37勤
「つまり一見仲違いをしているように見せかけていたセメルト家とコンクルート家は、裏では手を組んでいて、協会の手先となって王派の貴族を暗殺していたの」
「はい」
「そして不遜にも王へその刃を向けたとき、王はそれをご存じでいらっしゃったのに、あえてその身を囮にして両家を呼び寄せ、暗殺者をすべて生け捕りにしたの! それは素晴らしいお手並みだったそうよ。当たり前よ、ルスラン様だもの。戦場では誰よりも前に立ち、空から黄喰いをばらまき、敵兵を一掃した方だもの。いくら協会と親密関係にある家であろうと、たかが一貴族が集めた暗殺者が太刀打ち出来るはずがありませんわ! わたくしはまだ子どもで、しかも女であった為、その雄姿をこの目で拝見することは叶いませんでしたけれど、お兄様は戦場にもお供致しましたので、よくお話は伺っていましたの!」
「はい」
「ちょっと、聞いていらして?」
「はい」
「そのまま芋づる式に協会の手先となっていたお家を取り潰して……まるで鬼神のようだったともっぱらの噂で……それはそれは恐ろしいお姿だったそうよ……」
うっとりと頬を染めて語られる内容ではない気がする。
「ちょっと、貴女本当に聞いているの?」
「はい、セメントとコンクリートが芋づる式に収穫されたってお話でした」
「……まあ、そう、なるのかしら? 本当にルスラン様は素晴らしい王であらせられて、協会が病魔を仕込んだ黄水晶をレミアムに流そうとしていたときも、水際で食い止められて、おかげでレミアムに被害はなかったの」
この辺りは頬を染めて話しても問題ないように思うし、新しい登場人物が出てこなくてよかった。
コレット・オレン講師の授業は、解釈を違えることは許されず、さりとてメモを取ることも許されないという超上級者向けの講座なので、次から次へと移り変わる話題に私の頭はパンク寸前だ。だが、授業に振り落とされた瞬間、コレットの美しい瞳が吊り上がるので死に物狂いでしがみついている。
「その黄水晶を使ってしまうと魔力が病魔に冒されてしまうので、他国では恐ろしい猛威を振るったと聞くわ」
「その仕込み黄水晶が持ち込まれたのはレミアムだけじゃなかったの?」
「ええ。協会の狙いは、病魔に冒された人間の治療で大量の黄水晶を消費させることだったのだもの。そして、黄水晶が足りなくなった国へ高値で売りつけたり、今まで断れ続けてきた要求を呑ませるのよ」
「うわ、あくどい……」
「その黄水晶の処理も大変で、中の病魔ごと滅さなくてはならないから非常に高濃度の魔術が必要になるの。だから、高名な魔術士でも一日一箱程度の黄水晶しか処理できなかったのだけれど、ルスラン様は一日一山燃やしていたわ。まるで魔王のように素敵だったの……」
魔王って、素敵の代名詞だったかな……。自分の常識と擦り合わせられない。だけど仕方がない。だってここは異世界。感性のずれは勿論、常識だって違って当たり前だ。
「たとえ他国の子どもであったとしても、協会に親を殺されて孤児となった子ども達を集めて養護院を作ったり」
それは素晴らしいことだと思う。
「その養護院に火をつけようとした協会の手先を挽肉にしたり」
沈黙を返答に変えさせて頂きます。
「とにかく、強く気高く美しく、王は本当に素晴らしい御方なのよ!」
前のめりで、興奮したように頬を赤らめ、大きな目をきらきらと輝かせているコレットは、大変綺麗で可愛らしい。問題は、うっとり頬を染める箇所が若干おかしかったことくらいだ。
ずっと喋り続けていたコレットは、一息ついたところ喉の渇きに気づいたらしく、もう冷めてしまったお茶をゆっくりと飲み干した。
「ふう……すっきりしました」
「あ、はい……よかったです」
「わたくしが王のことを語り始めると、皆様目が虚ろになってしまわれて、あまり沢山お話しできませんの」
