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白銀王と日帰り王妃  作者: 守野伊音
第一章
15/69

15勤





 楕円形のテーブルを囲っている人達は、皆一様に難しい顔をしていた。


「やはり、協会と和解の道を選んだ方が先の為にはいいのではないか」

「何度も同じことを……そのことは結論が出ているではないか」

「協会と手を組む利点は最早なく、悪癖ばかりを生んでいるだろう」

「ならばせめて、あの王妃ではなく他の娘にすべきだったのではないか」


 難しい顔をした人達の会話の中に、突然私の話題が出てきてびっくりする。……私の話題でいいんだよね? 他に王妃いないから私でいいんだよね? え? いないよね!? いたら浮気だよ、ルスラン!


「トンサ殿は近くで拝見したと伺っているが。王妃は、どのような御方であったか」


 聞き覚えのある名前に視線を巡らせれば、見覚えのある顔に辿りついた。会った回数や喋った回数を考えると、限りなく初対面に近い赤の他人なのだけど、正真正銘見知らぬ他人が勢揃いしている中で見たら、まるで旧知の友を見つけた気持ちになる。まあ、実態は喋ったことすらなく同じ部屋に一度だけいましたレベルの知り合いなのだけど。

 見も知らぬではなくても、見たけど知らぬレベルのおじさんは、困ったように唸った。


「一度だけです。王の隣におられる御姿を拝見しただけなので何とも申せませんが、お元気そうな御方でした」

「王妃については、未だその程度の情報しかないのか」


 だよね。私もあのレベルしか知らない人に対してどうって聞かれたら、その程度しか答えられない。困るよね、なんか大変なときにとばっちりでごめんね、おじさん。



 全然心構えがないときに見知らぬ人達から飛び出す自分の存在は、びっくりするくらい心臓に悪い。何を言われるのだろうとどきどきする。恐らくいいことではないのだろうと彼らの声音から想像がついてしまうだけに余計怖い。



「現在、協会を拒めているのは王のお力があってこそ。だが、あの王妃は魔力を全く持っていないのだぞ。もしもお世継ぎまでそのような事態となっては協会に付け込まれる。一度離脱した上で飲みこまれれば、レミアムは下位の扱いどころか隷属の位置に置かれるぞ。それならば条件をつけられるうちに有利な取引をした上で協会に属するべきではないのか」

「リュスティナ様の血を継いでいるのは間違いない。黄水晶を使わずに魔術を使えるのは世界広しといえどレミアムの、それも王族のみ。リュスティナ様の血とルスラン様の血を継げば、再び同じ力を持った王がお生まれになるやもしれん」

「そのような不確定要素が何の頼りになろうか」

「だが王妃はまだ若い。何人か産んだ後に結論付けては如何か」

「異世界の女に子は為せるのか?」

「まだ学徒の身ということならば、王がまだ許可を出さぬであろう」

「ではいつならばよいのだ」

「いつまで学徒なのだ」

「それならば、それまでの間、側室を取って頂くのはどうか」

「王妃より先に側室が子を生めば国が荒れるぞ」

「既に側室が子をなした国に、異世界の女が輿入れするだろうか」

「だが、リュスティナ様の血を異世界に放逐したままになるのは考えものだぞ。あの方の直系だぞ」

「確かに、世界五大魔術師に名を連ねるリュスティナ様直系の血を異世界に放逐するは宝の持ち腐れが過ぎるというものだ。それに、万が一他国に取られる危険性を考えればこのまま我が国で囲ったほうがよろしかろう」



 つらつらとしかめっ面で話し続ける人達は、私が聞いていると分かったらどうするのだろう。それとも、私が聞いているのを承知の上でも今と同じ会話を続けるのだろうか。私はともかく、ルスランが目の前にいたら言えないんじゃないかなと、思う。それ以外の感想が出てこない。




 何の話をするのだろうと思った。私のことを、私を知らない人達が、そんなしかめっ面で、どんな話をするのだろうと。

 そうして出てきた話は、なんというか赤裸々というかセクハラというか、面と向かって言われたら顔を真っ赤にして逃げ出してしまうかもしれない内容だった。それなのに、私の心は凪いでいた。




 まるで、人形の話をしているみたいだった。これは私の話じゃなくてお人形さんの話だ。国の進退を絡めた人形の話を大人達が厳めしい顔で真剣に話し合っている。その様はおままごとのようで、ドラマのようで、映画のようで、やっぱり人形遊びのようで。


 目の前の光景が、声が、音が、言葉が、初めてこの世界に来たときより現実味を感じられない。まるでテレビの中で行われている真剣なお遊戯を見ているようだった。


 私の人生を、私の知らない私を知らない人達が、私の意見も気持ちも状況も聞かず知らせず知ろうとせず決めていく。ここで決まったことが世界の全てみたいに当たり前みたいな顔をして、ここで決まったことで私の人生が決まるのだと当たり前みたいに、ここで決まったことを私が当たり前に実行して私の人生を彼らの決断通りに変えていくのだと、当たり前みたいに思っている。


