3勤
異世界の王様のベッドの上に日本人が正座しているのは変だろうし、ありかなしかで問われるとない寄りではあるけれど、まあ、そんなこともあるだろう。
けど、寝室の扉がばんばん叩かれまくり、開錠を訴える声が響き渡っているのは物凄くどうかと思う。
そして、それらを丸ごと無視しているルスランは本当に凄い。
私は長い付き合いだとはいえ、この部屋、寝室にいるルスランしか知らないので、他の誰かといて王様やってルスランは初めて見る。あの……扉壊れそうだけど本当に丸ごと無視してて大丈夫?
ちらちら扉を確認している私の前で、ルスランは一切気にせず説明を開始した。
「この世界で魔術は、珍しいものじゃない。日常生活に必要な範囲であれば、得手不得手はあれど誰でも使える。仕事にできるほど魔術を使える奴は魔術士と呼ばれる。この辺りは前に説明したと思うけど、覚えてるか?」
「うん」
「ただし、全ての魔術は黄水晶がなければ成り立たない。よって、魔術士にとって黄水晶は命に等しい。魔術士以外の人間にとっても、生活のライフライン……そっちの世界で言えばガスや電気と同じで、無ければ暮らしが立ち行かなくなる非常に大切なものだ」
魔術のお話は、昔ちょっと聞いたけどちゃんと覚えている。ルスラン曰く、曾お婆ちゃんはとても優れた魔術士だったそうだ。
その昔、お前もちょっとやってみろと言われ『これはもしかして私にも魔法が使える!?』と盛大に期待して挑んだ結果『全くこれっぽっちも欠片も才能がないなぁ』で締められた悲しみを早々忘れたりするものか。
ちらりと流されたルスランの視線が、寝室の扉に向く。最初は拳で叩いていたと思われる扉からは、明らかにそれ以外の音でぶん殴られている音が聞こえ始めていた。
「あれ絶対無礼だよな」
「王様が得体の知れない女子高生担いで部屋に閉じこもったら誰でもそうすると思う」
「前例がないとあいつらすぐ焦るんだ」
「こんな前例あったらやだよ」
「ほんとだよ」
しかし、私達がここで同意しあっていても話は進まないし、扉はきっとその内壊れる。
そう判断したのはルスランも同じのようで、さっさと話を続けた。もうちょっと気にしてあげてもいいんじゃないだろうかと思ってしまうくらいあっさり意識から外された扉が悲しい。
「でも俺、リュスティナ様と同じで黄水晶が無くても魔術が使える特異体質なんだ。今まで俺とリュスティナ様くらいしか観測されてない個体でな……こう、色々面倒なんだ」
「へぇー」
「他人事みたいに言ってるけどお前もだぞ」
「へ?」
『全くこれっぽっちも欠片も才能がないなぁ』な私に、一体何のご用でしょうか。それとも、あれは何かのミスで、多大なる魔力や、せめてこれっぽっちくらいは魔力がある可能性が!?
期待が湧き上がってわくわくが止まらない。
誰だって一度は魔法に憧れると思うのだ。それも、本当に魔法が使える世界があって、しかも自分はそこにいた人の血を引いている。やっぱり、どうしても期待する。厨二病万歳! 魔法! 魔法!
ときめきとわくわくが止まらない私に、ルスランは何故かとても可哀相な者を見る目を向けてきた。頂き物の美味しいプリンの私の分が、お客様に出されて無くなってしまったときと同じ顔だ。憐れみと、同情と、どうしようもないから諦めろの顔である。
「この世界のどこにも所属していない、いうなれば旅客であるお前は、この世界での立ち位置がはっきりしておらず、後ろ盾もない危うい状態だ。そしてこの世界では、黄水晶を使わずとも魔術が使える存在は喉から手が出るほど欲しい逸品だ。その逸品であるリュスティナ様の曾孫であり、俺とも血縁であるという事実だけで……というより、その事実のみに、お前は世界中から群がられるだろう。その事実があるにもかかわらず魔術の才能が皆無という、ある意味奇跡的なお前でも群がられる。お前でも」
「もうちょっと私個人の魅力に群がってほしい!」
「……お前の魅力…………えーと、まあ、何だ、あれだ、いい奴だぞ」
「もうちょっと私個人の魅力を感じてほしい!」
「あー……可愛い可愛い。多分」
「もうちょっと私の魅力に確信を持ってほしい!」
語られる私の魅力が適当過ぎる上に、群がられる理由が酷過ぎる。私、全然関係ない。
私じゃなくても全く問題ない事情だけを欲して群がられるのは全然嬉しくない。そんなモテ方嬉しくないし、モテてるとすらいえない。厨二病ノーセンキュー!
