのはもっと嫌だし、困る。


 過去の黄水晶と同じ末路を辿るわけには行かない。引き攣った顔でそろーりと身体をバックしていく私の手を、ルスランが握る。大きく温かな手は、いろんな差を一気に感じるから、結構心臓に悪い。どきどきする心臓をばれないように息を整えた。

 別に隠す必要もないのだけれど今この状況で取り返しのつかないほど照れてしまったら、恥ずか死を免れないと自分で分かっているのである。


「現時点で、お前の力を使ったのがエインゼだけという事実が、わりと許せない」

「不可抗力です! ちょ、何かやってる!? 手がひんやりしてきたよ!?」

「そぉっとするから」

「いや、いやいやいやいやいやいやいや、それ痛くなった時点で取り返しつかないんじゃない!? 大丈夫!?」

「エインゼに使われたときはどんな感じだった?」

「え? 熱かった…………冷たい冷たい冷たい!」


 ぎゃあぎゃあ叫んで手を引っこ抜こうとしてもびくともしない。掴まれていないほうの手で、私の手を掴んでいるルスランの指をこじ開けようとする。それでもカブは抜けません。カブなんて嫌いだ。

 私の中でカブへの風評被害が広がっている間、ルスランは真剣な顔で私の掌を見つめていた。手を握られているはずなのに、まるで氷に手を突っ込んでいるかのような冷たさである。私はいま氷を掴んでいると脳が錯覚してしまいそうだ。



「黄水晶を使えなかった原因を究明してから本番いかない!?」

「それならもうした」

「え? そうなの?」

「黄水晶は魔力の結晶といっても所詮石だから、意思なんか通るか」

「え? シャレ?」

「……俺も言ってから気づいたが、違う。無実を訴える」


 たとえ罪があろうとも、夕飯の残りをつまみながら「残り物には福がある~残り物は肉になる~」と歌うお父さんの罪に比べたら可愛いものだ。裁判官であるお母さんと、裁判員である私との協議の結果、お父さんは重罪となった。


「石だけど、皆その石で魔術使ってるんじゃないの?」

「そもそも意思を通すって何だ。相手、石だぞ」


 まあ、確かに。

 異世界ではそういうものなのか、ファンタジーだなぁと思っていたけれど、自分で説明しておきながらそれを真っ向から否定する異世界の王様。


 石に意思を通す。シャレでもギャグでもないとすると、確かに訳が分からない。マニュアルや教科書があるわけでもないのに、みんな当たり前のようにそうやって魔術を使うのだそうだ。しかし、ここにいるのは魔力0の異世界出身の私と、魔力マックス値のこの世界出身なのに黄水晶を必要としないルスラン。

 あ、詰んだ。そう思ったのはルスランも同じだったらしく、氷みたいにきんきんに冷え続けていた冷気がふっと消える。


「……駄目だ、分からん」

「冷たかったぁ」

「別に炎でもよかったんだが、あいつと同じなのも芸がないかと」

「そんな所をこんな所で張り合わないで頂けますか!」


 冷え切った可哀想な手を引っ張り戻そうとしても、抜けない。何度か挑戦しても握られたままだ。私の手を掴んでいるルスランの手が、今度はほかほかになってきた。温かい。ルスランカイロだ。冷え切った手がじわじわ温かくなっていくのが心地いい。心地よすぎて寝てしまいそうだ。でも、まだ寝るわけにはいかない。


 聞きたいことはまだある。それに、このいつも通りでまったくいつも通りじゃない夜を、ここで終わらせるのは勿体ないと思うほど嬉しくて、幸せで、温かい。




「なあ、月子」

「ん?」

「使えたら、お前の力使っても、いいか?」

「いいよー。がんがん活用してください。どーせ私は使えないですからね……」


 やさぐれた私に苦笑したルスランは、据わった目をした私の目元にかかっている髪を指でよけてくれた。その指と同じくら、ルスランの目元は柔らかくなっている。眠そうだ。だけど、このまま寝てもらっては困る。


「それに、一緒にやるんなら協力だよ」


 私にはまだ、聞きたいことがあるのだ。


「ねえ、ルスラン」

「ん?」

「どうして触らなくなったのか、聞いていい?」


 温まった私の手を離した後は、私の髪で遊んでいた指がぴたりと止まった。

 そのまま離れていってしまうのかも知れないと思うと、淋しいのかつらいのか悲しいのか、全て一緒くたになったのか、自分でもよく分からない感情が胸の中でぐるりと渦を巻いた。


