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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第二章
35/69

34勤








 テントから出ると、空が真っ赤になっていた。


「夕焼けだ。いっぱい遊んだねー」

「そうだな」


 初めての異世界町歩きが、観光名所で大きなお祭りの真っ最中。それだけで楽しくないわけがないけれど、ルスランと一緒に外で遊べたことが何より一番嬉しかった。

 昔から、ルスランと遊ぶときは室内限定だった。当たり前だ。鏡台を持ち出して外で駆け回るわけにはいかない。それだけでも充分楽しかったけれど、一緒に歩きたいなと思わなかったわけじゃないのだ。




「そろそろ戻らないと駄目だな。月子、俺はこれから島長とかその他諸々と会食になるんだが、お前は悪いが部屋で食べてくれ」

「えぇー!」


 ここまで楽しかった後に、まさかのお一人ご飯。切なさ倍増である。

 切ないと思っていたら、自分でも思っていた以上に悲痛な声が出てしまった。この分だと顔もたぶん、かなり悲壮な感じになっているのだろう。

 そんな私を見て、ルスランはちょっと眉を下げた。


「ネルギーとお前を、あまり同席させたくない」

「どうして?」

「王族は基本的に、どんなに遅くても一年前には、宰相や大臣達に極秘裏に話を通してから結婚する」

「はい?」

「様々な面倒ごとを片付け、ほぼすべて確定してから情報を小出しにし始めて、最後に大々的に発表する」


 どうしていきなり王族の結婚講座になったのだろう。飛んだ話の行方を大人しく見守る。


「だが俺は、その過程をすっ飛ばした」

「そうですね。王族じゃない人間にとっても電撃過ぎる結婚でしたね」

「通例通り、先にあいつに報告した場合、お前はその二日後には全然知らない男と結婚している。結婚した結論だけの書類を後から見せられるパターンで、その時には既に大々的に発表されていて、終了だ」


 なんだその悪夢。

 ルスランはしみじみ頷く。


「そういうことだ」

「どういうことなの!?」

「そーいう男なんだよ」

「どーいう人なの!?」


 異世界って怖い。宰相って怖い。要約するとネルギーさん怖い。

 ごり押しして結婚まで駆け抜けてくれて本当によかった。

 正直、こんなごり押し結婚するルスラン本当にちゃんと王様やれてるのかな、大丈夫かなってこっそり心配していたけれど、ごり押ししてくれてなかったら大惨事だったなんて知らなかった。




「あいつ、お前がこっちに来た時は偶然国外に出ていたんだ。俺が結婚の通達をしたと聞いて強行軍で帰ってこようとしていたのは徹底的に邪魔した。おかげで穏やかな式だった。もしもあいつが帰ってきていたら、お前を暗殺しようとするあいつとお前を守ろうとする俺とで怪獣大決戦だったな」


 一か百かしかないってどういうことなんだ。間を取ってちょっとくらい波瀾万丈だったけれど穏やかに終わりましたとかないのだろうか。一か百どころか、一か千、生か死か。私の知っている結婚式と違う。


「しばらく外交で外に出してたのに、全部終わらせて戻ってきたようだ。報告がないのはお互い様だが、ここにいるとは思わなかった。あいつの小言や嫌味を聞きながらの飯は死ぬほどまずいぞ。だからお前は部屋で食べてろ」

「……はーい」


 確かに、どうしても仕方がない場合以外であえて望みたくなる食事の場ではなさそうだ。でも、ちょっと言い淀んでしまった。そんな私に気づいたルスランは、小さく笑う。


「部屋でロベリアと食べていいから。お前、一人で食べるの慣れてないだろ」

「……仰るとおりです」


 基本的に誰かと一緒に食べるご飯しか知らないので、たまに一人で食べると味気なくてつまらなくて、びっくりする。言い淀んだ理由はそれだけじゃないけど。


「私、今までで一番嫌だったご飯は、法事でお母さん達が家空けた中一の時の夕ご飯です……ルスランも仕事中で一人だったし……」

「俺が今までで一番嫌だった夜は、お前が修学旅行に行っていた夜だな」


 しみじみ言った私に、ルスランもしみじみ言った。もっと凄い夜がたくさんあったはずなのに、微妙な夜を選択してしみじみ頷くルスランに思わず半眼になる。


「私まじめに言ってるのにー」

「俺もまじめだぞー」

「えぇー?」


 ぶすくれた頬が、ルスランの手によってぶしっと潰された。あ、触った。

 触って触られて、そんな当たり前だったことをいちいち意識するようになってしまった自分を、どう思えばいいのか分からない。怒ればいいのか、悲しめばいいのか、切なくなればいいのか、照れればいいのか。気持ちを定めようがないことに対してはイラッとする。