「あの、私も虚ろになっていた自負しかありませんけど」
「貴女は虚ろになっていようがいまいが、気遣う必要もないかと思って」
「悲しい!」
別に敬い奉る必要は皆無だけれど、ほんの少し、綿飴のような優しさを頂けても罰は当たらないと思うのだ。
私は身体の力を抜き、正し続けていた姿勢を崩した。お茶に口をつけると、冷めてもおいしかった。癒やされる。
「おいしい……」
「当たり前よ。誰が好んでいる茶葉だと思っているの。このわたくし、コレット・オレン御用達よ。おいしくないわけがないじゃない」
ふんっと髪を払ったコレットがそう言うと、妙に説得力がある。この動作で胸を張られたら、何でもかんでも納得してしまいそうだ。
「これは冷めたら冷めたでまた違ったおいしさが味わえるお茶だけれど、もし暖かいままで呑みたければ仰って。温めてあげるわ。まあ、魔術が全くない貴女には考えもつかないでしょうけども」
今は、あのお茶会にいたときより何百倍も楽しかった。コレットはふんふんつんつんしているけれど、彼女からはあの突き刺さるような視線は感じない。値踏みするような視線も、嘲るような視線も、相手を傷つける為だけに発せられた言葉も、何もなかった。
人のいるところでは話せないことを言われるのかなと、ほんの少しも思わなかったわけではないことが申し訳ない。
「あの、コレット」
「何かしら」
「……コレットは」
「だから、何かしら」
王妃になりたかった?
ルスランのお嫁さんになりたかった?
似ているようで違う二つの質問を、口に出すことが出来ない。なんと言っても無遠慮で、無神経になることが分かっているのに、どうしたって気になる問いだ。あのお茶会にいた人達には全く聞きたいと思わなかったのに、コレットの答えは、気になった。聞いたところで、何をどうすることも出来ない問いだと自分で分かっているのに。
口ごもった私を見て、コレットは片頬を吊り上げた。目鼻立ちのはっきりした美人が左右非対称に浮かべた笑みは、凄まじく悪い顔で、私は全開になったいけない扉を慌てて閉めた。
「わたくしがルスラン様を好きか気になる?」
聞きたいことがあるということだけではなく、内容までばれていた。ならばもう口ごもる意味もない。私はしっかり頷いた。
「猛烈に」
「……もう少し躊躇ってもいいのではなくって?」
「ばれてるし、いいかなと……」
「貴女の思い切りの良さだけは褒めてあげてもいいわ」
呆れた声で言ったコレットは、さっきの悪い顔を苦笑へと変える。そうなったら少し幼くなって、思わず見惚れるほど可愛い。
「そうね、わたくしは、このレミアムで誰より王妃に近く、王妃にふさわしいと自負しておりますわ。生まれたそのときより、王妃になるべく育てられた娘ですもの。血筋も器量も特級品、魔力も頭脳もルスラン様には及ばずともその辺の魔術士に負けることなどありはしない。このわたくし以上に、王妃にふさわしい人間がいると思って?」
思わない。その上、私にとって居心地の悪い空間から連れ出してくれておいしいお茶を飲ませてくれて、私が知らなかったこっちの世界でのルスランの話をしてくれるくらい性格もいいときたら、もう完璧だ。
「わたくし、ルスラン様のこと、心より尊敬しておりますの」
「は、い」
「まだ存命だった両親も、周囲も、誰もがわたくしが王妃になることを望んでいました。ご存じでいらっしゃるかは存じませんが、オレンはレミアムに仕える一族です。ですから、王家の方々と対立することもしばしばありましたの。その両家を繋ぐ架け橋になると同時に、オレンの目を入れようとして。兄は今でもそう願っているでしょう」
「はい」
「でもね、わたくし、あの方と夫婦になれる気が、これっぽっちもしませんの」
「はい?」
