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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第二章
34/69

33勤







 ちらりとロベリアを見ると、口元で指を交差させてお口バッテンを作っている。青褪めた顔で必死にお口バッテンしているロベリアをちらりと見たマクシムさんは、心なしか呆れているように見える。そして、マクシムさんはちらりとルスランを見た。

狭いテント内で、ちらりちらりと視線が飛び交う。それもこれも、ルスランが怖い顔しているからである。


「ルスラン」

「何だ」

「顔怖い」

「…………お前が死んだら俺は常にこの顔になるぞ」


 じっとりと据わった目をされた。まだ死んでないのに責められても困る。だが、この様子なら私が既に死んでいる説はなさそうだ。よかったよかった。

 胸を撫で下ろした私を見ていたルスランは、大きく深い溜息をつき、肩の力を抜いた。


「ブラン、お前の性質はいい加減慣れたが、月子に向けるつもりなら研究費削るぞ」

「うっ……」


 呻いたブランさんに、ルスランは呆れた目を向ける。


「月子、こいつは設備であれ人体であれ、魔力の不備を見つければ治療もできる。だから、こういった魔力の流れによって左右される島なんかをチェックして回っているんだ。自然界の魔力の流れの変化は、簡単に災害を引き起こすからな。魔力の流れを見ることのできる人間は稀なんだ」

「貴方様のお力に比べましたら些細な特技でございます」


 ぽりぽりと頬を掻いたブランさんは、ちょっと困った顔で苦笑いして、私に手を差し出した。


「王妃様、この度はご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます!」

「今回は王様のご命令により、王妃様の魔力の流れを計らせて頂きました」

「ありがとう、ございます?」

「その結果、まっっっっっったく魔力がないことが判明したのでございますが」

「ありがたくございません!」


 泣きたい。魔力が0なのは既に分かっていたことだけど、そこまで力強く断言されると改めて悲しくなってきた。めそめそ嘆く私の上で、会話が続く。


「その器官自体がないということか?」

「そうですね……先天的に魔力を扱う構造をしておりませんいやはや興味深い魔力が体内を巡らずとも生存が可能なのですねこれはご両親やご親戚いやそちらの世界のすべての人種いやすべての動植物に空気も観測した上で王妃様特有の体質なのかそちらの世界特有の性質なのかを研究したいいやぁこれは珍しい解剖したい」

「ブラン」

「ご無礼を!」


 危うく月子の開きができあがるところだった。この人、もしかしなくてもそれなりに危険人物なのだろうか。私は、心持ち椅子を引いて距離を作った。


 そして、私はブランさんによってCTスキャンにかけられたということなのだろうか。それともMRI? 最後の希望として目測では分からないほどの魔力がないかと調べてもらった結果、それすらないということが判明したのだ。泣いていいだろうか。

 ブランさんに釘を刺したルスランは、じっと私を見る。


「お前の中に、測定できないレベルの魔力でも微量に存在しているならそれを増幅できればと思ったんだが……その器官すらないと貯蔵もできないな。道理で護術をかけても滑り落ちるわけだ」

「そんなものかけてたの? いつ?」

「常にかけようとはしてきた、が、お前は俺の術を自分の身に留めるための魔力すらないんだ。術をかけても全部滑り落ちる。俺といるときは俺を主体としてお前を巻き込むから問題ないが、お前個人に定着させることができないんだ。お前単体を浮かせたいならお前の周りの空気にかけるしかないってことだ」

「つまり留めるための魔力って、のり……」

「……のりでも静電気でもフックでも段差でも何でもいいけどな…………ブラン、この状態の人間に持たせられる護身具として何を考える」


 そう問われるのが分かっていたのだろう。ブランさんはルスランに聞かれる前から難しい顔をしていた。


「そうですね……魔術なしでも腕が立つ護衛をつけて黄喰いを装備させるしかないのではないでしょうか」


 護身具完全無視である。


「一番確実なのは貴方様が常に肌身離さずお連れすることかとは思いますが、それは不可能でしょうから、ここはやはり黄喰いが宜しいかと。魔術同士のぶつかり合いとなると火と水などの相性も出てきますが、体術の歴史であればレミアムに分があります故。協会は黄水晶を独占しているだけあって、魔術に頼り切っておりますし」

「じゃあ、私も武道を極めればいいんですか?」


 これはいいことを聞いたと挙手すれば、皆から変な目で見られた。


「どうしてそうなった?」

「そういう話じゃなかったの?」

「月子さん、体育の成績は?」

「出席点で赤点は回避していますよ、ルスランさん」


 私の成績表は、2から5が乱立する戦国時代なのだ。出席点により1は回避しているけれど、暗記が物をいう科目と身体を動かす科目は瀕死寸前である。彼らが天下を取れる未来は、今のところない。


