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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第二章
29/69

28勤







 楽しい楽しい小旅行は、突き刺さるような視線に囲まれるところから始まった。



 マクシムさんが開けてくれた扉から先に降りたルスランの手を借りて外に出たら、そこにいた全員の視線が私に突き刺さった。

 老若男女の、お偉いさんから使用人の皆さんまで、王様をお出迎えするに当たっておそらく建物中の人が集まって来ているんだろうなと思える顔ぶれの面々が、じぃーっと私を見ている。

 建物の入り口前だけを開けて、ずらりと並んで列になっている使用人の皆さんは、頭を下げているのにこっちを見ているので、何が何でも私を見てやろうという根性を感じた。


 自国の王様が突然電撃結婚した、その後一切公の場に現れないお相手。

 それが目の前にいるのだ。そりゃあ見るだろう。仕方がない。分かるー。






「――でございます、王妃様」

「え?」


 皆さんの根性を感じていたから、話を全く聞いていなかった。慌てて意識を戻せば、小太りのおじさんが私に笑顔を向けている。その笑顔を見て、驚く。凄い、こんな絵に描いたような張り付いた笑顔はじめて! ……でもないなと思い直す。お城でも、今現在でも、私を見ている人の大半がそんな笑顔だ。


 それはともかくとして、この人さっきなんて言ったのだろうと焦る。

 まずい、全く話を聞いていなかった。下手に相づちも打てず、曖昧な笑顔だけを返す。そっちが貼り付けた笑顔なら、こっちは猫かぶりの笑顔である。


「本当に、王妃様の初の訪問場所にこのラママ島を選んで頂けましたこと、島長として身に余る光栄でございます」


 なるほど、その手のことをさっき言っていたのか。繰り返してくれて助かる。

 それにしても、ルスランは何も言わないし、正直どこを見ているのかいまいち分からない。張り付いた笑顔の島長さんは、よく見たら冷や汗かきながらちらちらルスランを見つつ私に話しかけている。なんだか救いを求めるような視線を向けられている気がした。



 ルスランって本当に王様しているときは愛想がない。マクシムさんを見ても、姿勢を正したままじっとしている。ロベリアはおどおどびくびく暇そうだ。誰かもうちょっと島長さんを構ってあげてほしい。

 この過程もきっと必要があるから行われているのだろうけれど、誰も得していない気がする。大人の世界って難しい。たぶん今、島長さんの胃のストレスはマックスだ。どうしたらいいのだろうと考えていたとき、予想していなかった方向から私の願いは叶えられた。




「島長、そろそろ屋敷内に移動して頂いては如何か?」


 知らない声がして、そっちに視線を向ける。そこにいたのは綺麗な赤髪の、とても背の高い男の人だった。その人を見た瞬間、ルスランが初めて表情を動かした。動かしたといっても、眉をぴくりとさせただけだけど。

 表情の動きはそれだけだったけれど、本体のほうは一歩進み、横に動いた。つまり、私の前に立ったのだ。だが、相手の人のほうが断然身長が高く、ルスランが遮っても微妙にはみ出していた。

 決して体格がいいというわけではないけれど、妙に縦に長い。ひょろ長い人をじーっと見上げる。なんというか、失礼かもしれないけどゴボウみたいだ。もう一つ特徴を付け加えるとしたら、さらに失礼かもしれないけど目つきが悪い。






「お前の同行を許可した覚えはないぞ、ネルギー」

「いつもそのようにつれないことを仰る。私はレミアムの宰相として必要なことをしているまでです」


 どうやら、この人は宰相だったようだ。

 ルスランの背中から顔を出して、ネルギーさんをまじまじと見つめる。ルスランよりは年上に見える。それでも、偉い役職に就いているにしてはずいぶん若い様に思う。

 まあ、レミアムはいろんな事情で政の場にいる人達が一新されているのであまり驚くことではないのかも知れない。



 それはルスランによる、協会賛同者を追い出す粛正であったり、そのきっかけとなったルスランのご両親が殺害された事件で一緒に殺されてしまった人達がいたり、だ。マクシムさんのご両親も、一緒に殺されてしまった人達だ。マクシムさんのお父さんは今のマクシムさんのように王様付きの騎士として、王妃様の長年の友達として、一緒の馬車に乗っていたと聞いている。