 私はもう一度頬を膨らませた。まだ私の頬を潰したままのルスランの指を押し返す勢いで頑張る。八つ当たりなのか正式なものなのか、微妙に判断がつけられない私の頬の膨らみは、善戦したけれどあえなく撃沈し、再びぶしっと潰された。







 島の中心部、しかも島全体を一望できる高さに建てられているこの屋敷は、町の喧噪が届かない。私は窓から外を見て「わぁ!」と声を上げた。

 いつの間にか海が見えている。日が落ちてしまったので、青く広がる水と、その水面できらめく太陽の光は見られないけれど、たくさんの光が海に向けて伸びていた。


「あれ船!?」

「お、よく知ってんなー。そー、漁船ー」


 興奮する私をよそに、ロベリアはぼきぼき骨を鳴らしながら伸びをしている。きっと見慣れた光景なのだろう。


「凄い、綺麗」


 出店のお姉さんが教えてくれたこの島の見所の一つ、夜の海にたくさんの漁船が繰り出していく光景は本当に綺麗だった。まだ海面まで少し高さがあるのに、船がどんどん島から飛び出していく。光の線を散らしながら夜の空を飛んだ船は、夜の海にも光の線を残して進んでいった。たくさんたくさん光の線が伸び、散り、まるで海に星空が現れたかのようだ。

 しばらく見ていると、だんだん船の数が減り始め、やがて光は途切れてしまった。すべての船が出払ったのだろう。まるで花火大会の後のような興奮のまま、ロベリアを振り向く。その勢いで髪がロベリアの顔面に直撃した。


「あいてっ」

「ごめん! 明日も見れるかな!?」

「嵐じゃない限り見られるんじゃね? あれも観光の目玉の一つだし」

「そっかぁ、楽しみ。ご飯も楽しみ」


 うきうき身体を揺らしている私の前で、ロベリアの姿が変わった。少し癖のある、たっぷりとした長い金髪の女の子になったロベリアは、その長い髪を手に持ち、まるでロープの強度を確かめるようにぴんっと張った。


「……なあ、王妃様」

「何?」

「これ、凶器になるかな」

「なんでいきなり凶器の話になったの!?」

「いま髪の毛食らったからふと……これならロープなくてもやれるかな」

「何をやるのかは聞かないでおくね!」


 これからご飯なのだから、殺伐とした話題は避けてほしい。私はこう見えて、ほんのちょっとは繊細なのだ。そう胸を張って堂々と宣言すれば、ロベリアは「へぇへぇ」と凄まじく適当な返事をくれた。




 夕飯は、海鮮懐石といった感じだった。他の人の目がないのをいいことに、ロベリアと二人で苦手な物は交換しながら食べてしまった。お母さんが見たらピーマンフルコース決定である。


「あ、王妃様。それ多分王妃様駄目だと思う」

「え? どれ?」

「それ、黄身の魚」

「まず黄色のお刺身が初めて」


 行儀悪くフォークの先で指されたお皿に綺麗に盛り付けられている、黄色のお刺身に自分のフォークを突き刺す。色はともかく雰囲気は普通のお刺身なのに、それをフォークで食べる違和感。マイ箸を持ってくるべきだった。

 既に黒いタレのような物がかかっている刺身の端っこで恐る恐る匂いを嗅いでみて、ぎゅっと顔をしかめる。これ、他人様の前で食べる前に部屋で食べて正解だった。会食で、顔面を全力で顰めるのは失礼がすぎる。


