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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第二章
43/69

42勤 






 本当は同じものをルスランに返したかった。だけどこの人は、世界の全てに怒り続けているこの人は、それを力にはできない。土台にも、できないのだ。

 最後まで一緒にいるという私を受け入れてくれた。だけど、表に出すことを酷く嫌がる。一緒に地獄まで連れて行ってくれると言った。だけど、私が変わっていくことを絶望と捉える。


 私の強みは、この人の弱さとなる。

 私は、私を大事にしてくれるこの人の想いを力に立っていられるけれど、この人は私がこの人に向ける想いを深く隠そうとする。隠して、抱えて、誰にも奪われないようにしないと安心できない。それでも一緒に行こうと決めてくれた。その矛盾で、この人は惑っている。




「ルスランが怖がりなのも弱虫なのも泣き虫なのも知ってるよ。だったら尚更、一緒に悩もうよ。私達のこと、どうして一人で全部考えて抱えちゃうの。酷いよ。どうして私達のことなのに、一人で堂々巡りして、私のこと弾いちゃうの」


 ルスランの惑いを、憶病な心を、知っている。

 私につく傷を恐れ、私に傷がつかないよう様々なものを整えていく過程で私が変わることを恐れ、私を失うことを恐れ、私の心変わりを恐れ。私には月光石という変な力があるらしいのに、それにすら触れようとしない。それを使えるようにしようともせず、そんな物なかったかのように話題にも上らせない。新たな事実を変化と捉え、奪われる理由が増えることに脅えている。



 この人が子どもから大人になろうとしていた繊細で大切な瞬間に、世界はこの人を裏切った。それが、この人の人から向けられる愛情を弱みにしてしまった。当たり前に続くはずだった朝が、全てを委ねて眠れる夜が、一瞬で消え去った恐怖は、この人から明日を信じさせる力を奪った。愛は喪失で、喪失こそが愛となってしまったこの人が私を受けいれてくれたとき、この人が感じた恐怖はどれほどのものだったのだろうか。


 ああ、早く大人になりたい。ちゃんと、大人になりたい。惑い脅え恐れるルスランに、大丈夫だよって言えるようになりたい。

 今のままでは駄目だと分かっているけれど、私にはそのために何をどう行動すればいいのか判断できないのだ。大人だったら分かるのだろうか。怖がるルスランに大丈夫だよって言って、怒鳴ったりしちゃう前にちゃんと話し合って、ちゃんと皆が納得できるような王妃になれるのだろうか。皆が納得できるような王妃になるために、何が必要で、どこで覚えられて、どう努力すれば獲得できるのか、全部全部分かって、でも変わらないまま、在り続けられるのだろうか。

 ……大人凄いなぁ。当面の目標は、そんな全方向に向けたスーパーウーマンじゃなくて、ルスランが怖がらないようなスーパー月子になることだけど、そのためには結局スーパーウーマンにならなきゃ駄目なのかも知れない。




「私に覚悟が足りないって言ったルスランさんの私と一蓮托生になる覚悟は、いつ決まるんですかね」

「……お前は強いな」

「強いか弱いかを計れるほど、私は挫折を知らないし、傷も知らないよ。大事に育ててもらたって分かってる。大事に守ってもらってきた。だから、大丈夫だよ。そう簡単にぺしゃんこにならない、し……物理的な面ではどうしようもないけど、精神的なことに関しては、たぶん、ルスランが思ってるよりずっと強いつもりだよ。だって、何かあっても慰めてくれるでしょ? じゃあ、平気。私、ルスランが思っているより強いよ。地獄でだって笑えるよ」


 目標はもっともっと強くなることだけど、国一番の剣の使い手といわれているマクシムさんにさえ恐る恐る手を伸ばす人だから、私はどこまで強靭にならなければならないのだろう。

 ゴリラだったらOKでるだろうか。日帰り王妃あらためゴリラ王妃。森帰れ王妃と呼ばれる未来しか見えない。

 ロベリアの華麗なるウインクを思い出しながら、ぱちりと片目を瞑ってみる。流れるように華麗で可憐なウインクを目指したけれど、目にほこりが入ったようにしか見えていない可能性が高いと自分でも思う。




