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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第二章
33/69

32勤









 その後のデートも、追っ手を撒きつつ、つつがなく進んだ。

 へどろにしか見えない化粧品の試供品をもらったり、持ち主の魔力に反応して自動で足下を照らしながらついてきてくれる自立型懐中電灯が無反応だったり、運命の相手が見えるという鏡を覗き込んだらどう見ても白銀には見えない黒髪がぼんやり映った段階でルスランが叩き割って弁償になったり、光る空飛ぶ味変わる逃げるという設定盛りすぎなお菓子を追いかけながら食べたりと大忙しなデート……デート(異世界不思議体験ツアー)を満喫していると、道の片隅で浮いている時計を見たルスランが「そろそろ行くか」と言った。





「どこに?」

「仕事兼私情」


 よく分からない返事のルスランに首を傾げつつ、促されるまま歩き始める。しばらく歩くと、お祭りの本線からは外れた静かな通りに辿り着いた。


 そこには屋台がなく、壁にはめ込まれたり掛けられている看板のついた建物が並んでいる。どうやら、この町に元からある商店街のようだ。

 お祭りがあるからかどのお店も閉まっていたけれど、この町に住んでいる人達は普段ここで買い物をしているのだろう。今は人通りもほとんどないけれど、商店街のすぐ傍には住宅街が広がっているのを見て、そう思う。


 観光を楽しむのもいいけれど、旅行先のスーパーや商店街を巡るのも楽しいので、今度はこういうところも行ってみたいなと眺めていると、白いテントが目に入った。

 白いテントは、商店街のくじ引き場のような、学校の体育祭で使用されるような洒落っ気のない骨組みと白く分厚い布でできた無骨なものだ。飾りもなければ、模様も装飾も文字すらないテントは、大変質素である。



 地面まで垂れた白布を持ち上げて出てきた人を見て、私は驚いたのに、ルスランは最初から知っていたのか特に驚きはしなかった。


「どうせ最終的にはここに来ることが分かっているんだから、最初からここで待っていればいいだろう」

「そういうわけには参りません」


 きっぱりと言い切ったマクシムさんの後ろからひょいっとロベリアが出てくる。


「王妃様ー、いくら俺が独り身で出得戸の護衛するの切ないって言ったからって、護衛全部振り切るのやめてくれない?」

「えぇー、振り切ったの私じゃないよ」


 追ってくるときは奥様と言っていたのに、今は普段聞き慣れた呼び名で呼んでくるロベリアに私も近づく。


「私もまさか二人で行っていいとは思わなかった」

「よくないんだよ、全然」

「ルスランに言ってよー」

「王妃様」


 ロベリアは、真顔で視線を流した。その視線の先を辿ると、ルスランとマクシムさんがまだ向かい合っている。


「俺、あれに巻き込まれるのはやだ」


 そう言ったロベリアの先では、年上の男性二人が言い合っていた。




「大体貴方は昔からご自分のことになると適当で」

「月子のことは適当にしていない」

「月子様は貴方が守るのでしょうが、貴方の御身は誰が守るのですが」

「自分で守れる」

「そうやって騎士の仕事を奪うのはよくない癖だと昔から言っているはずですが」

「俺に奪われるほうが悪いだろう」

「はい?」

「何だ」


 子どもの喧嘩かな?


「ルスランって、結構子どもっぽいよね」

「……それ言って許されるの、王妃様とマクシム様くらいだと思うけどなー」

「案外誰でも許してくれると思うけど、どうだろうね」


 ロベリアとひそひそ話していると、ルスランの視線がこっちに流れてきた。どうやら聞こえていたようだ。ロベリアはぴゃっと飛び上がると私の後ろに隠れる。私の護衛は私を盾にすることに慣れてきたようで、凄くスムーズに私を盾にする。




「……ここでこうしていても埒があきません。どうぞ、先に用事をお済ませください」

「立ちはだかったのはお前だろう」


 マクシムさんが白布を片手で持ち上げて作った入口に、当たり前のように入っていくルスランは、一回振り向いてちょいちょいと手招きした。一応ロベリアとマクシムさんを見たけれど、どうやら呼ばれているのは私で間違いないようだ。小走りで近づき、ルスランの後についてテントの中に入る。

 入り口を開けてくれているマクシムさんにぺこりと頭を下げたら、律儀な礼を返してくれた。それは、ぺこりとしか下げなかった自分が申し訳なるくらい、綺麗で丁寧な礼だった。





 テントの中は、外に負けず劣らず質素な物だった。長机とパイプ椅子。以上。

 もちろん本当にパイプ椅子ではないだろうけど、そうにしか見えないのが不思議だ。……え? これ本当にパイプ椅子?


 ここまでの道中では見慣れない物ばかり見てきたけれど、異世界に見慣れた物があっても違和感を覚えてしまうんだなと初めて知った。それにしても、体育祭で保険委員と保健室の先生が待機しているだけのテントのほうがまだ豪華に思えるくらいの状態だ。一応椅子とテーブルはあれど、本当にそれしかない。




「お久しぶりでございます、王様」


 必要最低限の物も揃えませんでしたといったテントの中には、一人の男の人がいた。お爺さんかといわれればお爺さんに見えるし、まだ若いといわれれば成程と納得してしまう不思議な雰囲気を持った人だ。皺くちゃな顔にも見えるし、お肌艶々な若人にも見える。

 私がよく分からない感想を抱いてしまった自分に首を傾げている間に、ルスランはさっさと歩を進めて椅子を引いた。


「月子、座れ」

「え?」

「いいから」


 何もよくはないけど、座れと言われたので座る。ギッというよりはギュッと椅子が鳴った。ますますパイプ椅子に思えてきた。

 後ろを見ると、入口があったと思わしき場所を左右に挟み、マクシムさんとロベリアが静かに控えている。白布は境目がよく分からず、閉ざされて重なってしまえばどこから入ってきたのか分からなくなっていた。