「お前は何も悪くない。ごめん、違うんだ。俺のほうに問題が、あって、だな」

「問題?」


 歯切れの悪い言い方に首を傾げる。じぃっとルスランを見つめて真意を探ろうとしたけれど、こればっかりはさっぱり見当もつかない。

 家族のルスランのことも、幼馴染みのルスランのことも、それの延長線上に存在する上司のルスランのことも分かるのに、恋人のルスランのことはさっぱり分からない。これだけの下地があっても分からないのだから、下地があんまりない人同士で恋人になる人達は凄い。尊敬する。相手のこと、何一つ分からないんじゃないだろうか。


「至近距離で見る私の顔が見るに堪えなかったとかじゃなくて?」

「お前、自分への評価異様なまでに下げる癖止めろ」

「身近な人の顔が良すぎて……」

「可愛いって言ってるだろ」

「……たぶんって言うじゃん」

「…………俺は、可愛いと、思う。他は知らん」

「それで充分だと思うのに、最後の一言のせいで微妙にしこりが残った!」


 これ、幼馴染みか家族の下地がないと戦争案件ではないだろうか。


「ごめん。疑ったわけではないんだが……俺は、お前が俺と同じ気持ちで恋人になったのか、分からなくなったんだ」

「…………どういうこと?」


 理由如何では戦争勃発な言葉に思わず握った拳を、そっと包みこまれた。私の拳を握ってしまえる大きな手にはどきりとするけれど、そぉっと下ろしていくのは気に喰わない。いきなり叩きこんだりしないのに。そんなことはしない。ちゃんと予告してから開戦するから安心してほしい。


「……お前、俺に元王妃候補や側室候補の令嬢がいたと聞いても、嫉妬一つしなかっただろう」

「……まあ、そうです、ね?」

「他にもそういうことが何度かあった。別にむやみやたらと傷つけと言っているわけではないし、全て浮気と疑えと言いたいわけでもない。だが、な……それを踏まえた上でコレット嬢ともあっさり仲よさそうにしている姿を見るとだな……もしかして、お前の好きは、家族愛の延長線上にある物じゃないのかと思ったんだ拳を下ろせ!」


 気がついたら自分の拳を上げていた。せっかくぽかぽかになっていた掛け布団から、持ち上げた腕に捲られて温度が逃げていく。だが、闘気みなぎる私は、少々冷えたくらいどうってことない。


「俺を殴ったらお前の指が折れるからとりあえず下ろせ! そして最後まで聞け!」


 まだ疑いを多大に残したまま、しぶしぶ拳を下ろす。下ろした拳を再び包み込まれ、抑え込まれた。無念である。一応和平交渉を始めようとする私の気持ちを読み取ったルスランは、ほっと肩から力を抜いた。


「もしそうだとしても、俺はもうお前を手放せない。だからといって、心が追いついていないのにがっつくつもりもない……大体お前、どうして嫉妬の一つもしないんだ……」


 今度は私が恨みがましく見られる番だった。いろいろ思い返してみると、腹立たしいけれど、確かに気持ちを疑われても仕方がない面もあったように思う。腹立たしいけど。



「…………だってルスラン、その女の子達のこと、そ、そういう意味で好きじゃないでしょ?」

「当たり前だろう」

「だったら別に……妬かなくない? どっちかというと……マクシムさんに妬くかもしれない。いつも一緒にいられていいなーと……」

「お前の嫉妬の方位磁石、大破してるぞ」


 真顔で言われた。大変遺憾である


「ル、ルスランだって別に私がクラスメイトの男の子と話しても妬かないでしょ!?」

「まあな」

「ほらぁー!」

「恨めしく思うだけだ」

「ほらっ……?」


 気がついたらルスランの位置が、若干前へと移動していた。鏡台越しのいつもの距離だ。けれど、鏡台という枠がないだけで、こんなにも近いだなんて知らなかった。

 手も足も、伸ばせば触れられる。今までは顔がどれだけ近くても、手足は関係がなかった。伸ばしても触らない。触れられない。だけど、今は違う。触れてもいないのに温もりが届く。同じ場所にいるって温かい。びっくりするほどに。


 一気に顔に熱が集まる。今更かと思われるかも知れないけれど、一度意識してしまうと駄目だ。理解が実感へと切り替わってしまっても平然としていられるほど、私は場数を踏んだやり手の女の子ではないし、目の前にいるのはどうでもいい人じゃない。