 だから、ネルギーさんが若い宰相であっても驚いたりはしない。問題は、私は日帰り王妃となってもう一ヶ月は経とうというのに、この人を見たことがないことである。

 結婚式でも、その後の日々でも、一度も見かけなかった。宰相ってそんなにお城にいないものなのだろうか。確かに私は政が行われている場所には近づいていないけれど、水中庭園だの空中庭園だの空中水園だの、あちこちをうろついていたのに。いくら記憶する勉強が苦手な私でも、こんなに背の高い人だったら覚えている。はずだ。たぶん。




「王妃様におかれましては、お初にお目にかかります。宰相の、ネルギー・オレンと申します」

「あ、えっと、どうもはじめまして。月子、」


 名乗ろうとして、ぴたりと止まる。いま気づいたのだけど、私、こっちの世界で名乗るときあのとんでもない苗字を名乗らなければならないのだろうか。

 どうしよう。変な汗かいてきた。

 焦れば焦るほど順番がこんがらがってくる。必死に単語帳を思い出す。雑に筆箱に突っ込んでしまった際に折れた端っこ、いつのまにかついてしまったリングの傷、なんとなく端っこに書いた犬の落書き。……世界に一つだけの単語帳の特徴はいくらだって出てくるけど、如何せん肝心のものが出てこない。

 私は静かに目を閉じた。


「………………月子・春野です」


 ルスランさん、この世界、夫婦別姓って可能ですか?





 思いっきり苗字を略した私に、ルスランが冷たい目を向けてくる。ごめん、無理。私は思いっきり目を逸らした。


「立ち話もなんですので、部屋に参りましょうか。島長、用意を」

「は、はい! 終えております!」


 ネルギーさんに促され、島長さんが慌てた声を出した。開けられていたスペースを通って入り口を示した島長さんを見た瞬間、背後から強い風が吹き、髪を押さえると同時になんとなく後ろを振り向く。




「わぁ!」


 島へ入る浮かんだ道を通ってからは窓を閉め切っていたので気づかなかったけれど、ここは高い場所に建てられた建物だったらしい。島が一望できる景色に、思わず感嘆の声を上げる。

 空と海の青を背景に、ぽっかり浮かぶ島はまるで夢の世界のようだった。山を背に、少し小高い場所にあるこの建物を中心に、道がくるくると伸びている。その道も、立体道路だったり、地面を走っていたりと忙しい。立体道路といっても、もちろん、浮いている。


 遠目に見れば小さく見えたけれど、いざ実際に自分が島に入ってしまえばとてもではないが小さくは思えない。山があり、川があり、湖があり、町があり、畑が、田んぼが、野原が見える。島の周りには砂浜らしき白い場所が見えるけれど、海は遙か下方だというのがとても不思議だった。


「月子」

「はーい」


 もう少しこの不思議な景色に見惚れていたかったけれど、呼ばれたらそっちが優先だ。ルスランの横について一緒に歩き始める。


「先程確認致しましたところ、今日のご予定は夜の会食以外は空いているようですが」


 何かの紙を捲りながら言うネルギーさんに、ルスランはちらりとも視線を向けない。そしてネルギーさんもそれに対して気にした素振りを見せないところを見ると、これがいつも通りなのだろう。


「いくらラママ島が他国からも人気の高い観光名所とはいえ、王が訪れる機会はめったにございません。この機に王にお目通り願いたい人間は山といるでしょうに、その申し出すべてを蹴ってまでなさねばならぬことがおありとでも? よもや、王妃様と個人的なご都合ではありますまいな?」


 ネルギーさんからちらりと視線を向けられた私は、自信満々な笑顔を返した。ルスランの予定も都合も、全く欠片もこれっぽっちも存じ上げません!

