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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第一章
4/69

4勤






「よし、王妃バイトの条件詰めるぞ!」


 くるりと回されたペンが見事で、思わず見惚れる。もう一回やってほしい。


「菓子のみならず飲食物全般食べ放題飲み放題」

「やったね!」

「俺が自由にできる財産はお前も好きに扱っていい」

「え、いやそんな大がかりなの要ら」

「政治の権限は渡せないんだから、そこは持ってもらわないと俺の甲斐性が疑われる」

「……お小遣いは月五千でお願いします。いやでも新人バイトだし試用期間で月三千でも可」

「小遣いとバイト代一緒にするな。どんなバイトでも月三千なんてふざけた額、労働基準法違反で即行通報しろ。勤務時間はお前の学校がない時間限定だ。平日は夕方から夜にかけて。休日は出来れば朝から出勤してくれたら有り難い。土日なら泊まりは大丈夫かお父さんとお母さんに確認してくれ。それ以外は遅くても九時までには帰す。それ以降は夜間料金と残業代として割増で払う」


 扉の断末魔を聞きながら繰り広げられているのは、勤務形態の確認だ。

 普段一緒にゲームしてる時のポジションは阿吽となあなあで決めるのに、ルスランはこういうことにはちゃんと大人だった。王妃をバイトで雇う所は全然まともじゃないけど。


「王妃としての教育なんてお前には求めてないけど、折角だからついでに妃を取れと煩かった奴らを黙らせたいから、とにかく俺と相思相愛に見えるよう頑張ってくれ。無理でも、少女漫画だのなんだのを参考にして頑張ってくれ」

「ルスランは何を参考にするの?」

「俺? ゾン男」


 さらりと出てきたのは、お正月に買った恋愛ゲームのキャラだ。一応恋する乙女としては女の子向けのゲームもしてみようかなと思って買ってみた。


 その名も、腐良学園ゾンビッビ。


 口説いてくるゾンビの口撃を受け入れて自分もゾンビになるもよし、全ての口撃を交わして卒業まで人間を貫くもよし。名前を見てもあらすじを読んでも恋愛……ゲーム……? となる大変謎なゲームだ。なんでそんな物買ったんだと問われたら、福袋、この一言でご理解頂きたい。

 ちなみに何が恐ろしいって、まだ福袋の中には腐良学園ゾンビッビ2、3、3、4、5が眠っているのである。3はかぶった。ちゃんと、女の子向け(ハート)、と書かれた福袋を買ったのに、腐良学園ゾンビッビセットだった私の気持ちを誰か分かってほしい。



「いやぁああ! 浮気されるぅうう! じゃあ私ゾン子」

「待て、それ確か七人くらいゾンビッビ持ってる女だろ!?」

「ゾン男に対抗するならそれくらいじゃないと駄目かなと……じゃあゴリ美さん」

「学園長はちょっと……いや、そりゃ人間は顔じゃないけど……人間じゃないし……年の差もお互いがよければいいんだろうけど、まず年齢も不詳だし……あの、月子さん。俺、時計塔の外壁をよじ登って素手で鐘を打ち鳴らした後にドラミングする女性とはちょっとお付き合いできません……」


 私もできません。まずお友達になれるかも怪しい。しかし、考えれば考えるほどよく分からないゲームだ、腐良学園ゾンビッビ。

 まあ、彼ピッピならぬゾンビッビのことは今は措いておこう。実はいま一番重要な問題はそこではないのだ。




 詰めた内容をルスランが異世界語で書類に書き込み、その下に日本語で同じ言葉を書きながら、私はそっとルスランを呼んだ。


「あのね、ルスラン……」

「何か変更したいか? どこだ?」

「違う……えっと、あのね……」


 深刻な表情の私に、ルスランは書類を見ていた視線を私に向けた。私は、角度によって色を変える不思議な水色の瞳を見つめ返し、そっと告白する。


「私……ルスランの名前全部言えない……」

「は!?」


 かっと見開かれた目から、自分の顔をさっと逸らす。やらかした自覚……現在進行形でやらかし続けてきた自覚があるだけに直視できない。大変申し訳ない。私にも言い分はあるけれど、本っ当に申し訳ない!


