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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第二章
31/69

30勤






 前方には七色の雲が見える。左方では謎の生き物が流麗に歌い、右方では雪が降り、後方では爆発音が鳴り響く。カオス。

 後ろの爆発音に気を取られていたら、顔のすぐ傍で虫の羽音が聞こえた。反射的に上げた手に、虫にしてはやけに強い風が当たる。慌てて意識を向けた私の顔の前に、ルスランの手が差し出された。

 その瞬間、大きな静電気が弾けたような音と衝撃が走る。



「な、なに!?」

「素人も大勢混ざってるから、魔術の流れ弾があるんだ。お前、俺から離れるなよ」

「私が思ってたお祭りとちょっと違うかな!」

「祭りというか発表会というか即売会というか……高名な魔術師からおばあちゃんの知恵袋的なものまで、すべてごった煮だからなぁ」


 確かに、そこまでごった煮だったら、すべてひっくるめて『お祭り』と言うしかない気がする。





 道の左右を埋め尽くすたくさんのお店を、老若男女が楽しげに眺めていく。お店といっても、建物を借りているところから簡易の屋台まで様々だ。中には、大きなトランクを机代わりにしている店もある。

 あっちで黄色い悲鳴、こっちで驚きの歓声、そっちで恐怖の悲鳴。なるほどカオス。そっちにはいかないようにしよう。



 お店の形も出展内容も人も、すべてがごった煮になっている中を、ルスランと二人で歩く。護衛はどうしたと言われるかも知れないけれど、ルスランが撒いた。その一言に尽きる。

 この王様何やってるんだろう。それでいいのだろうか。ちらりとルスランを見上げると、さっと目を逸らされた。護衛を撒いたのよくないんだろうなと一発で分かる態度である。



「ロベリアとマクシムさん、すっごい慌ててたよ」

「マクシムなぁ……俺といるといつ死ぬか分からないから、家の為にもセイロンの為にも……あ、マクシムの年の離れた弟はセイロンっていうんだけどな? セイロンの為にもさっさと離れろと言い続けていたら家を継がない方向に突っ走りやがった……あいつの方向感覚おかしくないか?」

「ルスラン、大事に想われてるんだね」

「…………あいつ、昔からそうなんだよ。俺の護衛だからって、自分のことは二の次にする。だから俺は、あいつを騎士から外そうとしてたんだ……それなのに、外しても外しても最初より近い位置に戻ってくるんだ。それを繰り返すうちに一の騎士だぞ。ホラーかと思ったぞ、本気で。お前は捨てても捨てても戻ってくる呪いの人形かっ!」


 わたしメリーさん。いまあなたの一の騎士になったの。メリーさん強い。


「そのメリーさん撒いちゃって大丈夫なの?」

「メリーさん……確かにメリーさんだな……私メリーさん、代わりに配置した騎士を全てのして元の立ち位置に戻ったの」


 メリーさん、強い、怖い、恐ろしい。


「それどう考えても撒いちゃ駄目なやつじゃないの!?」

「後々うるさいだろうが、まあ、いつもの事と思えばいいさ。ところで月子さん」

「はいはい、何でしょうルスランさん」


 するりと話を変えたルスランに一応乗る。もしも後で怒られたら一緒に怒られるしかなさそうだ。ただし、責任折半は嫌なので、七・三の割合で怒られたい。もちろん、私は三だ。



「俺達はこれからブランという男に会いに行くわけだが」


 私は腕組みをし、ふむふむと頷く。ブランというのは人の名前だったのか。また一つ賢くなってしまった。


「ブランは魔力の流れが見えるという世にも珍しい才能を持っているんだ。体内の魔力の流れはもちろん、地脈に流れるものも観測できる。つまり黄水晶の新鉱山を発見できる。そんな関係でいろいろ狙われたり面倒な立ち位置にいる男なんだが、こういう魔力の流れの影響で浮いたりしている島は魔力の流れを把握しておかないとうっかり落下して大惨事になるから、たまに回って魔力の流れをチェックしているんだ。で、だ。そいつがいまこの島にいるから、お前を診せる。お前を診せる理由を簡単に言うと?」

「………………私の魔力0があんまりだから、MRIで精密検査しましょうね?」

「その通りだ。何だ、お前。賢いな」

「全っ然、嬉しくない!」


 ルスランは、まるで虫でも払うように手を振った。その手の周辺がぼんやりしているので、どうやらぼやけている場所に魔術の流れ弾があるようだ。さっきの静電気が弾けるような音とは違い、妙にねっとりとした音が聞こえた。