 不思議なことに、その光景に怒りや悍ましさは湧き上がらない。私の中にあるのは、変なの、その一言だ。


 へーんなの、と、凄くシンプルな気持ちでその光景を眺める。

 たぶん、あまりに変過ぎてちゃんと実感が湧かないのだろう。そう冷静に自己分析できてしまうくらい目の前の光景は奇妙なものだった。

 笑えもしないけれど傷つきもしないくらい、奇怪なおままごとだ。





 途切れることのない会話の中に、かつんと、硬質な音が響いた。


 荒げた声でも、手を打ち鳴らす音でも、硝子が砕けた音でもないのに、さっきまで途切れず喋りつづけていた人達が一斉に息を呑み、同じ方向を向いた。


「あっぶね……あっち使ってたら鉢合わせてた」


 ロベリアがぼそっと呟く。

 その視線の先には、意識朦朧としていても間違ったりしないほど見慣れた、そして驚くほど見慣れない姿が座っていた。




「お、王?」


 二段くらい高い位置にある一際豪華で大きな、さっきまで誰もいなかった椅子に座ったルスランがもう一度、かつんと爪で肘置きを鳴らした。それだけで、場の空気が凍りつく。


 氷のようだった。


 白銀色の長い髪も、水色の瞳も、それらと合わせた衣装の何よりも、瞳が放つ光がまるで氷のように冷たくて。この場で吐かれる息が白くなっていないことが酷く不思議なほど、恐ろしい冷たさがあった。




「ここは国の進退を決める議論の場か? それとも、酒の席で女を品評する酔人の集まりか?」


 感情が一切のらない静かな声なのに、肌を突き刺す冬の寒さのような声だ。

 お前誰だと、そう、ふざけて笑えなかった。怖いのか寒いのか不思議なのか、自分でもよく分からない感情がぐるぐる回る。誰だろう、この人。ああ、ルスランだ。そんな気持ちが、ぐるぐると。


「レミアムの重鎮が、王である私に代わり熱心に会合を開いていると耳にしたゆえ参加してみたが、回りくどく内容のない話をいつまで続けるつもりだ。お前達が会話を楽しみたいだけなら、確かに私は必要ないな」


 立ち上がったルスランの言葉通り、いつの間にか扉の前に立っていたマクシムが扉を開けた。







「お、お待ちください」


 五十代くらいのおじさんが立ち上がった。慌てて立ち上がったからか、椅子の足が床と擦れ合い、耳障りな音を立てる。マクシムが小さく眉を寄せたから、きっとこのおじさんの行動は無礼だったのだろう。


「本日チェツ家へ通達された、貿易権の廃止。これは、何故なのですか。チェツ家は、長年多量の黄水晶を国に収めてきた名家でございます。昨今は産出量が落ちてきたとはいえ、これまでの功績を考えれば貿易権の停止はあまりに大きな罰則です。それは、チェツ家が娘を行儀見習いとして城にあげようとしていたからなのでしょうか。王妃に盾突く者を、王自らが排除なさるおつもりか」



 全員が身動ぎした衣擦れの音がざわりと重なった。



「協会の横暴が目に余るのは確かです。ですが、我々の選んだ王妃を迎え入れたくないからと、異界の娘を王妃につけるなど! ……ありうべからざることではございますが、協会より離脱してからというもの、緩やかではございますが黄水晶の産出量は全体的に落ちているではありませんか。まるで神の怒りのようだとの噂まで出る始末。無礼を承知で申し上げる。協会に反発することばかりに気を取られ、貴方様の土台であるこのレミアムの治世を蔑ろにされるのであれば、我々にも考えがございますぞ!」




 きっぱりと啖呵を切ったおじさんに、隣の席に座っていた人が無礼だぞと声をかける。眉を顰める人、咎める人、小さく頷く人、様々だ。

 ルスランは椅子には戻らず、氷のような瞳で部屋中を見回す。


「王妃のことは関係がない」

「ならば、何故!」


 ルスランはゆらりと水のように視線を流し、声を上げた男へと視線を固定した。


「長年の功績を汲んだせめてもの温情でこの部屋を出てからにしてやろうと思っていたのだが、お前が望むのならば仕方がない。チェツ家の罪状は、協会への黄水晶横流しだ」


 さっきの比ではないざわめきが起こった。隣り合わせた者同士が顔を見合わせたり、動揺が思わず声として出ていたり、眉間の皺をぐっと深くしたりと様々だけれど、おおごとが起こったのだと見ただけで分かった。


「家名取り潰しにならなかっただけましだと思え。調査の結果、チェツ家所有の土地からの黄水晶産出量は低下してはいない。寧ろ増加しているにもかかわらず記入されなかった黄水晶は協会の懐へと消えていたが、欲をかいた老人共の仕業と判断した為、息子世代には罪状をつけていないのが長年の功績への温情だ。さてモルブ。お前もチェツ家からかなりの額を貰っているな。どうする? 家名を取り潰しにするか?」