「……そうだな。ごめん、月子。俺の覚悟が、全然決まってなかったな」

「ほんとだよ。私、もうとっくに決めてたのに。ルスランの弱虫ー」

「ほんとだな」


 小さく笑うルスランの身体が揺れる。すわ地震かと思ったら、布団の中から手を出していただけだったらしい。その手の着地点を目で追っていたら、私の頬だった。温かい。


「……俺の妃は強いなぁ」

「ルスランが弱いんだよ」

「はは……そうだな」


 ルスランの、トラウマと呼ぶことすら躊躇うほどの傷を、憎悪と絶望が塗りつぶした。その底にある悲しみと恐怖が、今でも叫んでいる。なのに、怒りの感情が強すぎて、そこに触れられたら自分でも制御出来なくなっている。







 私がたくさん話している間、ルスランは相槌打つだけであまり喋らなかった。この話し合いは、ずっとずっと、始まりの夜からずっと、ルスランのために何が出来るか、どうありたいかを考えてきた私に分があった。振り向かず、振り向くことすら許されず、走り続けるしかなかったルスランを見続けた私を嘗めないで頂きたい。


「分かっていたんだ。お前を表に出さないよう閉じ込めるなら、最初から王妃になんてすべきじゃなかったんだと。……だけど、ごめんな月子。俺は、お前が一緒に地獄に墜ちてくれることが恐ろしいほど嬉しかったよ。…………それなのに、地獄を知らずにいてほしいと性懲りもなく思った。俺は……お前には地獄を地獄と知らずにいてほしかったんだ」

「事前情報はしっかりあったほうが、予定を立てやすいと思いませんかルスランさん」

「……何の話だ?」

「地獄日帰り旅行の話ですよ、ルスランさん」

「…………地獄に往復券があった事実を初めて知りました、月子さん」

「私日帰り王妃なので、日帰りはお手の物なんですよ」

「そんなお手軽地獄、どこのくじ引きで当ててくるつもりだ……」

「……駄菓子や?」

「その駄菓子や、閻魔が経営者なのか?」


 頬に触れた指が滑り、私の髪を耳の後ろに流していく。触れるか触れないかの熱が何度も往復する。くすぐったいし、照れくさい。そんなに大切に触れてくれなくても壊れたりしないのに、丁寧に丁寧に触るから。触れられた場所と胸の奥がくすぐったくて、笑ってしまう。



「……俺はな、月子」

「うん」

「お前を愛しているんだ」

「……うん」

「お前を愛している俺は、お前を道連れにしたくない。だけど、だけどな……お前を好きな俺は、お前と地獄に堕ちたいんだ」


 ずっとずっとしまい込んでいた秘密を、懺悔したような、白状したような、告白したような、ルスランの密やかな声は、傷で、執着で、恋で、愛で。私が嬉しくなるのには充分すぎた。


「凄い、私、ルスランの恋愛を文字通り全部もらってる」

「…………重いって潰れるなよ」

「大丈夫。私ゴリラ目指してるから」

「……あの、月子さん。俺、ゴリラ王妃はちょっと」


 ゴリラ王妃が却下されてしまった。どうしよう。私の最強王妃計画が初っ端で頓挫してしまった。代わりにコレットに講師をしてもらうしかない。これで私も、優雅なゴリラ!


「でも、私が物理的にぺしゃんこになりそうになったら助けてね。岩とか降ってきたら、本当に無理だから。ぺっちゃんこだから」

「その程度なら俺でも出来るな」

「その程度の基準が異世界基準なのかルスラン基準なのかの判断がつけられない……」


 いつも鏡台越しで話すよりは声が遠く、温もりは近い。そんな、いつも通りのいつもとは違うベッドの中で、二人一緒にくすくす笑う。

 王妃様って何したらいい? 立つか座るかしてればいい。優雅さを習いたいです。俺はそんなの習ったことないぞ? この、生まれた瞬間からやんごとなき方め……。

 そんないつもみたいなことをひそひそ話す。ここにはお母さんもお父さんもいないから「早く寝なさい!」と殴り込んでくることもないのに、いつものように声を潜め、布団に潜りながらくすくす笑う。


「なあ、月子」

「うん」

「明日……今日か。今日は、一緒に仕事に行かないか」

「行く!」

「その代わり、地獄だぞ」

「え、いきなり地獄?」

「昼下がりは特に眠い」

「うーん、その地獄は既に経験済みかなぁ」


 いつもより少し距離が遠いのに、いつもの声量で話すから少し聞き取りづらい。

 だからと心の中で言い訳しながら、ほんのちょっと近づく。身じろぎと大差ない動きで縮めた距離に、ルスランは気づいただろうか。








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