「おまっ……! 俺がお前の友達の名前から始まって友達の家族、友達のペットの名前、果ては移り変わる友達の彼氏の名前まで覚えてた間、ずっと!?」

「ずっと!」

「十年以上!?」

「十年以上!」


 相手が好きな人だったら覚えられるだろとか言わないでほしい。好きな人特権があっても、なかなかに難しい問題がここにはあるのだ。


「何で言わない!?」

「言いそびれてずるずると……その内どんどん、今更聞けない雰囲気に……」

「……俺は王妃のお前に多くは望まない。けれど、俺の名前は覚えてもらうからな!」

「それが一番難しい!」

「王妃としてじゃなくても、親友として、家族として覚えろ!」

「努力義務ですか!?」

「罰則ありの法的処置が入る方だ!」

「嘘ぉ!?」


 全体的に寒色系なのに熱血な勢いで怒鳴ったルスランは、走り書きで特記事項に付け足した言葉を私に復唱させた。酷い、こんなことを契約書に盛り込むなんて! 鬼! 鬼畜!


「未だ名前覚えてないお前の方が鬼畜だろ!?」

「ごもっともです」


 いやほんとすみません。






 へこへこ頭を下げながら、ルスランの名前の下に自分の名前を書きこむ。

 半眼になったルスランは、私の手首をがしりと掴むと無理やり親指同士を合わせた。じわりと熱が伝わってきて首を傾げながら動向を見守る。


「名前の横に押せ」

「ていっ」

「そんな勢いいらない」


 ルスランの真似をして親指を紙に押しつければ、青色の指紋が紙にうつる。インクがつけられたのかと親指をひっくり返して確認したけれど、私の指は白いままだった。もう一回紙を見る。そこには確かに私とルスランの親指の指紋が押されているのに、お互いの指は真っ白のままだ。何だろ、これ。不思議インクかな。


「何これ?」

「指紋認証つき拇印。テレビで出てくるたびに、指紋認証っていいなと思ってたんだよ。お前はまだ判子持ってないし、俺も玉璽しか持ってないからちょうどいいかと。まだ試作段階の魔術だけど、いつか運用できたらいいなと思って前から考えてたんだ」

「ふぅん……指汚れなくていいね!」

「………………まあ、その程度の認識でいいさ」


 ちょっと拗ねてしまった様子から察するに、結構凄いシステムのようだ。でも、私は魔法使えないし、身近なものでもないので、何が凄いのか凄くないのかがよく分からないのだ。魔法が使えるだけで「すっごい!」状態である。

 それが分かっているからか、ルスランは拗ねただけで何も言わなかった。

 紙を持ち上げて、ぱんっと両手で挟むと紙は二枚になった。ポケットを叩くと契約書が二つ。もう一回叩くと契約書が四つ? そんなにいらない。


「指紋で認証できる奴じゃないと複製できないようにしておいた。まあ、そもそも複製の魔術使える奴はかなり少ないけどな」

「ふぅん」

「…………別に、いいけどな」


 二枚になった紙の片方を受け取って、やり場に困る。仕方がないので四つ折りにしてポケットに突っ込んだ。ルスランが半眼になってこっちを見ているけれど、仕方がないじゃないか。

 ここが自室であるルスランは、ファイルみたいな物に挟んで壁に埋め込まれている隠し金庫みたいなのに仕舞ってしまえるけど、私はそういう訳には……え、何その隠し金庫。凄い、格好いい。そういうの好き!


 私が隠し金庫にわくわくしている間に、ルスランはさっさと隠し金庫を閉めて隠してしまった。上から絵を掛けられると隠し金庫があったなんて分からない。すっかり隠されてしまった金庫に不満が溢れるけれど、そもそも隠し金庫なんだから隠れるのが当然だ。仕方ない、大人しく諦めて、今度じっくり見せてもらおう。



 だって、扉は今もばんばん鳴ってるし、集まってきている人の数もどんどん増えている気がする。頑張って無視していたけどそろそろ限界だ。

 扉を開ける前にお互い定位置を調整する。ルスランは靴を履いているからベッドから下りても大丈夫だけど、私は靴を履いてないからベッドにいるしかない。結局、横座りした私の横にルスランが座るという形に落ち着いた。


