25勤
見慣れた私の部屋に見慣れたルスランがいる違和感には慣れ始めたけど、好きな人が私の部屋にいる気恥しさにはまだ微妙に慣れない。
自分の部屋なのに微妙に据わりの悪い思いでそわそわしている私の前では、真剣な顔をしたルスランが片手を上げていた。人差し指は折り曲げられ、その爪先を親指が押さえている。こんな所まで綺麗なんだよなぁと見惚れつつも、どうしても緊張する自分を止められない。
「……いくぞ」
「……いいよ」
慎重な声でそう言ったルスランへ神妙に答えた私の額に、親指で抑え込まれていた人差し指が叩きこまれた。
「いっっったぁー!?」
「やっぱり駄目か……」
髪飾りに耳飾り、首飾りに腕飾りに足飾りに、もうありとあらゆる装飾品を身に着けた私は、それらをじゃらじゃら鳴らして蹲った。両手で押さえた額からは、じんじんと猛烈に響く痛みが続いている。
その私に向けて、深い深い溜息が降ってきた。
「…………もうやだ」
「私だってやだよ!」
まだ痛む額を押さえたままがばりと起き上がった私と入れ違いに、両手で顔を覆ったルスランが俯いていく。
「分かっていても全滅はつらい!」
「でこぴん喰らった私もつらい!」
「魔術大国レミアム渾身の護身具を残らずガラクタにするのはお前くらいだよ!」
「付き合い始めの彼女にでこぴん喰らわせて嘆いてるのはルスランくらいだよ!」
結局二人してわっと顔を覆って嘆く。
「こんなでこぴん喰らったの、学校で委員長の座を巡った争いという名の押し付け合いで、最後まで負け続けた私ともう一人との一騎打ちのとき、ぎりぎりで勝って委員長の地位を免れた私に、就任十秒の委員長が繰り出してきた以来だよ!」
「……浜辺とかいう男だったな、確か」
「そうそう。同中だった浜辺君」
浜辺君とは出席番号が近いから、席も列も近いし、班も一緒になることが多かったからよく話すほうだ。
いい人なんだけど「俺達付き合っちゃう?」としょっちゅう振ってくる定番ギャグは寒いと思う。付き合う前にルスランにも言ってみたけど『……俺は絶対助言はしてやらないぞ』と謎の宣言をされて終わった。
「知歌子も同じクラスで嬉しいんだー。同中の子、他はみーんなクラス離れちゃったし。新しい友達もいっぱい出来て嬉しいけど。そっちの世界でも友達作りたいなぁ。ロベリア、友達になってくれるかな」
「さあなぁ。俺もあいつの交友関係は知らん。そもそもあいつ、友人はいるのか?」
「ルスランは?」
「お前」
「マクシムさんは?」
「……そういえば聞いたことがないな。昔は多少いたような気もするが、今でも付き合いがあるかは知らん」
王様一行、全員友達少ない疑惑発生。
レミアムで友達を作るのは、今のところとても難しそうだ。何せ、年の近い知り合いどころか、まず知り合い事態が、ロベリアとマクシムさんしかいない。
「ねえ、ルスラン。私と同じくらいの年の子と、レミアムではどうやって知り合える?」
「………………適当に」
「その沈黙は何でしょう、ルスランさん」
「……………………元、だが、王妃候補や側室候補として、適当に集まってくるから知らん」
「これだからやんごとなき方はっ! 王妃候補のお嬢さん、一人私にも分けてよ! 気が合えば友達になるから!」
「元をつけろ、元をっ! 今はお前が王妃だろう!」
一階から「ごはんよー」と呑気な声が聞こえてきた。その声が聞こえるや否や、私達は顔を見合わせる。そして真顔ですっくと立ち上がり、いそいそと私の部屋を出て一階を目指した。ご飯だ、ご飯。わーい。
今晩の夕食、手巻き寿司の材料を四人で囲んだ食卓に、どっと笑い声が湧く。
「あっはっはっ! 魔力皆無で護身具が発動しないかぁ。だから月子の額が真っ赤なのか、笑えるなぁ」
「もう、お父さんったら笑いごとじゃないわよ。魔力が無いから護身具自体が使えないなんてそんなの、使える護身具が見つかるまで月子にでこぴんし続けるルスランの指が心配だわ」
「異議ありー!」
私の額への被害をもっと心配してほしい!