悲しみに涙する私を前に、ルスランは深い深い溜息を吐いた。
「だからお前をこの世界に連れてきたくなかったんだよ。存在自体を知られていなければ群がられる心配はないからな。だが、こうなった以上仕方がない。お前はレミアム王である俺が囲う。血筋を考えても俺が後ろ盾に立つことは一番正当だし、婚姻部分を空けとくとそこに群がられるから、手出しされる箇所は全部潰しておきたいんだ。というわけで、結婚するぞ。ちゃんとバイト代出すから安心しろ」
「……私は別にいいけどさぁ、ルスランはまずいんじゃないの?」
こっちでの手続きは日本に一切影響がないので私の日常生活は何一つ変わらないし、恋する乙女としてはたとえ仮初でもお嫁さんになれるなんて夢のようだ。あと、はじめての異世界に好奇心丸出しのわくわく感もある。
だけど、私はそうでもルスランはまったく事情が違う。私にとっては異世界だけど、ルスランにとっては自分の世界で、故郷で、国だ。一般人でもどうかと思う仮初結婚を、仮にも王様がやらかして大丈夫なのだろうか。
「俺はその内養子でも取るか誰かに王位を渡すつもりだったから、別にいいさ。リュスティナ様はその特異体質での煩わしさにレミアムを出奔したし、父上と母上は身罷った。王族が俺だけになった時点で、レミアムには覚悟してもらうさ」
「それは、どうなの」
「お前と、お父さんとお母さんがいるから、家族はもう要らないよ」
王様がそれって、いいのだろうか。私に国家経営は分からない。本人がいいと言うならいいのかもしれない。小市民の一般的感覚としては、全然よくない気がするけれど。
「ゲッコウセキというものがあってだな」
「激昂咳」
「いまお前が思い浮かべている物と絶対違うという確信がある。古来より魔術士は月に影響を受ける。満月の晩には力が増し、新月の晩には落ちる。それにちなんで、魔術士にとって最上級の名である月の名をつけられた石。つまり、月の光で月光石だ。黄水晶は使用に上限があるが月光石にはなく、無制限無条件に力を使い続けられると言われている。いわゆる課金アイテムか、二周目以降ゲットできるタイプの奴だな」
「すっかり日本に染まりきっちゃった説明だね……言われてた?」
すっかり過去系な話しぶりに首を傾げる。
ルスランは書き物の手を止めて、最初から見直した。ぱたぱたと紙を揺らしてインクを乾かす。あ、そこは魔法じゃないんだ。
「過去に一つだけあったとかなかったとか云われてる、伝説の石だからな」
「え、すっごい適当」
私に渡してきた紙を受け取って、高そうな本を私よりに寄せる。ペンも借りたけど、万年筆っぽいので少し不安だ。こんなの使ったことない。そろーりと先っぽをつけて、ルスランが言ったことを、ルスランが書いた文字の下に日本語で書いていく。
「一人の魔術士が所持していたらしいけど、何百年も昔のことだし、それ一回きりだから実物を見た者は誰もいない。眉唾物だが、それが本当なら喉から手が出るほど欲しい逸品だ。だから、他にもないかと長年探されてきたんだが、レミアムにあるんじゃないかって言われていてな。それもお前が群がられる理由の一つになる可能性がある」
「なんでレミアムにあるって思われて……滲みそうで怖い」
「魔術で消せない特殊インクだから、滲むのはいいが書き損じるなよ」
「脅さないでよ!」
失敗できない一撃必殺のインクだなんて。ボールペンでさえ消せる世代にはなかなか厳しい物がある。考えると、私の周りには失敗できる物がいっぱいだった。
消せる〇〇シリーズ、復活するデータ、消えない冒険の書。歴史の恩恵にしみじみ感謝する。
「黄水晶を必要としない特異体質の魔術士がレミアムからしか排出されてないからだ。そんなわけあるか、月光石を持ってるんだろとうるさくてな。リュスティナ様も、そう言われ続けるのが煩わしくてお前の世界に行ったんだよ。無い物を無いと証明するのは有ると証明するより難しくてな」
そりゃそうだ。
ルスランが書いた文字の下に日本語で同じ意味の文章を書いた紙を持ち上げて、さっきルスランがしていたみたいにぺらぺら振って乾かす。
私から紙を受け取ったルスランは、それを最初から読み直してもう一度ペンを取る。ここからが本題だ。私も心持ち背筋を正した、が、ここはベッドの上なので、正座したら沈んでしまって若干傾いてしまった。
傾斜ができている私をルスランは、鳴り続ける扉と同じくスルーした。