間の抜けた声を出してしまった私の横で、コレットはふんっと鼻を鳴らして腕を組み、そっぽを向いた。
「だって、仕方がないでしょう。あの方、わたくしに笑ってくださったことなど一度しかないのだもの」
そこまで極端にないと、その一度が非常に気になってそわそわしてしまう。あからさまにそわそわした私に、コレットはにんまりと笑った。
「気になる?」
「猛烈に」
「そう、でもこれはわたくしの唯一だから教えてあげないわ」
「残念です……」
「……もう少し食い下がりなさいっ! 聞きたそうにしている相手を焦らして優越感に浸った末に話すほうが気分いいじゃないの!」
「乙女心が分からず、大変申し訳ありませんでしたぁ! えーと……聞きたい聞きたい! 是非とも聞かせてくださいコレットさん、コレット様、コレット大明神様ぁ!」
両手を合わせて縋れば、コレットは「ダイミヨージン……?」とぽそっと呟いたけれど、すぐにどうでもよくなったのかご満悦に胸を張った。
「そこまで言うのなら教えてあげても宜しくてよ。あれはまだわたくしが十歳だった頃、両親に連れられてあの方と何度目かの顔合わせを行っていたお庭で、わたくしの髪に葉っぱがついてしまったの。それを見たあの方は、はじめて笑ってくださったの。何でも、知り合いの女の子の同じところに葉っぱがついていたんですって…………今気づいたけれど、それ、貴女のことではなくって?」
「あ、たぶんそう。通学路に木のトンネルみたいになってるところがあって、葉っぱとか小さな花とか降り注ぐんだよ」
「いま猛烈に腹立たしくなってきましたわ。もうお茶を出してあげません」
「そんなぁ!」
やだやだやだとコレットの腕を掴んで揺さぶれば、コレットは悪い顔で高笑いしながら揺られている。私は生まれて初めて、生の「おーほっほっほっほっ」を聞いた。
揺られながらでも途切れない声量で放たれた高笑いは、揺れでエコーがかかりながらもしばらく続いた。
華麗なる高笑いを聞いていたら、それまで全く反応を示さなかったロベリアが顔を上げたのが視界の端に映った。その視線の先を辿れば、空いたままの窓がある。
意識を向けてみれば、何やら階下が騒がしい。ここは四階の部屋なので、この部屋まで声が聞こえてくるなんて相当だ。しかし、今度はぴたりと音が止まる。さすがに気になって、窓に近づく。コレットも一緒についてきたけれど、疑問符を浮かべている私とは違い、何だか普通だ。この騒動に見当がついているのかも知れない。
少ししか開いていない窓を大きく開き、ひょいっと下を覗き込む。風に煽られた髪を寄せて片手で押さえながら覗き込んだら、何だか見覚えのある空間が広がっている。
植木にテーブルに、花のように色鮮やかな女性達。ここはさっきのお茶会場の上の部屋だったらしい。それにしても、さっきの声は何だったのだろうと首を傾げかけて、納得した。
「ルスランだ」
今日はぎりぎり夕食を一緒に食べられるかどうかの時間に帰ってくると言っていたのに、まだお昼過ぎに帰ってきた。用事が早く終わったのか、何か忘れ物があったのか、はたまたここに何か用事が出来たのか。それとも。
「…………私のせいだったり、する、とか」
「兄のせい、と言っておきますわ」
花畑のように色鮮やかな女性達は、その場から一歩も動いていない。というより、誰も動いていない。何か話しているのかもしれないけれど、ここまでは聞こえなかった。
「コレット、ルスランを呼んでもいい?」
呼んだらきっと、ルスランはここに来るだろう。部屋の持ち主の許可を取らずに呼びつけることは出来ない。確認を取れば、コレットは肩を竦めて頷いた。すぅっと大きく息を吸い、呼び慣れた名前を叫ぶ。
「ルっスラ――ン!」