私は椅子から立ち上がり、何を巻くか悩んでいたため、まだ何も乗せていない海苔を高々と掲げて叫んだ。
「でも、不思議なものねぇ。曾お婆ちゃんの血を引いてるはずなのに、魔術どころか魔術具すら使えないほど魔力皆無だなんて」
「そういえば、俺も魔術って何をどうやって使うか知らないぁ。魔力は自分の中の物を使うってのは聞いてたけど。でも、それなら黄水晶はどうやって使うんだ?」
私の渾身の異議ありは、実の両親によって綺麗に流された。しょぼくれながら椅子に座り直した私の背を叩いて励ましてくれたのは、実の両親ではなく私の額にでこぴんを喰らわせた張本人だった。ありがとう、好き。
ルスランは私の背中を何度か叩いた後、途中だった手巻き作成に戻った。レタス、酢飯の後、ずらりと並ぶ具の数々にちょっと迷ってから、納豆を手に取った。一発目から納豆巻きとはなかなか通だ。ちなみにルスランは普通に納豆を食べられる。ピーマンは駄目だけど。
今日はルスランが春野家で夕食を食べる日だ。正確には、春野家の床の上に存在して、尚且つ四人全員でご飯を食べられる初めての日なのである。今までは鏡台越しだったし、この間は私の部屋で二人で食べたので、お父さんとお母さんを交えて皆で椅子に座って食べるのは初めてなのだ。
だから夕飯の献立は、お祝いのとき用の手巻き寿司なのだ。
「そうですね……簡単に言えば、使うエネルギーが自分の魔力、黄水晶はその魔力を使うスイッチです」
お父さんはビールをぐいっと飲んだ。
「どうして黄水晶のワンクッションが無いと魔力が使えないんだ?」
「その辺りが詳しくは解明されていないんですが、黄水晶は空気中に放出された魔力が地中で結晶化した物なんです。だから、魔術が盛んな場所になればなるほど黄水晶が多量に産出される。生命から何らかの形で排出された魔力が形になった物が黄水晶なので、形も大きさっも様々です」
「へぇー」
興味津々で話しを聞いているお父さんは、手元をろくに見ずに手巻きを作成していく。結果、酢飯が多過ぎて手巻けなかった寿司が完成した。のりをもう一枚追加しておにぎりみたいに食べている。
その横ではお母さんが、いかと大葉を酢飯の上に乗せて綺麗に巻いた後にいくらを少し乗せ、彩り手巻きを完成させた。
「黄水晶が魔力の塊なのは分かったけど、それをどうやって使ってるの?」
「俺にもその感覚はよく分からないんですが……聞いた話によれば、黄水晶に意思を通す、といった感じらしいです」
「意思を通す?」
「はい。黄水晶は既に世界に放出された魔力で出来上がったものなので、黄水晶の形を借り、体内の魔力を魔術として体外に排出……発信と言ったほうが近いかもしれませんね。向こうには電気が無いのでこの言い方はしないのですが、発信が一番しっくりします。目的を持って魔力を放出すると決めた意思を黄水晶に通せば、黄水晶は自分が覚えている発信の仕方を教えてくれるから魔術となって世界に発信される、といった感じのようです。俺やリュスティナ様は、その過程を全て自分の中で完結させてしまうから黄水晶を必要とせず、この辺りの感覚がよく分からないのですが」
「なる、ほど?」
私は、ちゃんと聞いていたけど今一よく分からないまま、とりあえず相槌を打った。その私の手元を、ルスランが指先でつんっと突いた。その動作で、ルスランの説明をちゃんと聞きすぎていて手巻きの作業が滞っていたことに気づく。いそいそ具を選ぶ作業に戻る。
細く切った卵焼きにきゅうり、最初から細いカニカマに魚肉ソーセージ。四本積み重ねた上にマヨネーズ。できた、欲張りサラダ巻。