「で、でもさ、俺達付き合っちゃうー? とか適当にノリで言いまくってる男子は別に恨めしくないでしょ?」

「月子」

「ひゃい」

「お前、俺の心の狭さを甘く見ないほうがいいぞ」

「台詞がひどすぎて逆に恰好よく思えてきた」

「だてにこじらせてないからな。あと、そいつは問答無用でだいぶ前からアウト判定だ」


 浜辺君は早急に、ノリで「付き合っちゃうー?」と言っちゃう癖を直したほうがいいらしい。



 また一つ身じろぎしたルスランとの距離が近くなる。その動きに合わせて、夜闇の中でも映える白銀色の髪がさらさらと零れ、うっかり見惚れる。白銀の髪が光を流す光景は、まるで異世界だ。異世界なんだけど。この人あらゆる意味でどこでも簡単異世界装置だから凄い。

 そんなことを考えている間に、いつのまにか鏡台越しだったときよりも距離が近くなっていた。目の前に、ルスランの顔がある。さっき私の手を掴んだ手が、再び私の頬に触れた。そのまま、額と額が合わさった。ごつりと。


「いったぁ!」


 そこはこつんとくるべきなのではないだろうか。私も経験なくてよく分からないけれど、少なくとも頭突きと遜色ない勢いですべきではないはずだ。近い、痛い、照れる。

 それにしても、嫉妬か……嫉妬……嫉妬……。


「だって……ルスラン好きな人ができたら、言ってくれるでしょ? そしたら私、たぶん泣くから……嫉妬じゃなくてとにかく悲しいんじゃないかな……と、思うんだけど…………分かんないよ! だって私、好きになったのも付き合ったのも全部ルスランがはじめてなんだよ!? はじめてにあんまり期待しないでください! 全部はじめての相手であるルスランが他に好きな人がいるとか、気になっている人がいるとか、全然ないのに、嫉妬心なんて育たないと思わない!?」

「俺はすくすく育った」

「え、えぇー……」

「立派になりました」


 鼻が当たるのがくすぐったいし、キスするより恥ずかしい。なんだか動物の挨拶みたいで気分的にもくすぐったくなって、思わず笑ってしまう。


「私、覚えなきゃいけないこといっぱいあると思うけど、嫉妬心を覚える状況にはなりたくないです」

「俺もここまで育てる予定はなかったんだけどなぁ……まあ、それ以外にも手を出せない理由があったんだよ」


 まだ何かあったらしい。不穏な続きにちょっと顔を離して改めてルスランを見る。近すぎてよく見えなかったのだ。そして、ずっと近いままだとそろそろ発熱しそうだ。

 頬っぺたが熱い。私の顔は、収拾がつかなくなるほど赤くなっているだろうけれど、暗いからよしとしよう。


 とりあえず大人しく続きを待とうと、両手を揃えてルスランを見上げる。ルスランは、なんともいえない顔で視線を彷徨わせた。


「…………俺はな」

「うん」

「お前を大事にしたいんだ」

「してもらってる」


 心からそう思っているのに、ルスランは変な顔になる。この人本当に難しい人だ。


「俺は自分がこじらせている自覚があるからこそ、何かストッパーがいると思ったんだ。俺を制止出来る人間は少ない。だからこそ、俺からお前を守る存在は絶対に必要なんだ。俺は、お父さんとお母さんの存在がそうなるだろうと信じてだなっ……」


 続きが読めてきた気がする。

 私の頭の中には、先日の手巻き寿司噴出事件が浮かび上がった。その事件の後も続続続サラダ巻を食べ続けた私に、他の具も食べろとチョップを入れられたことまで思い出してしまった。サラダ巻、好物です。


「お母さんとお父さんは……ストッパーにはならないと、思うんです」

「あれでよく、よく分かった。だから……誰も俺を止められないなら、俺が俺を止めるしかないと思ったら……今までどうしていたか分からなくなった上に、今までが結構アウトだったんじゃないかと思ったんだ」

「ルスラン、考えること多くて大変だね」

「一応曲がりなりにも年上のプライドと責任があるんだよ……」


 また額が合わさってぐりぐりされる。鼻も当たるのは、ルスランの鼻が高いからだ。だけどその動作はなんだか子どもみたいでちょっと笑ってしまう。年上のプライトと責任を持って私を大事にしてくれるくれている人が、こんなにも可愛い。


「失敗するなら、一緒にしようよ」

「……ああ」

「うまく出来たら一緒に喜ぼうよ」

「ああ」

「それと、ルスランが変だったら私そう言うし、私が間違ったら教えてほしい」


 だから、一緒にいようよ。


「そのときは俺も一緒に間違えそうだ」

「えぇー!?」

「……ははっ!」


 それはまずいのではないだろうか。

 いろいろ大変な私の可愛い幼馴染は、ちょっと考えた後、じぃっと見つめる私を見て破顔した。そのまま降ってきた唇は額ではなく、久しぶりに口へと着地したので、私はちゃんと目を閉じた。閉じるのが三秒遅れたけど、三秒ルール適用でセーフだと思っている。








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