「そっ……れは、お待ちください! 何かの間違いです!」

「既にお前の家にも調査を入れた後だが、気づかなかったようで何よりだ。足元を蔑ろにすると基盤が揺るぐ、だったか。その通りだな、肝に銘じよう。モルブ、今晩から城の地下でゆるりと過ごすがよかろう。鉄格子越しに見る世界を堪能して私に教えてくれ」


 全身の力が抜けたのか、椅子の上にどっかりと座りこんだ男は、呆然と床を見ている。





「お前がどうしても再び協会の膝元に侍りたいのであれば、レミアムを去ってからにすべきだった」

「お、王よ。我らが王よ。お待ちください、世界の王よ! 私は、私は決して、己の利の為に行ったのではりません! 私は、レミアムの将来を考えて」


 我に返った男が椅子から飛び降りて、ルスランの足元に跪く。縋りつこうと伸ばされたマントに伸ばされた手は、ルスランが足を引いたことで宙を切る。


「私が協会をレミアムから追い出したときもそう言った者達がいたな。このままではレミアムの魔術は衰退し、魔術士は国外へ流出する。だから、レミアムの未来の為に私を屠る、それは決して己の利の為ではない、あくまでレミアムの為だと。そして今に至るわけだな。これは結果論にすぎぬが、協会の介入を嫌悪した魔術士は皆レミアムへと集まり、更なる繁栄を得た。そして、この場にいる者達は随分と顔ぶれが変わり、私は変わらずここにいる。消えた者達が、真にレミアムの未来を憂え、協会に従属しようとしていたのならば、ああ、悪いことをした」


 悪いことをしたと言いながら、そう、欠片も思っていない目をしている。声音も態度も全く変化がない。そう思っていないことを相手が察しても何も問題ないと思っているのだろう。


「だが私は、レミアムの未来に協会は不要と判断した。リュスティナ様がこの地を去って久しい。そして、先代の王と王妃が身罷った時点で、お前達は覚悟を決めるべきだった」


 ルスランの足元で項垂れたモルブは、椅子に座っていたときより随分小さく見えた。喋る度にどんどんどんどん小さくなって、そのまま消えてしまいそうだ。





 ルスランは、ついさっきまで話していた相手への興味を失ったように、既に扉に向けて歩き出していた。扉の左右に立つ兵士の手によって開かれた扉へ足を踏み出し、ああ、と、気だるげで凍りつくような冷たさを纏った声を上げる。


「今回の罪状は王妃を脅かす行為に対するものではなかった。だが、そうとっても構わん。あれは私の唯一であり最後の逆鱗だ。触れるならばそれ相応の代償は覚悟しろ」


 そう言ったルスランは、もう部屋の中の誰の反応も見てはいない。誰かが息を呑んだときには既に背を向け歩きだしていた。乱れのない一定の速さであっという間に部屋を出ていったルスランを追う人は、マクシム以外誰もいない。咎める人も、賛同する人も、誰も。部屋中が凍りついてしまったかのようだ。

 結局、ルスランの姿が見えなくなるまで、身動ぎ一つする人はいなかった。









 部屋の中の人達と同様に動きを止めていた私は、はっと隣のロベリアを見る。突然動き出した私にびっくりしたらしいロベリアは、ぎょっと飛び上がった。その腕を掴んで、北方向を指さす。ロベリアは首を傾げながら、私が早くこの場を離れたがっていることは察して、来た道を戻り始めた。

 無言でせかせか四足歩行を終え、青い廊下に戻るや否や、私はロベリアの肩を両手で掴んだ。うおっと仰け反ろうとした身体を渾身の力で引き戻す。


「危ねぇな! どうしたんだよ王妃様!」

「ルスランこの後仕事は!?」

「は!?」


 全く予想していなかった質問だったらしく、目を丸くしたロベリアを渾身の力で無意味に揺らす。されるがままのロベリアの髪がぶんぶん揺れて、私の顔面に反撃してくるけど構っている暇がない。


「ルスランこの後も私のところに来る暇がないくらい忙しい!? この後来るかもな雰囲気してたよ!? この後のルスランの予定は!?」


 一気に言い切った私に、目を見開いたまま固定したロベリアは、息すら固定した。つまり、息すら止まっている。その様子には流石に私の面食らって、ぴたり止まった。両者の動きが止まり、見合って三秒。最初に動いたのはロベリアだった。他の動きが全部止まっているから、ごくりと喉を唾が通っていく動きがよく見えた。


「……一人になるか、寝室に戻られる雰囲気じゃね?」

「……話し相手の私がここにいるけど、戻ると思う?」

「…………やばくね?」

「…………やっぱり?」


 再度両者見合って、今度は二秒。弾かれたように私の手を掴み走り出したロベリアに、足を縺れさせながらついていった私は、青い廊下を出た先でよろけ、宙に浮かぶ麗しき空中水路に頭から突っ込んだのである。










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