太巻きになったサラダ巻を私がもっもっと頬張っている間も、会話は続いている。
「月光石を使える人間が限られるのも、その過程が関係していて、恐らくは黄水晶を通す前に魔力が使えていなければ使えないのだと思います」
「よく分からないけど、難しいもんだなぁ」
「そうですね。どちらにしても、俺達の世界の人間は手足を使うのと同じように魔術を使います」
「そう聞くと簡単に思えるけどなぁ」
お父さんは二つめも見事なおにぎりになった手巻き寿司を頬張りながら唸った。
「月子の場合、それが逆に問題となるんです。黄水晶も魔術具も、魔力を持った人間が意思を発信し、それを受信して作動する。護身具も同様で、ただ持っているだけでは発動できないんです」
「不便ねぇ。でも、いきなり襲われたりしたら困るじゃない」
「そうなんですが、こっちの世界でいえばAIに当たる物が無いので、判別が出来ないんです。衝撃を弾くように作れば、他者との些細な接触にも反応し、握手すら出来なくなります。それさえも、日常的に所持していたければ本人の魔力に慣らして、それ以外の魔力を通さないようにしておかなければならないんです。そうでなければ、襲ってきた相手が自分より魔力が高く、また高度な黄水晶を所持していた場合、魔術具が相手に乗っ取られてしまうので」
成程。
私はお茶を飲みながら頷いた。今一よく分からないけど、どっちにしても私が魔術具を扱える未来が全然見えないと言うことは分かった。
お母さんとお父さんも、うーんと難しい顔をして唸る。
「まあ、なんだ。ルスランが話があるだなんて言うから何事かと思ったけど、その護身具がうまく使えないってことだったんだなぁ。お父さん緊張しちゃったよ」
あっはっはっと笑ったお父さんに、ルスランは急に真顔になって口に運ぼうとしていた手巻きをお皿に置いた。ちなみにその手巻きは、最初の納豆巻きは綺麗に完食して、今は鰻ときゅうりと卵のお高い巻だ。
「……食べてからにしようかと思ったのですが」
急に雰囲気の変わったルスランに、お父さんとお母さんの顔が引き攣る。
「もう! お父さん! 食事中は話を振らないようにするって決めたじゃないの!」
「ご、ごめん、つい! ちょっと待ってお母さん! それ納豆混ぜてた箸じゃない!?」
お父さんをぺしぺし叩いているお母さんの握るお箸から糸が引いているのを見て見ぬ振りしたルスランは、珍しく緊張した面持ちで姿勢を正した。
私も、どうしようかと思ったけど、心持ち背筋を伸ばす。ルスランみたいに、きちんと居住まいを正したほうがいいのかもしれないけど、恥ずかしさが勝ってしまった。
ちらりと横に座るルスランを見たら、さっきまでののほほんとした雰囲気は一切合財無くなり、まるで死地に赴く戦士みたいな顔になっていて私まで緊張する。
実は今日、ルスランの口から私達お付き合いを始めましたと報告するつもりなのだ。本当は私からちょちょいと報告するつもりだったのに、ルスランは自分の口から報告するから、夕食をこっちで食べる予定を立てられるまで待ってほしいときっぱり言われた。こういうことをなあなあで済ませると後々支障が出たら困るときっぱり言うルスランに、私とのことをそんなに真剣に考えていてくれたのかと感動したものだ。
まあその後に、お父さんとお母さんからの信頼を失ったら俺は泣くと続いたので、私の感動はあっさり霧散したのだけど。
その一方で、学校では彼氏持ちになったことを高らかに宣言して回れとうるさいくらい言ってきた。異世界の文化ってよく分からない。恋人が出来たらそんなに高らかに宣言して回るの? それ別れたときつらくない?