「流れ弾多いね……」

「まあ、お遊戯会あり学会の発表会ありの、ピンから切りまでの祭りだからな。で、だ。ブランとの約束の時間までまだあるんだ」

「へぇー……」


 これ以上何が来ても落ち込まないぞ。思いっきり気のない返事をした私の前で、ルスランは一つ咳払いした。この期に及んでさらに落ち込みそうな事案でも言うつもりなのだろうか。

 でも大丈夫だ。もうこれ以上落ち込みようがないほど私の異世界での立ち位置はどん底である。そうと分かっているはずのルスランからの咳払いにちょっと怯むけれど、すぐに立ち直って死んだ目で待機する。この後にどんな言葉が来ても、私は死んだ魚のような目で返事ができる自信がある。さあ来い、いつでも濁った目をする用意はできている。



「だから、デートしませんか」



 一瞬、何を言われたのか分からなかった。一拍、二拍、三拍おいて、ようやく頭が動き出す。


「はい喜んでー!」


 濁った目どころか、生命力に満ち満ちて輝ききった目をした私は、爆発した喜びのあまりそのままルスランに抱きついた、ら、ひょいっと避けられた。ふかふかのソファーでもなんでもない地面に顔面から突っ伏す。

 地面に突っ伏した体勢のままルスランを見上げる私の目は、盛大に濁っていることだろう。そんな目で見つめられたルスランは、なんともいえない顔をした上に微妙に逸らしながら手を差し出してくれた。


「…………転ばないように、気をつけろ」

「…………はーい」


 そんなこんなで、私達は初めてのデートに繰り出したのである。










 長い髪を一つに結び、帽子を目深にかぶったルスランは、いつもの高貴なる雰囲気を完全に隠し、そこら辺で転がっている一般人の中に紛れてしまえる、なーんてことは一切なく、髪を一つに結び帽子を目深にかぶったやんごとなき御方、という雰囲気だ。この人、造形と色彩と雰囲気すべてが庶民に向いていない。



 そんなすべてにおいてやんごとなき御方でも普通に町を巡れているのは、他にも似たような雰囲気をした人をちらほら見かけるからだ。本人達は隠しているつもりなのだろうけれど、姿勢や指先に至るまでの所作の美しさ、髪のきらめき、あと強面の人がぞろぞろ周りを囲んでいるなどの条件を大体揃えているので丸わかりである。

 その中ではルスランは目立たないほうだ。この人、護衛撒いたけど。


 さすが観光名所というべきか、今日は大きなお祭りがあるからか、お店の人達はそんな面子にも他と変わらない口調で話しかけている。きっと慣れているのだろう。





「月子? ……つーきーこーさん」

「あ、え? なに?」


 周りをきょろきょろ見ていたから反応が遅れた。慌てて振り向けば、さっきまで並んでいた行列が屋台の目の前になっていた。屋台では、美味しそうなタレを何度もつけた串のお肉が焼かれている。タレがしたたり落ちるたびに炎が音を立て、焦げたタレのいい匂いが漂ってきた。


「何本食べる?」

「えっと、他のも食べたいから一本」

「店主、二人分で二本」

「はいよっ!」


 元気のいい店主のおじさんは、手際よく全部のお肉をひっくり返した後、二本取って豪快に袋に突っ込んだ。


「あんたら、兄妹か?」

「――いや?」


 面食らったのか一拍答えるのが遅れたルスランの様子に、珍しいなぁと思いながらお肉を受け取る。肉汁とたっぷりのタレがすでに袋から滲み出始めていた。非常事態! 非常事態発生!


「何だ。じゃあデートか」

「まあな」

「ははっ! デートでうちの串焼き買ってく奴らはあんまいねぇんだぜ? かぶりつかなきゃいけないからな。兄ちゃんモテそうなのにモテないだろ?」

「ははは、さあな。さて、店主はこう言っているが、月子はどうする?」

「袋のひ弱さに泣きそう! でもとりあえず、おじさんは失礼だからおまけつけて!」

「よーし! ほらよ!」

「ぎゃー!?」


 受け取ったそのときから崩壊寸前の脆弱性を誇る袋に、おまけの二本が追加された。

 結果、当たり前のように袋は崩壊し、私はあつあつほくほくタレべたべたの串を両手で二本ずつ持つ羽目になり、周囲から大爆笑を頂いた。まじ許すまじ。串の部分は木だか竹だか異世界的な不思議植物なのかの判断はつかないけれど、熱くはないので普通に持てる。持てるのは持てるのだけど、別に持ちたくはなかった。

 さらに、自分で持とうとせず私の手から直接肉をかじり始めたルスランはもっと許すまじ。








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