「いいか、月子。お前に王妃として最善の形なんて望まない。基本的にいつも通りのお前でいい」

「ういっす」

「だが、お前と俺は愛し合ってる。復唱」

「私はルスランを愛してる」

「そこだけは何があろうと守れ、いいな! 笑うなよ!? 俺が王様してても絶対に笑うなよ!?」


 阿吽の呼吸で、馬鹿をやったり、お互いしか分からないネタで笑い合ってきた私達は、お互いが家族以外の他人に会っている姿を見たことがない。

 ルスランは、ここに至るまでにぐしゃぐしゃにしてしまった自分の髪を適当に手櫛で直しながら、大きく溜息をついた。


「気が抜けきった素しか知らないお前に、王様してる姿を見られるの地味に恥ずかしいんだからな!?」

「ルスランこそ、私がしなだれかかっても噴き出すのなしだからね!?」

「……それが一番難しい」

「この野郎」


 私達は今更取り繕えないほど、恥も、失敗も、大泣きも、苛立ちも、八つ当たりも、大爆笑も、見せ合った仲だ。もう何やらかしても、呆れられることはあっても見捨てられることはないなと思う程散々やらかしあった。だが、他人相手に取り澄ましている姿だけは見たことがないのだ。

 お前誰だ精神がにょきりと顔を出してしまわないよう、気合を入れなければならない。




 いよいよ叩き割られそうな勢いで軋む扉を見て、二人で呼吸を合わせる。

 学校から帰ってきてからの、突撃幼馴染の実家訪問してしまった怒涛の展開に、正直全くついていけない。いけないのだけど、お互いに勝手知ったる幼馴染兼親友兼家族兼、私だけそこに片想いをプラスした相手がいるのだから、どうとでもなる気がする。一緒にいる相手って本当大事だ。こんな怒涛の展開でも軽口の応酬をして、いつも通りでいられるのだから。





 ルスランは、ゆっくりと片手を持ち上げた。とても硬い生地なのか、裾は全くたわまない。刺繍も相まって、ぱっと見たらカーテンの生地みたいだ。そんなどうでもいいことを思いながら眺めていると、その手が空中でくるりと捻られる。

 同時に、凄まじい音を立てて扉が開いた。部屋のドアは魔術で閉ざされていたのだと今更知った。自動ドアだけど手動という、地味に矛盾した光景に驚いている暇はない。



 寝室の中に雪崩れ込んできたのは、さっき私が落ちた部屋にいた人の一部だ、と思う。確信はないけれど、なんとなく見覚えがあるようなないような。

 老いも若きも、若いといっても私より年上だろうけれど、ほとんど男性だ。しかし、揃いも揃って顔がいいとはどういうことだ。顔面格差社会反対。

 その先頭にいたのは、ルスランと同じくらいか少し年上だと思われる青年だった。恐らく普段はきちんとしているであろう服も髪も乱し、椅子を振り上げている体勢だ。なかなかインパクトある姿だけど、イケメンだった。顔面格差社会、断固反対。




「何だ、お前達。随分乱暴なことだ。我が伴侶が脅えてしまうだろう」

「陛下っ……説明を、して頂きます」


 椅子を下ろし、唸るような声を出したイケメンに、ルスランは不敵な笑みを浮かべて私の肩を抱く。私はその肩にふわりと頭を預け、るなんてことはできなかった。がっと傾き、がつんと頬骨が肩飾りに当たる。非常に、痛い。ほっぺ抓り合いはしょっちゅうだけど、しなだれかかるとか、させるとか、甘いしっとりした雰囲気をだしたことがない奴らはこれだから! 鏡台越しでは物理的にも無理だったけど!


 ルスランは力を入れ過ぎて、私はしなやかさが皆無だったが故に起こった悲しい事件だ。ルスランと一緒に、心の中で要練習項目にチェックを入れた。



「月子、あれは俺の一の騎士、マクシム・ゴルトロフだ。あの中では誰よりお前と関わる機会が多くなるだろう」

「うん」


 お互いぎこちなさを表に出さないよう、必死に笑顔で取り繕う。


「ちょうどいい。お前達に紹介しよう」


 いつもより抑揚が七割減、音量が二割減、音程が一割低となった声音に、お前誰だ感が溢れだすけど、それを表に出してはならない。ルスランもちょっとやりづらそうな空気を醸し出さないよう頑張っているのだから、私だってすまし顔をしなければ。

 必死になんでもない風を装って微笑む私の肩を握る力が強くなる。


「彼女は春野月子。かのリュスティナ様の曾孫だ。そして」


 どよめきが起こった。だが、私の肩を握る力はさらに増していく。あ、ちょ、痛い。


「この私、ルスラン・ヴォルドノ・トルプーギヴァ・アッターク・クスノナ・エルアリ・ルエマ・クアンロ・ハインワンドの旧知の友であり、ルスラン・ヴォルドノ・トルプーギヴァ・アッターク・クスノナ・エルアリ・ルエマ・クアンロ・ハインワンドの妃となる娘だ。以後、見知りおけ」

「……陛下、何故二回も名乗ったのですか」

「一身上の都合だ」


 肩をみしみしと掴む手が痛い。そんなルスランに伝えたい言葉がある。

 あのね?