「なに、この、匂い」


 臭いというか、独特の香りというか、苦手というか、臭いというか。


「び、微妙な、匂い、です、ね」


 魚醤を腐らせたらこんな臭いがするのかも知れない。腐らせた魚醤を嗅いだことがないけれど。

 口に入れることができなくて、そぉっとお皿に戻す。私が魚を戻したお皿ごとロベリアが回収して、一気に掻き込んだ。お茶と一緒に流し込んでいるところを見ると、ロベリアもあまり得意ではないのかもしれない。


「これ、かなり癖がある事で有名なんだけど、この島では伝統食みたいな扱いだから必ず出されるんだよ。これもあるから、王妃様こっちに避難させられたんじゃね?」

「そうかも……」


 お醤油つけたい。









 多少の戸惑いはあったものの、食事は大体おいしく頂いた。お腹いっぱいになったところで、思わず欠伸が出る。


「王妃様、今日は散々歩き回ったし疲れたろ。もう風呂入って寝ちゃえば? 王様、たぶん遅いし」

「んー……ルスランもそう言ってたけど……」


 一日の疲れがどっと出た。足はぱんぱんだし、身体は中に鉛を入れたみたいに重たい。ちょっとはしゃぎすぎたようだ。目尻が熱を持っている。これは本格的に寝てしまいそうだ。

 外を歩き回ったからこそ、お風呂には入っておきたい。仕方なく重い身体を引きずり、光る花びらがたくさん浮かぶお風呂に入ってきた。とてもいい匂いだったし、露天になっている部分からの景色は最高だったのに、私はそれを楽しむ余裕もなく目を擦りながらお風呂を終えた。



 ロベリアと一緒に、夕飯を食べた部屋に戻ってくる。この広い部屋を中心に入り口の扉と向き合って右側がルスランの寝室、左側が私の寝室だ。

 とりあえず中心の部屋のふかふかソファーに座り、目を擦る。一度自覚した身体の重さは、お風呂に入った後もとれない。お風呂に入ってとれなかった場合、これはもう眠ってしまわないと駄目だ。切れたスイッチが戻せない。

 それでも、目元を押さえたまま動かない私に、ロベリアは呆れた声を出す。


「なに? 寝る前にぐずってんの?」

「んー……いやー……寝る前にルスランと話そうかなーと思ってたんだけど」

「俺でよければ聞いとくけど」

「明日の予定……」

「最初から俺に聞いてくれる? 俺一応、王妃様付侍女扱いだから、王妃様の予定は把握してるんだけど。正確には王妃様付侍女兼護衛兼話し相手だけど」


 どうも私の知り合いは兼業が多いようだ。いま聞いた兼、兼、兼、を頭の中で反芻し、目の前で立っているロベリアの裾を引く。


「もう一声」

「あ?」

「そこに友達って混ぜちゃ駄目?」

「あー……まあ、別にいいけど」

「やった」


 小さくガッツポーズした私の隣に、ロベリアがどっかり座る。反動で私の身体はソファーの上でちょっと跳ねた。


「で、王妃様なんか悩んでんの?」

「え? なんで?」

「王様が、王妃様のはしゃぎっぷりが尋常じゃなかったって言ってたから。んで、話すつもりがありそうなら聞いてやってくれって」

「ルスラン、過保護」

「はは、だよなー。で、なに?」


 その過保護ルスランが私に触らなくなったんだけど、どうしてだと思う?

 なーんて聞けるはずがない。


「この世界、異世界だなぁって」


 そう言えば、ロベリアは心底呆れた顔をした。


「そりゃ王妃様の生まれた世界じゃないだろ。今までなんだと思ってたんだよ」

「そうなんだけど、ほら、今日いろいろ、ほんといっぱいびっくりするもの見たから。景色も、物も、知らない物ばっかりで……なんて言うのかな、私も地に足つけたいなぁと。今は全面的にルスランに守ってもらってるし」


 私がこの国にいられることはもちろん、こっちの世界に来られること自体、ルスランがいなければ成り立たない。そのルスランは、相変わらず私を表に出そうとしない。王妃としての仕事どころか、生活におけるすべてを私にさせてくれない。掃除も洗濯も、ルスランに関係しない誰かと付き合うことも。