 胸を張り、堂々とした笑顔を見たネルギーさんは、ほんの僅かに眉を顰める。


「ブランがいる」


 抑揚のない声で端的に告げたルスランに、ネルギーさんの顰められた眉が解けた。

 私は、ブランなるものが、人なのか物なのか場所なのか見当もつかず首を傾げるのに忙しい。ルスランに聞きたいけれど、ネルギーさんと話しているルスランは話しかけられる雰囲気ではないし、ロベリアは三歩ほど離れた後ろを歩いているし、ルスランから最大限に距離をとり壁に張り付くように案内してくれている島長さんは、よく見たらちょっとでも話しかけたら倒れてしまいそうなほど顔色が悪い。誰か島長さんをもっと労ってあげてほしい。



「ブランですか……それならばまあ……仕方がありません。彼と話せる機会は逃すべきではないでしょう。分かりました。でしたら、そのように予定を組みましょう」

「お前は城に戻れ」

「この一ヶ月、散々城から追い出しておきながらつれないことを仰る。それに、直接ご報告したいこともございまして。できましたら、付き人はマクシム以外の犬がよろしいかと」


 以外の犬も何も、まずマクシムさん自体が犬ではない。そう突っ込みたいけれど、誰も突っ込まないので黙るしかない。

 ルスランは小さく溜息を吐き、私を振り向いた。


「月子、俺は少し用事があるからここで別れるが、すぐに迎えに行くから着替えて待っていろ。マクシムをつけるから」

「あ、うん」


 いってらっしゃいと手を振る私に、凄く適当に手を振り返すルスランの視線を私ではなくマクシムさんを向いている。そのまま、二人はしばし見つめ合う。


 ルスランは、自分と一緒にいたら死なせてしまうからという理由で、長い間マクシムさんを遠ざけてきた。だけど、私がこっちの世界に来てしまったことと、月光石だかなんだかな不思議体質だったことと、護身具の類いが意味をなさないことなど様々な理由で、今まで遠ざけてきたマクシムさんを巻き込むことに決めたそうだ。今まで必要最低限しかしていなかった会話も、頑張ろうとしているらしい。


 ご両親が亡くなるまで、二人はとても仲がよく、私もよくマクシムさんの話を聞いていたくらいだ。あの事件がなければ今でも仲のいい乳兄弟のままだったのだろうなと思うと、必要最低限しか言葉を交わさなくなった現状は悲しいものだった。ルスランはマクシムさんと喋らなくなったけれど、マクシムさんはそれでもルスランのそばに居続けた。


 だから、きっかけはなんであれ、昔みたいな間柄になれるのなら私も嬉しい。それは事実だし、本心だ。本心なのだけど。



「……頼んだぞ、マクシム」

「……はい。この命に代えましてもっ」

「……代えるな」

「……はい」


 私を挟んで見つめ合うのはやめてほしい。ついでに、私を挟んでもじもじするのもできればやめて頂けたら嬉しい。私を交えてもじもじしてくれたらまだOKだけど。


 じゃあまた後での挨拶を、私にはあっさりできるのに、マクシムさん相手だと微妙にぎこちなくなるルスランを半眼で見送る。ネルギーさんの後に静かにロベリアが続き、その後を慌てて今にも死にそうな島長さんが続く。

 残された私とマクシムさんは、なんとなく気まずい思いで視線を合わせた。ルスランが遠ざけようとしていたおかげで、私もマクシムさんと話したことはあまりないのだ。

 しかしずっとこうしているわけにもいかず、私は意を決してマクシムさんに話しかけた。


「えーと……じゃあ、お願いします」

「はい、この命に代えましても」

「代えないでください」


 気まずさなんて何のその。そんなこと気にしている場合ではなかった私は、背に腹は代えられずマクシムさんの返答をぶった切ったのである。









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