異世界の不思議文化は措いておくとして、今は私達の交際宣言だ。
私は、玉座に座っているときより背筋をまっすぐに伸ばして力が入っているルスランと、見るからに頬を強張らせた両親に、交互に視線を向ける。
凄い、びっくりするほど気まずい。だから私から何でもないことのようにちょちょいっと報告すると言ったのに、ルスランが大事にするから。
あまりの気まずさにそんな恨み言まで顔を覗かせてしまうくらい、大変気まずい。さっきまでの和気あいあいとした会話と、食器の音は消え失せ、時計の針と誰かが鳴らした喉の音しか聞こえない。
「……お父さん、お母さん」
「ひゃい!」
お父さんからビール飲みすぎた後のしゃっくりみたいな、見事にひっくり返った声が飛び出した。その声を聞いて、私、お父さんに似たんだなぁとしみじみ思う。凄い、全然嬉しくない。
「あの……」
「な、なにかしら」
お母さんまでがっちがちに緊張していて、ルスランが更に緊張していく。
この緊張の連鎖、どうやって解けばいいのだろう。ここら辺で茶化してぱんぱかぱーんとか叫びだしたい衝動に駆られるけど、ぐっと我慢する。ここには私を叱る権利を持つ三人衆が勢ぞろいしているのだ。迂闊なことをしてしまえば、普段の三倍、いや、連鎖コンボが発動して十二連鎖くらいの威力で叱られる可能性がある。
だから私は、大人しくこの気まずい雰囲気に耐えていた。
ルスランは覚悟を決めたのか、ぐっと拳を握った。
「俺と月子は、先日から、交際を開始しました。順序が逆だとは分かっていますが、どうか、交際の許しを頂けないでしょうか」
うわなにこれはずかしい。思っていた三倍以上恥ずかしい!
まさかこんなことを両親に報告する日が来るとは思わなかったし、それをルスランがするとも思わなかったし、真面目なことなのに、真面目だからそれを気心知れた身内間で交わすことがこんなに気恥しいとは思わなかった。
ルスランを見たら、冷や汗なのか脂汗なのか、よく分からない汗を滲ませていた。大丈夫? 息してる? 結婚する? あ、駄目だ。もうしてる。やったね! 打つ手なしだよ!
どうしたらいいのか分からないほどの気恥ずかしさで気まずい。内心悶えながら、そういえばやけに静かだなとお父さんとお母さんを見たら、二人ともぽかんと口を開けていた。二人とも口の中に手巻きをそのまま突っ込めそうなほどぽかんとしている。
二人は、ぽかんとしたままお互い顔を見合わせ、ぽかんしとしたまま見つめ合い、ぽかんとしたままこっちに向き直した。そして、同じタイミングですぅっと息を吸い。
「まだ付き合ってなかったの!?」
と、同じタイミングで絶叫したのである。
「……………………は?」
今度は私とルスランが声を合わせてぽかんとする番だった。ぽかん番を交代して自由の身となった両親は、身体中の力を抜いて背凭れに体重を預けた。
「なんだ、もう、やだわぁ。びっくりしたわぁ」
「お父さんも緊張したぁ」
「やだわ、そんなに畏まるんだもん。だから私達てっきり、ねぇ?」
「うんうん。てっきりもうとっくに付き合ってるものだと思ってたから」
うんうんと、自分達だけで納得し合っている両親に、私とルスランは揃って首を傾げた。
「思ってたから、何?」
まだ緊張が解け切っていないルスランの代わりに私が聞いてみたんだけど、お父さんとお母さんは安堵でリラックスしまくった状態で食事を再開していた。しかもこっちにも促してくるから、仕方なく二人でもそもそと手巻きを作成する。ルスランはたれを絡めて焼いたお肉とカイワレのまんぷく巻で、私は欲張りサラダ巻・再。
未だ気まずさが尾を引く私達が、もっ、と口に頬張った瞬間、両親はにこにこと言った。
「てっきり子どもができたのかなぁって」
にこにこ笑う両親に向けて、まんぷく巻と欲張りサラダ巻・再を盛大に噴き出した私とルスランは悪くないと思うのである。