 名前長いよっ!








 なにがなんだか分からない内に始まり、なにがなんだか分からない内にひとまずは終わった怒涛の異世界体験を終えた私は、一人で自分の部屋に立っていた。いろいろありすぎて処理できなかった情報と感情でいっぱいいっぱいになったまま、呆然と部屋を出て一階に下りていく。


「あら、月子帰ってたの?」

「うん……」


 階段を下りれば、買い物から帰ってきたお母さんが冷蔵庫に荷物を入れている所だった。豆腐を持ったままこっちを振り向いたお母さんは、ぎょっとした顔をした。


「月子!? あなた、どうしたの!? 顔真っ赤よ!? 熱でもあるの!?」

「ねえ、お母さん! 私、ルスランと結婚していい!?」

「はあ!?」

「家の手伝いもちゃんとするし、テストも頑張るし、学校だってサボったりしないし、途中で投げ出してお母さんにやってもらったりしないし、絶対ちゃんと全部するから! ねえ、いいでしょ!? 私やっていい!? 高校生になったらバイトしていいって言ったよね!? ねえ、成績落とさなかったらいいって言ったよね!? だからいいでしょ!? ルスランと結婚していい!?」


 ちゃんと最後まで面倒見るから!

 自分の!


「お、お父さんと相談して、お父さんがいいって言ったらね!」

「やったぁ! あ、これ契約書! 見て見て、契約書!」

「結婚するのバイトするのどっちなの!?」

「どっちも!」


 ポケットに突っ込んだ紙をお母さんに渡したら、お母さんは全部読む前にきゅっと眉間に皺を寄せた。


「月子、字はもう少し丁寧に書きなさい」

「はーい……」


 頑張ったつもりだったけど、如何せん内面が雑なせいで字に滲みだしていたか。

 内容の把握より先に入ったお小言に少し冷静になった。とりあえず洗濯物を入れてくると慌ただしくベランダに向かったお母さんの足音を聞きながら、改めて契約書を見る。私とルスランの青色の指紋はなんだかきらきらして、凄く綺麗だ。



 視線を契約書に向けたまま身体中の力が抜けて、すとんっと座りこむ。

 頭の中がいっぱいいっぱいで中身はうまく処理できないけど、二つ並んだ名前を見たら、もう堪らなくなった。契約書を両手で握りしめて、額をつける。



 どうしよう、どうしよう、どうしよう。叶ってしまった。夢が、叶ってしまった。

 ルスランと同じ地面に立って、同じ空気を吸って、同じ空の下にいるって夢が、思いもかけず叶ってしまった。その上、仮初とはいえ、結婚できるのだ。

 私、頑張ってもいいかな。ルスランにそういう意味で好きになってもらえるよう、頑張ってもいいのかな。言葉にする勇気を掻き集めることも、実際に口に出すことも、できるのかな。


「嬉しい……」


 真っ赤な顔で抱きしめた契約書はぐしゃりと潰れてしまったけれど、私はしばらく放すことはできなかった。






 雇用形態 正社員以外

 就業時間 月~金曜:学校終了時~21時内、土日祝日:朝食~22時内で応相談

 休日 自由に取得可 特殊イベント発生時のみ応相談

 賃金 ※提示内容に意義が唱えられた為、現在交渉中

    ※円換算は雇用主に任せるものとする

    雇用主提示:雇用主所有財産の七割

    労働者要求:時給900円 試用期間850円(家族割り適用)

    決定までの臨時賃金:時給1800円 試用期間1500円

 まかない 食べ放題飲み放題

      ※酒類、煙草厳禁

 事業内容 国家経営

 職種 国家公務員

 制服 規定なし 特殊イベント時のみ正装(装飾品含め全支給)

 就業場所 王城 王族居住区 場合によっては城外任務あり

 就業内容 雇用主のサポート

 特記事項 空き時間に要学校の宿題

      ※雇用主の名前記憶義務あり!




 雇用期間 定めあり









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