 それは、ルスランの管理下から外れてしまえば、私が生きていけないと思っているからだ。


 金銭面や生活面において、それは正しい認識だろう。だけど、私がこの世界に私個人として関われば、すぐに壊されてしまうと思われているのは、少々心外だ。

 月光石だかなんだかの面は確かに少し不安だし、自分ではどうしようもないけれど、そういうことではなく、私はちゃんと立てるのだと、私は誰と会っても何があっても私として生きていけると信じてくれない人と会う手段を、その人しか持っていないということは、とても怖いことなのだ。


 鏡台を壊してもう会わないようにしようと、ルスランが言ったのは一回きりだ。だけど、その一言は恐ろしい恐怖をはらんでいる。何かあれば、私はこの世界との繋がりをぶつりと切られてしまうのだ。ルスランの手で、ぶつりと。そこに関与する物はルスランの決断ただ一つ。ルスランが私を守り切れないと思った瞬間、私はこの世界もルスランも失ってしまう。


「だから、私は私で、私の世界を形成したいなって。だって、一人で立てない人間が、誰かを支えるなんて無理でしょう? 寄りかかったら潰れちゃうと思う相手にもたれてくれる人なんていないし」


 もしもルスランに何かあったとき、ルスランが崩れてしまったとき、共倒れすらさせてもらえなくなるのは、つらい。だから本当は、ネルギーさんがとんでもない人でも、ルスランに隣にいる上で避けられない道なら、私はちゃんと通っていきたかった。そして、できるなら、逃げさせるんじゃなくて、頑張れって言ってほしかった。頑張ってって、一緒に頑張ろうって、言ってもらえたら、私は何だって頑張れるのに。

 そう言ってもらえないのは、私が未熟なせいだと分かってはいるけれど。


 私はこの前、月光石だなんて訳の分からない存在だと判明した。それなのに、あれ以来ルスランはその事実に一切触れようとしない。私にも触れないのに、その事実にもびっくりするほど触れないのだ。触れなくたって、私がそうである事実は変わらないのに、まるで何事もなかったかのように。



「だからさっき友達なんて言い出したの?」

「あ、それは単にロベリアが友達だったらいいなーって思っただけです」

「なんだそりゃ」


 軽い笑い声を上げて背もたれに体重を預けたロベリアに習い、私も背もたれに埋もれる。

 ルスランが私に触らなくなったのは、彼なりに何か考えているのだろう。心配性で、過保護で、自分の生に関しては非常にネガティブな人だから、また何か悩んでいるのだろう。

 だけど、どうせ悩むなら一緒にさせてほしい。一緒に手探りで進んでいきたい。私達の関係を、ルスラン一人で悩んで決めるのは、ちょっと傲慢だ。でもこれはルスランの癖みたいなものだから、そう簡単に治りはしないだろう。それならその間に、私は私でルスランに頼られても大丈夫なよう、しっかり大人になっていくしかない。



「それで、明日は私、何か予定ある?」

「んにゃ、なーんにも。王様は忙しいけど、王妃様は一日……腐利ー?」

「フリーかぁ。じゃあ、何か探してみようかな。それと、いま言ったことルスランには内緒ね。あの人心配性だから、私が新しいこと始めようとしたらいっつも心配するんだよ」

「王様に心配されるのって凄い、豪勢」

「だね。よし、そのためにも、今日はさっさと寝よう!」


 いつものようにルスランにおやすみって言いたかったけれど、遅くなるなら仕方がない。せめておはようを元気よく言えるよう、さっさと寝てしまおう。

 勢いよく立ち上がり、自分にあてがわれた部屋の扉を開ける。


「ロベリア、話、聞いてくれてありがとう」

「おー、俺は王妃様付侍女兼護衛兼話し相手兼友達だからなー」


 新たに追加された項目に、あははと笑う。ロベリアも同じ笑い声を上げて、片手を上げた。




 ロベリアが部屋を出て行くと、部屋の中はしんっと静まりかえる。無言でもそもそとベッドに潜り込み、横になった。

 明日は何をしようかなと考えると、何をできるようにならなきゃいけないのかなという思考が一緒に現れる。本当は日本でだってこういうことをいっぱいいっぱい考えなければいけないのに、まあ今度でいいやとか、いずれ、みたいに流してしまうのは悪い癖だと思っている。

 そんなことを考えている間に、私は眠ってしまった。












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