「月子、これはブラン・ルキンだ」


 この中はしんっと静まり返っていると、ルスランの静かな声がやけにしっかり聞こえてきたことで気づいた。まるで外には誰もいないみたいに、静かだ。周囲の音は綺麗に遮断されている。元から人通りがほとんどなかったけれど、騒がしいお祭りの喧噪はしっかり聞こえていたのに、今は何も聞こえなくなっていた。


 目の前に座る男の人は、にこりと微笑んだ。人の良さそうな顔にも、悪そうな顔にも見える。私の目がおかしいのかと片手で擦ってみるけれど見える光景は変わらない。




「お目にかかれて光栄でございます、ブランと申します。魔力の流れを専門に研究しております」

「はじめまして……あの、魔力の流れ、ですか?」


 血液みたいに流れているということだろうか。今一想像できずにいると、にこにこ笑っていたブランさんの口がかぱりと開いた。


「そうです身体の在り方に個性があるように魔力にも個性がございます性質もそれを使用するための方法も千差万別たとえば王妃様の後ろに下おりますマクシム様などはこの中では一番魔力の量が少ない御方ですですが魔力を凝縮して一気に弾けさせることで爆発的な威力を出せます隣のお嬢さん……お嬢さん? は全身に薄ら魔力の膜ができておりますので恐らくは本来の姿とは違っているのでしょうそして我らが王ですが本当に稀有なる御方で例えるならば海です滾々と湧き出る泉の水よりも多量に川が海へと流れ込むかのように魔力が溜まっていくのに針に糸を通すような細やかさで操ることができる本当にああ本当に化け物のような御方でああ解剖したい本当に何がどうなっているのか本当にわたくし共と同じ身体構造をされておられるのか気になって気になって夜も眠れないほど気になって無礼を承知で一度開かせてくださいと嘆願いたしましたところマクシム様により投獄されましたあっはっは」


 いろいろ、本当にいろいろ、聞きたいことと言いたいことがあったような気がするけれど、次から次へと流れていく話題にまったく追いつけなかった。結果、最終的に私の中に残った言葉は、凄い、息継ぎどこでしてるんだろう、だった。


 目をきらきらさせながら一気に話し切ったブランさんのとんでもない肺活量と、冷静に考えればとんでもない話の内容に驚きそびれてしまい、「はあ」と抜けた声しか返せない。いやでもこれでは駄目だ。だって私はルスランのお嫁さんなのだから、言うべきところ言っていい、はずだ。

 私は、いつのまにか乾いていた口内を潤すために、ごくりとつばを飲み込む。


「あの、ルスランの開きは勘弁してください」

「…………あじの開きみたいに言うな」

「ルスラン、サンマのみりん干しのほうが好きだもんね……」

「…………そうじゃない」

「…………チラシに来週サンマのみりん干し安いってあったから買ってくるってお母さん言ってたよ」

「…………よろしくお伝えください」


 疲れ切った声と動きで自分の額に手を当てたルスランは、「もういいから始めろ」と投げやりな感じに言った。

 何をと聞く間もなく、ブランさんがよいしょと椅子に座り直す。



「では、失礼致します」


 ブランさんの声は、しわがれているようにも、瑞々しいようにも聞こえる。さっき息継ぎが不明な勢いで喋っていたときはそう思わなかったのに、今はまるで水の中にいるようにぶれて聞こえる声でゆっくりそう言うと、私をじっと見た。どうしたらいいか分からず、じっと見返す。当然ながら、じっと見つめ合うことになる。瞬きもせずに私を見つめるブランさんに、非常に居心地が悪い。

 ちょっとそわそわしながらルスランを見上げると、組んだ腕の人差し指をぴっとブランさんに向けられた。小学校一年生のはじめての授業参観で、お母さんばっかり見てた私に、お母さんがした指と同じだ。つまり、ちゃんと前向いてろ後で怒るぞの合図である。ちなみに、後ろに並んでいた保護者の皆さんのほとんどが同じ指をしていた。




 そんなことを思い出しながら、瞬きもせずじぃっと私を見ているブランさんを見つめ返し直していると、いきなり勢いよく閉ざされた瞳にびっくりする。目はすぐに開かれ、何度か瞬きをしながら眉間が揉まれ始めた。


「ないですねぇ、魔力」

「微量もか」

「一切合財無いようですねぇ。いやぁ、死体寸前まで魔力がすっからかんになった人は見たことがありますが、すっからかんになる貯蔵庫自体がない人は初めて見ましたねぇ…………このお嬢さま、本当に生きていますか? 貴方様が生き返らせて操っていませんか?」


 最近やけに死体扱いされる。これはあれだろうか。王妃バイトが忙しくて放置してしまっている腐良学園ゾンビッビの呪いだろうか。早く進めてゲームクリアしろという圧力なのか。……え? 私、死んでないよね? 大丈夫だよね?

 なんだか無性に心配になってきた。そぉっと隣のルスランを見上げた私の喉が、ぐっと詰まる。

 ルスランは、以前こっそり覗いた会議室で見た顔をしていた。冷たくきつい、氷みたいな顔は、長い付き合いだけどこの世界に来てから初めて見た類の顔だ。


「二度目はないぞ、ブラン」

「失言でした、お許しを」


 地の底を這うような低いルスランの声に、ブランと呼ばれた男の人は片手を胸に当てて深々と頭を下げた。










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