「どうしてそれでいけると思った……?」

「まだ見ぬ自分の才能に賭けてみるのもいいかなって……」

「お前の護身方法がそうなった場合、俺はお前を城に監禁することになるんだが」

「せめて軟禁にしてもらえませんか」

「嫌だ」

「嫌かぁ……」


 駄目だと言われれば反抗したくなるけど、嫌だと言われれば叶えてあげたくなるのは惚れた弱みだろうか。

 仕方がない。颯爽としたかっこいい女剣士を目指すのは諦めよう。自分の身は自分で守れる強く可憐で美しい王妃になりたかったけど、正直なれる気がしない。いろんな意味で。

 理想と現実のギャップに唸っている間に、ブランさんが立ち上がっていた。椅子の後ろに置いていたらしい鞄から小さな石を取り出し、恭しくルスランに渡す。


「こちら、今回の報告書でございます。同じ物を島長に渡しております……実は、少々気になることがございまして。数日はこの島にとどまる予定でございます」


 ルスランは頷きながら石を掌の上で浮かせた。すると、目の前にディスプレイでもあるかのように文字と画像がつらつら流れ始めた。あの石、映写機だったのか。

 結構な早さで文字が流れていく。それらをルスランの目はしっかり追っていた。


「変化はないように見えるが」

「はい。人間には黄水晶を通さない魔力への介入はできませんし、この近隣で大規模な自然現象もありません。数値として変動が現れているわけではないのですが……何かが引っかかりまして」

「分かった。気にかけておく。何かがあれば逐一報告を上げろ」

「はっ」


 お互い用件は済んだのだろう。それ以上会話を続けることなく、ブランさんは深々と頭を下げた。


「では、わたくしはこれで失礼致します。また何かございましたらお呼び立てください。王様も王妃様も、大変興味深い案件でございます故、取る物も取らずに飛んで参ります。王妃様も、その際には是非ご同席を」

「あ、お世話になりました」

「なんのこれしき。我らが王の召喚とあれば、地の果てからでも参りますとも。王妃様も、何事かございましたら是非わたくしをご利用ください。わたくしは、魔力の流れを研究する段階で医術も齧っておりますので解剖なさる機会がございましたら是非わたくしめにお声を」

「ブラン」


 低い低いルスランの声に、ブランさんの身体が飛びあがった。

 私は解剖を必要とするような事態になる予定はないのでお声掛けすることはないと思うけれど、それを伝える前にしゃきっと背筋を伸ばし、物凄い勢いで頭を下げ早足で去って行ってしまった。あの……このテントとパイプ椅子と机、どうするんですか?




「…………ルスランの知り合いってさ、個性的な人多いよね」

「…………その筆頭はお前だけどな」

「類は友を呼ぶんだねって続けようとしたのにっ」

「何度でも言う。筆頭はお前だからな」


 心外である。私はこんなに普通の魔力0なのに。

 専門家の人に細かく見てもらっても魔力0。そもそも魔力を貯蔵する器官がないという、どう足掻いても希望の欠片もないとどめを刺された私もそれなりに落ち込んだけど、ルスランは私より落ち込んでいるように見える。励ますのもなんだか変なので、普通に会話を続けた。


「ルスラン」

「……何だ」

「こういう検査みたいなことするときは先に言ってよ。びっくりした」

「先に言ったらお前緊張したり興奮するだろ。出来る限り素の状態のほうがいいんだ」


 私はいつだって素である。素ではあるんだけど。思わず半眼になってルスランを見上げる。

 異世界初お泊まりで見たこともない不思議な物に目まぐるしく触れた上に初デート。これで緊張も興奮もしてないと思っているのだろうかこの人は。

 そんな私を、検査を黙っていたことで拗ねたと判断したらしいルスランは、悪かった悪かったと軽く謝った後、はぁーと長く深い息を吐いた。


「ブランでも見えないとなるとどうしようもないな。他の手を考えよう」

「次会ったら解剖されそうな勢いだったね」

「単独で会っても分からないだろうけどな」


 変なことを言い出したルスランに首を傾げる。いくら記憶力に自信のない私でも、あれだけ解剖解剖と強烈なインパクトを残していった人の顔をそう簡単に忘れたりは……。

 そこまで考えた私は、ぴたりと止まった。ブランさんは、男の人。私は、それしか覚えていなかった。

 唖然とした私に、ルスランは予想がついていたのか平然としたものだ。


「ブランは魔力の流れを探知することに長けている。つまり、次の黄水晶鉱山を発見することも可能なんだ。鉱山とまでいかなくても、黄水晶が採れる場所を見つけることができる。金の生る木を見つけ出せるってことだから、当然その身にも危険が付きまとう。だから常に自分の魔力を霧状に纏って姿をぼやかしているんだ。本人がその霧を薄めない限り、会ってもブランだと認識できない」

「ルスランも?」

「俺は認識しようと思えばできる。相手が纏った魔力を力づくで引き剥がせばいいだけだからな」

「えぇー……」

「人間が関与した魔力なら、な。この島が浮いているように、自然現象だと関与できない」


 自然現象に関与されたらされたでドン引きである。そうなったらルスランは心の中でテロップをつけるとき『好きな人』から『ドン引きしても好きな人』になるだけだ。



 それにしても、ブランさんとさっき何を話したか覚えている。誰と話したかも覚えている。解剖だなんて衝撃的なことを目をきらきらさせて話していたと鮮烈に覚えているのに、その人の印象がぼやけていることが、凄い。凄く不思議で、気持ち悪くて、ふわふわして、なんともいえない心地だ。


 異世界って凄いなぁという感想と、それだけちゃんと自分の身を守らないと駄目なんだなという感想が同時に湧き上がる。それなのに私ときたら、防犯ブザーを鳴らす電池がない状態だ。電池切れどころか、まず電池を入れる場所がない。……ルスランに監禁してもらったほうがいいのかもしれないと思うくらいには詰んでいるのではないだろうか。でも。

 ちらりとルスランを見上げる。それに気づいたルスランがちょっと屈んだ。


「どうした?」

「なんでもない」


 鏡台を壊して二度と会わないようにしようとはもう言い出さないルスランが、心の底から嬉しかった。









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