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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第二章
30/69

29勤








 案内してもらった部屋で、一人ごそごそ着替え終わる。由緒正しきお家柄のご令嬢達は一人で着替えたりしないそうだけど、私は由緒正しき小娘だから一人で着替えるのだ。ドレスなど一人で脱ぎ着できないものはともかく、それ以外で着替えを手伝ってもらうのは気恥ずかしさのほうが勝る。

 裾や胸元にレースがあしらわれた可愛いワンピースを着たまま、鏡の前でくるりと回る。生地が多いのに野暮ったくならないのは、レースで透かせて軽く見せているからだろう。


 お城で着ているドレスよりはシンプルで、日本で日常的に使うには華やかなワンピースはとても可愛くて、着られて嬉しい。

 ルスラン、似合うって言ってくれるかな。






 着替え終わって、部屋の前で待っていてくれたマクシムさんを招き入れた。

 私達は、ルスランが戻ってくるまでこの部屋で仲良くお留守番仲間なのだ。マクシムさんは手慣れた様子でお茶を淹れてくれたので、お礼を言って受け取る。


「ルスラン、すぐ戻ってきますかね」

「恐らくは」


 会話終了。気まずい。



 共通の話題といったらルスランだけれど、そのルスランがマクシムさんを遠ざけていた過去があるだけに気まずさ倍増だ。話題を必死に探しながら、淹れてもらったお茶に口をつける。おいしい。


「ロベリアを連れていったということは、協会絡みの話でしょう。彼は協会の内部事情に詳しいですから」


 私が気まずそうにしていたからか、マクシムさんから話しかけてくれた。気まずさからお茶しか見ていなかった視線をちらりと上げると、それに気づいたのか少し笑ってくれた。笑ったところを初めて見た。そして、優しい。気遣いができる人だ。大人っぽいと思うべきなのか、子ども扱いされていると思うべきなのか判断はつかない。ついでに、彼が大人っぽいのか、ルスランがそうではないのか……これ以上考えないほうがよさそうだ。





「私、ネルギーさんにお会いしたの初めてです」


 その姿を見たのも初めてである。もしかしたらその存在を聞いたことくらいはあったかも知れないけれど、ルスランの口からでないことは確かだ。


「そうですね……ルスラン様は、ネルギーと貴女を会わせたくはないでしょう」

「それは……」


 それは、どうしてなのだろう。

 聞いてもいいのだろうか。触れちゃ駄目なところだろうか。ルスランが教えてくれない情報を、どこまで探り出していいのか、その境目が難しい。

 そぉっと様子を窺う私を、マクシムさんがちらりと見て、視線を扉へと戻した。




「我がゴルトロフ家は、代々王家に仕えし一族です。ですが、ネルギーは違う。オレンは、王家ではなく国に、レミアムに仕えてきた一族です。オレンは何よりもレミアムの利益を重視する。レミアムを害する者には容赦しない。今は利害が一致しておりますが、それが覆されることがあれば、オレンは躊躇いなく敵となるでしょう」


 王家に仕える一族。国に仕える一族。それらは、似て非なるものだ。ネルギーさんは、ルスランの味方ではないのだろう。


「ですからルスラン様は、ネルギーが城を出ていた間に手を回し、早々に式を挙げたのです」


 うーん、せこい。考えようによっては、そうまでしないとまずい事態が起こっていたのかも知れないけど。


「それにしても協会絡み……ルスラン、機嫌悪くなってそうですね」


 あからさまにぶすっとしないまでも、口数少なくなっているかも知れない。

 そう思っていたら、マクシムさんがおかしそうに笑った。




「そうですか。貴女の前では機嫌が悪くなりますか」

「え?」

「私は一度、その位置から追い出されてしまいましたから」


 そう言って、少し寂しそうに笑ったマクシムさんは、一歩下がって綺麗な礼を私へ向ける。


「難しい御方だとは思いますが、どうかルスラン様をよろしくお願い致します」


 深く頭を下げられて、慌てて振ろうとした両手が塞がっていることに気づく。さっきは視線の逃がし先として大変助かったお茶が、今は邪魔である。急いでテーブルに置いた。


「こ、こちらこそ、ルスラン面倒な人だと思いますけど、どうかこれからもよろしくお願いしますっ」


 慌てて頭を下げたら、何かを堪えるような声がした。首を傾げながら顔を上げると、口元に手を当てたマクシムさんが顔を逸らして咳払いをする。噴き出すまいとして失敗したのだろう。その咳払いも微妙に失敗していた。


 ここは失敗咳払いを見なかったふりして、もう一度頭を下げるべきだろうか。

 悩んでいたら、大きな足音が聞こえた。大股でずんずん歩いてくるタイプの足音だ。私はそれが誰だか分からなかったけれどマクシムさんには分かったらしく、すぐに扉の方を向いて姿勢を正していた。それ見て、足音の主が私にも分かった。

 部屋の扉が、ノックもなしに叩き開けられる。




「マクシムお前、ゴルトロフを継がないつもりなのか!?」

「はい、そのつもりですが。どちらでお耳に入れましたか?」

「ネルギーだが、そんなことはどうでもいい!」


 大股で部屋に入ってきたルスランの後を、おどおどびくびくロベリアが入ってくる。するりと入り込んだと思えば、あっという間にルスランから距離をとって私の後ろに落ち着く。


「あの頃はまだ幼かった弟も大きくなりましたし、ゴルトロフの家長のままですとルスラン様が私を騎士から外す理由に使われてしまいますので。これで、いつ死んでも大丈夫です」

「お前はっ……!」


 しれっと言い切るマクシムさんに、ルスランは額に青筋を浮かばせた。おそらくルスランの地雷と分かった上で言っているマクシムさんは、さすがルスランと長い付き合いなだけある。

 死なせたくないからと大切な人ほど遠ざけたルスランに向けて、いつ死んでも大丈夫だから一の騎士でいると言ったのだ。そりゃあ、ルスランも切れるだろう。それを分かってやっているマクシムさんは、もしかしたら今までの意趣返しなのかも知れない。

 正直どちらの気持ちも分かる。分かるのだけど。




「でもさぁ!」

「うおっ、びっくりした!」


 ぐるりと勢いよく振り返った私に、後ろにいたロベリアが仰け反った。いつもの茶髪の女の子姿のロベリアは、大仰に仰け反った後、しれっと元の体勢に戻る。


「まあいいか。どったの」

「ルスランはせめて、可愛い服着た私に一言あってもいいと思うんですよ! そうじゃなきゃ、着替える段階から似合うって言ってくれるかなどうかなってそわそわしてた私が浮かばれないっ。というわけでロベリアさん、よろしくお願いします!」

「きゃー、奥様可愛いー! 素敵ー! まるで奥様の為に作られた服みたいー! まあ奥様の為に作られた服だけど。えーと、綺麗―、似合うー、可愛いー、世界中の男を虜にでき、ない」


 そこは最後まで頑張って褒め切ってほしい。

 わーいやったぁと喜びきれない褒め言葉ではあったけれど、面倒がらずに褒めてくれたロベリアは本当にいい人だ。ノリが。








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