弾かれたように視線を上げたルスランに、大きく手を振る。遙か地上で小さく見えるルスランは、片手を軽く上げて踵を返した。その姿を見てほっとする。飛んできたらどうしようとはらはらしていた。ロケットみたいに飛んでくる王様。想像しただけでシュールだ。
コレットは窓を閉め、大きな鏡の前に移動して少し乱れてしまった髪を直し始めた。私も適当に直しながら、少し考える。
「あのさ、コレット」
「何ですの」
「お城でも、会える?」
そぉっと聞いた私に、身嗜みを整えていたコレットの視線がすいと流れたのが鏡越しに見えた。
「そうね。お兄様はわたくしを王妃に望んでおりますし、隙あらばと考えているでしょうから、王城には意外と顔を出しておりますのよ。まあ、お飾りの王妃である貴女はご存じではないでしょうけれども」
「え!? 私に飾られる価値があるとでも!?」
「……そう言われると、ありませんわね。これっぽっちも」
「だよね、びっくりしたー。でさ、じゃあさ、もしよかったらなんだけど、お城に来たとき時間が合えば、王妃の勉強教えてくれない? あ、ルスランがいいって言ってからになるんだけど」
「……わたくしに頼まずとも、もっとふさわしい方を王が選定してくださるわ」
「ルスラン、私に王妃の勉強させてくれないんだ」
「そう……お兄様が仰っていた通りなのね」
困ったような呆れたような溜息をつかれてしまった。ネルギーさんは何を言っていたのだろう。
「王は王妃様を王妃様に据える気はないようだ、と」
うーん、哲学かな?
しかし、仰る通りのご明察。私もそう思うのだ。ルスランは全くといっていいほど私に王妃の勉強をさせようとはしないし、私が言っても流し続けている。一緒にいると言ってくれたのに、巻き込んでくれると言ったのに、ずっとずっとこれまでの延長を続けようとしているように思う。それは、端から見ても分かってしまうことだろう。
「……王の許可を頂ければ、その任謹んでお受けしますわ。けれど月子、どうぞお気をつけ遊ばせ。兄は貴女を認めるつもりはないようですし、協会は生活に密着していた存在であるからこそ未だレミアムでも擁立派が多い。そして、レミアムは三度あの方を裏切った」
鏡から扉へと身体を向けたコレットは、じっと扉を見つめ続けている。
「一度目は、特殊な力をお持ちのあの方を差し出せと命じた協会に従おうとしたこと。二度目は、協会の言うがままに先代の王を王妃を、レミアムの政を支えていた大勢を、殺したこと。三度目は、王家を切り捨ててレミアムを協会に売ろうとしたこと」
知っている。レミアムはルスランを捨てられる。捨てられるのだ。それでもお父さんとお母さんを殺した国を、お父さんとお母さんが守ってきた国だからと、王になった。
「兄は、レミアムを協会に売り渡すことをよしとはしておりません。ですから、今は王とオレン家の利害は一致し、協会排除へと手を組んだ。けれど、ルスラン様がレミアムに仇なすと判断すれば、オレンはレミアムにつくでしょう。貴女は、そんな国の王妃になれまして?」
静かで淡々とした声は、心地よい青空が広がる昼下がりにはふさわしくないなと思うのに、何よりふさわしくも思う。だって、どんないいことも悪いことも、天気なんて関係なくやってくるものなのだ。時間も天気も都合も、気分も感情も関係なく、物事とは起こるものなのだから。
だから、準備が必要なのだ。普段から練習して、心構えをして、突発的に起こる物事に対処出来るだけの力と気力を蓄えておかないと、身体も心も擦り切れて、日常に戻れなくなってしまうから。
「私は、王妃なんてなったことも見たこともないから、分からない」
「そう」
「でも、それがルスランと一緒にいるために必要なことなら、やる前から投げ出すのは嫌だって思ってる」
「そう」
返ってきた全く同じ言葉は、どうしてだかちょっと違って聞こえた。




